虎杖と心を封印した女の子のお話
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あの時どうすればよかったんだろうと、いまだに考える。
私が人間不信に陥ったきっかけはたった一度の出来事だった。
三級呪術師である私でも、上位の任務につくことがある。さして深い理由があるわけでもなく、私の能力が『留める』ことに関しては特級にも通用するからである。
みょーじおなまーえの呪術は封印。三級程度の呪霊であれば祓うことができるが、それ以上は止めることしかできない。だから私の評価は三級呪術師。とはいえ、知識も場数もその辺の高専生より優っていた。実践経験も十分だった。
「小さな集落だった。郊外だったから、呪霊の評価も低かったんだよ。でも私たちが戦った相手は一級に相当する呪霊でね、応援を要請して、その間私が呪霊を留めとく役割を買って出たの。もう一人はその集落で一晩泊めてもらう予定だった」
「……」
「応援は翌朝すぐにきたよ。私たちがあんなに手こずった呪霊も、一級呪術師の手にかかればあっという間だった。私とその人は集落まで行ってね、もう一人の術師に『終わった』って伝えにいったの」
集落に着いた時のピリリとした空気を、私は忘れない。片田舎で余所者に向けられる目は、決して歓迎をされていなかった。
「霊は祓ったからもう安心してくださいって伝えたんだよ。でも誰一人として、あの人がどこにいるか教えてくれなかった。おかしいと思ったよ。あの人の死体を見るまではそんなバカな考えはよそうって思ってたんだ」
「…っ!」
虎杖は聡いから、ここまで言えば何があったのか察してくれた。
あの人は村人に殺されていた。お酒が好きな人だったから、酔ったところを背後から襲われたのだろう。
「私たちが呪霊を呼んだんだって。私たちが、アイツらからお金を巻き上げるために自作自演したんですって」
「……」
「馬鹿じゃないの!?本当に、本当に…」
「みょーじ」
手と声が震える。頭に血が上り、言葉にならない怒りが蘇る。忘れていたわけではない。この感情を忘れないように、私は私自身を縛りつけた。
「母さんは…人間に殺されたんだよ…!!」
『手の届く範囲でいいから一人でも多くの人を助けなさい』。そう言っていた母は助けたその人たちに殺された。多くの人を救う力を持つ母を、何の力も持たない非術師が殺した。
村人はなんて短絡的で、排他的で、最も愚かな解を導き出したのだろう。憎かった。アイツらを殺したいほど憎かった。
ギリギリと唇を噛み締める。痛い。でも母はきっともっと痛かった。そのくらい酷い殺され方だった。
虎杖が躊躇して私の手を握る。
「法が裁きを下せないから、私があいつらを殺してやろうと思った」
理不尽だと思った。母を殺した村人は罪に問われない。この記録は表の世界からは抹消された。
呪霊というものは法で守られた範囲の外にある力だ。必然、呪術師の死に警察や司法は介入することができない。けれど、呪術師は人を裁くことができない。
私が世界を敵に回すには十分すぎる理由が整っている。なのに。
「でもさ、ダメなんだよ」
母の眼差しを、母の匂いを、母の手を思い出すたびに、母の言葉を思い出す。
「母さんが救おうとしたこの国を、この世界を。私は壊したくない。だって母さん言ってた。」
人が織りなす歴史は、水面に浮かぶ波紋のようなもの。繊細なその一つ一つが文化を作り上げ、文明を発展させた。それ以上に美しい繁栄はきっと他にはないだろう、と。
「アイツらを許す気はない。呪霊になってでもいつか殺してやる。でも、」
あの尊い人の想いを忘れたくはないから。
「私は母が守りたかったものを大切にしたい」
「……」
だから心を封じた。私が怒りや憎しみで我を忘れないように、その感情を閉じ込めた。
「……人を助けて必ずしも報われるとは限らない。それを知っておいてほしい」
虎杖はこれから多くの人を助ける。
だが、助けた人がみんな善人で、感謝の言葉を告げてくれるとは限らないということを覚えておいてほしい。
「……それだけ」
**********
みょーじおなまーえの過去は壮絶だった。助けた人たちに最愛の母を殺され、あまつさえ裁きが下されないという不条理。
殺したいほど憎んでいる人たちを助けなければならないという呪術師の義務に耐えきれず、彼女は封印師になったのだと察した。
「……話してくれてありがとう」
「……」
みょーじはポロポロとまた涙をこぼす。母と逸れた迷子の少女のように。
その姿を見て確信した。
この少女が封印してたのは憎しみや怒りなんかじゃない。悲しみだったんだ。10歳そこらの女の子が母親の死体を見て悲しくないわけないじゃないか。それを表に出さないように、心が壊れないように、みょーじは自分自身を封印した。
「……」
でもそれは他の誰でもない彼女自身がわかっていることだろうからわざわざ告げたりはしない。
今はただ、この迷子の女の子の手を握るだけで良いのだ。
**********
「しね」
「辛辣!!」
「死んで記憶を失え、バカ虎杖」
泣き顔を見られたのが相当嫌だったのだろうか、高専につく頃にはさっぱり元に戻ったみょーじは、虎杖に容赦ない言葉のナイフを向ける。
その姿がハリネズミみたいで可愛いというのは、のちの五条悟の見解である。
「あー、もうぜんっぜん温泉入れなかった」
「まさか旅館に出るなんてな」
「宿泊費タダにしてくれたって五条先生の奢りだったから関係ねーっつぅの!」
伏黒と釘崎のペアも順調な観光とは言えなかったようだ。みょーじと虎杖のペアも二日目は虎杖邸に泊まったため、結果的に五条悟のポケットマネーからの支出は、ほとんど交通費のみとなった。
「財布思いの優しい生徒で、先生嬉しい。まぁ今回すごい頑張ってくれたみたいだからね、おなまーえも」
「……」
じろりと鋭い眼光が飛ぶ。
「よーし、今日はステーキ奢っちゃうぞー」
「やった!」
「おっしゃ!」
「…まぁ先生の奢りなら」
「私はパス。金だけよこせ」
「おなまーえも連れてくよ〜」
馴れ馴れしく肩に手を回される。悟の白い指を鬱陶しそうに払おうとしたその時。
「封印、解いたんだね」
嬉しそうな声が耳の奥に響く。
すぐにバレることは分かっていたけど、わざわざ言われるのはなんかムカつく。
「悠仁はいい子だろ」
「……宿儺の器としての興味は湧いてきたよ」
「いい傾向さ。どんな形であれ、君が人に心を開いてるんだから」
殴ろうと右腕を振るうと、肩に回されていた手があっさりと解ける。
虎杖となら話してやってもいいと思ってしまったのは事実だ。
半歩前を歩いていた虎杖がこちらに振り向いた。
「……ほら、みょーじも行こうぜ」
「……うん」
手を掴まれる。流れるような手つきで。
「「!?」」
一部始終を見ていた伏黒と釘崎さんは目を剥いた。
「え…?」
「なになになになに!?ふたりそういう関係!?」
「え!!あ、いや、これはなんつーか、くせっつーか」
仙台で泣いてるみょーじの手をずっと引いていたから同じように手を取ってしまった。側から見れば恋人のそれに見えるのは仕方のないことで、否定すればするほど疑念が深まる。
「そういう関係じゃないならなんなのよ!セクハラ!?」
「なんでそうなんだよ!」
「……」
握られた手が暖かくて、おなまーえはぎゅうっとそれを握り込む。
人を信じることをやめた少女が、一人の少年により心を解いた。ほんの些細なことだけれど、きっとそれは大きな一歩なのだ。
【fin】
おなまーえちゃんが封印していた感情は憎悪ではなく、悲しみだった、というオチです。
2021/06/21 少女S
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