9. 暗闇がやってくる、夜明けを何度も呼ぶの
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「アヴィスの意思は私の願いを聞いてくれた。賊共がわたしの主人達の命を奪ったあの事件は歴史のどこにも存在していなかった。」
ズキンと頭が痛む。
『過去を変えたいか?』
空が割れて、深淵の底のような目がこちらを見つめる。
『か…こ…?』
『姉とまた会いたくはないのか?』
『お…ねえさま……あえるの?』
『私と契約すれば会える』
姉のちっぽけな骨が埋められた墓から何日も動かなかったおなまーえは力なく頷く。
『ケイヤク、する……』
『ならば我に供物を捧げよ…』
(今のは…?)
幼いおなまーえはアヴィスから這い出たチェインと会話していた。
おかしい。
姉が死んだことを嘆いた実感があるのに、その記憶は先ほどまで思い出していた記憶と噛み合わない。
「けれどその4年後、シンクレア家が生きながらえたことによって貴族間の争いは激しさを増し、我が主人達は一族もろとも滅せられることとなるのです。」
覚えている。
最初に使用人と兄を。
続いて祖母を…母を…そして最後に父を。
おなまーえは殺した。
おなまーえの中にはブレイクが過去を"書き換える前"と"書き換えた後"の両方の記憶が混在していた。
アヴィスに一度飲み込まれ記憶を裂かれたことで、記憶の混濁が起きたのである。
「過去を変えたことによって、確かに我が主は4年の時を生きながらえました。だが同時に、この先生き続けるはずだった少女の命も共に失われた。」
ブレイクはクシャッと掌で顔を覆う。
「私が、殺した…!」
「っ」
そんな顔しないで。
そんな顔をされると、先ほどまでの決心が揺らいでしまうから。
せめて、せめて彼が、少しでも楽になれるような言葉をかけようと唇を開くが、何も言うことが思いつかず息だけが吐き出される。
「でも!そんなの誰にもわからないことじゃないか!」
何を言おうかとぐるぐると考えていたおなまーえより先に声を出したのはオズだった。
「そう、誰にもわからないことなんです」
悔いるようにブレイクは俯いた。
おなまーえもオズも言葉が出ない。
「私ごときが手を出していいことではなかった。私のワガママで、過去から未来へと紡がれる一本の糸に手を触れようなどと…!」
過去を変えたことでそれが必ず好転するとは限らない。
たった一つを変えるだけで運命は大きく変わるのだ。
「おまえは、アヴィスの意思を憎んでいるんだな」
ギルが優しく相槌を打った。
「それはもちろん恨んでいましたよ」
しかし彼は過去形で答えた。
「でもそんなのはただの逆恨みでしょう?彼女にそうさせたのは私なのです。主人のためと謳っておきながら、私は自分のことしか考えていなかった。自分が楽になりたいだけだった。」
彼の言葉はおなまーえの胸にも強く突き刺さった。
自分の勝手なるわがままのせいで、家族は皆死んだ。
禍罪の子であるおなまーえのことも見捨てずに、他の家族同様に優しく接してくれたのに。
同じ禍罪のケビンをお付きにしてくれたと言うのに。
彼女は俯き拳を握った。
ケビンが過去を変えようが変えまいが、自分の犯した罪の重さは計り知れなかった。
キィと馬車が止まる。
「そのことにすぐには気づけぬ程、あの時の私は幼く、気づいた後は果てしない絶望が体を蝕みました。」
御者が扉を開けて、ブレイクが馬車降りた。
おなまーえも慌ててそれに続く。
「本当に、愚かでどうしようもない」
何か言わなければ。
おなまーえは今度こそ声を出した。
「…でも!自分のためだけに生きていける程、人は強くないと思います!ブレイク様!」
月の光に照らされた彼は振り向き、少し驚いたように目を見開く。
ずっと押し黙っていたおなまーえが声を発したことが意外だったのだろう。
「オレもそう思う。ブレイクはやり方を間違ったのかもしれない。」
オズとギル、そしてお腹を鳴らすアリスも馬車から降りてきた。
「でもその時の想いまで汚いもののように片付けてしまうなら、それこそオレは逃げなんじゃないかなって思う。」
おなまーえはコクリと頷いて同意した。
「ブレイクはもしかしたらオレが思っているよりもずっと弱い人なのかもしれない。けど、自分で思っているよりはずっと、ずっとずっと強い人だとオレは思うよ。」
「………」
「ブレイク様。大丈夫です。きっとその女の子は貴方のこと恨んだりしていませんよ。」
ブレイクは一瞬泣きそうな顔をした。
自身の仕えていたシンクレア家の末の娘。
彼女に似たおなまーえから赦しの言葉を聞き、解放された気持ちになったのだ。
「……全く、2人して嫌なプレッシャーをかけてくれるネェ」
にへっと笑うおなまーえと、照れたような顔をするオズ。
彼らには自分と同じ轍を踏んで欲しくないと強く思う。
「そう、人は『誰かのために』に生きることで強さを得る。ならば何が正しいのか、何を心に止めるべきなのか。」
夜間の冷たい風が吹く。
「それはきっと、『誰かのために』を『言い訳』にしないことだよ」
手に入れたものがどんな結果であれ、それが己で選んだ道ならば進むしかあるまい。
****
「―――ということでございます。」
「ほぅ」
ニマニマと笑うルーファス。
徒歩で帰宅したおなまーえはことのあらましと思い出した記憶を彼に報告していた。
「帽子屋が過去を変えたと。で、汝には過去を変える前と変えた後の記憶があると。」
「はい、断片的ですが」
ルーファスは面白そうにくっくっと笑う。
「なんと、我の気まぐれがこうも変貌しようとは!我の国の言葉で言うと『棚からぼた餅』というやつじゃな。あの黒うさぎと帽子屋は惜しいが、これはこれで良い情報が得られた。」
一通り笑い終えると机に視線を落とし元の作業に戻った。
ここから先はさほど興味がないのだろう。
「して、汝はどうする?シンクレアとして生きるか?」
「いえ……私はルネット家に育った者としてこのままルーファス様にお仕え致します」
「そうか」
なんの感情もなく、ルーファスは相槌を打った。
彼にとっては些細なことだろう。
しかし、おなまーえにとっては一大決心だった。
ケビンがザークシーズ=ブレイクとして生きるのであれば、彼女もまたシンクレアではなくおなまーえ=ルネットとして生きていく、そう決めたのだ。
「勝手にせい」
「はい!」
彼女の笑顔はあの幼い頃の笑顔そのままであった。
end