虎杖と心を封印した女の子のお話
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「っ!呪霊の気配!」
「え!?」
呪霊なんてその辺にうじゃうじゃいるものではあるのだが、この気配は低級呪霊のソレじゃない。これは二級か準一級に相当する霊気だ。気配を隠すことができてないあたり、まだなりたてかそれを隠す必要すらないほど強いか。
「場所もわかんのか」
「来た道…学校の方ね」
ふたりは同時に走り出す。
「学校はさっき呪物置いたから平気なんじゃねーの?」
「ここはあんたが百葉箱から取り出した時から魔除けの作用が働いてなかったの。今日までに既に敷地内に入ったやつがいたとしたら、さっき置いた呪物のおかげで出てきたって感じよ。このまま放置しとけばここからは去る。けど…」
「他で危害加えてたんじゃ意味ねぇな!」
「……そうね」
そうだよね。普通そう考えるよね。
少し前を走る虎杖の横顔を見る。
この子はどこまでもまっすぐに人を助けようとしている。それが悪いことではないし、非難する権利もないけれど。
「……うらやましい」
「え?なんか言った?」
「いや…」
私はね、どこまで行っても自分勝手だから。
私が呪霊を退治しに行こうとしているのは、万が一対応せずに誰かが襲われた時、自分が責められることを忌避したからだ。高専に所属している以上、建前だけでも呪霊は祓わなければならない。後で上にとやかく言われたくないという保身のためだった。
「……」
「……みょーじ?」
黙り込んだ私に虎杖はペースを合わせる。
ここで人が死のうが、別のところで人が死のうが関係がないと思っている。呪物や呪霊を生み出したのは他の誰でもない人間で、その私たちが醜いはずがないんだから。
『手の届く範囲でいいから、人を助けなさい』
うるさいうるさいうるさい!!
だって、そう言って人助けをしてきた母さんは、助けた人たちに殺されたじゃないか!
あんたたちが、人間が殺したんじゃないか!
――ピク
五感が告げる。呪霊との距離が近い。
余計な思考を振り払い、まもなく目前に迫る敵について考察する。
「…近いと思う。でも正確な場所がわからないから、虎杖も最大限警戒して」
「え、あ、うん」
勢いをそのままに、校舎裏からこっそりと敷地に忍び込む。
静かだ。不気味なくらい音が遠く感じる。
ああ、久しぶりの感覚だ。
「みょーじは戦闘向きの能力じゃないんだろ、下がってろよ」
「私に命令しないで、素人が。もう遅いわよ」
――ずるり
視界の端で何かが動いたのを見た。
「そこ、動かない!」
ストックしておいたお札をそちらの方向に向かって投げる。一直線に空を切る札は異形の姿を捉えた。
――ギャアアアアアア!!
私の札は呪霊にとっては火傷するほどの毒だ。断末魔は思ったよりも安っぽいものだった。
呆気ない。拍子抜けするくらいには容易かった。
「うお!すげえ!かっけぇ!陰陽師みてぇ!」
「…おかしい」
「?」
呪霊はたった札一枚に浄化されつつある。その呪霊の下半身は地面に潜り込んでいた。
「何がおかしいんだ?」
「壁抜け床抜けは低級呪霊の専売特許。等級が上がるにつれ通り抜けはできなくなる」
「つまりこいつはさっきみょーじが感じたやつじゃない…?」
「その可能性が高い。それに…札をたった一枚で卸せる気配じゃなかった」
本丸は別にいる。神経を研ぎ澄ますため、目を瞑った次の瞬間。
「みょーじ!!」
「っ」
頭上から鎌のようなもので襲われた。反射神経だけでも良くて助かったとつくづく思う。
「ぐっ…」
頬の皮一枚剥けた。多少の血飛沫が飛び、私は後ろにバク転する。変な捻り方したからちょっと腰を痛めたかもしれないけど、避けてなかったら体が真っ二つになっていた。
「なんだこりゃ」
「…きも」
現れたのは複眼と鎌を携えた虫のような姿。カマキリの呪霊だろうか。ある程度の見た目の呪霊には耐性があるが、流石に女子目線ではぞわっとする見た目だ。
――オオォーー!!
あの鎌は厄介だ。加えて複眼で常時360度警戒されている。一見ふざけたように見えるビジュアルでも、死角がないということだ。
「はは、そんなでけえ声出さなくても、聞こえるって!!」
「っ、虎杖!」
虎杖はついこの間まで非術師だった。呪霊との戦い方を彼はまだ知らないはず。呪力はきっとあるだろうが、呪術としては使えないだろうし、呪力をただ放出することもままならないだろう。
悟もきっとまだろくに指導できていない。
――ガッ
敵の何よりもの脅威はあの鎌。虎杖も直感的に感じたのだろう。呪霊の懐に飛び込むと、鎌を掴んだ。
「っ!」
呪霊の鎌が、虎杖の柔らかい手のひらに食い込む。鮮血が滴り落ちるより前に呪霊の足が浮かぶ。鎌の生えている腕を抱え込み、背負い投げをする。
――ドォォーーン!!
言葉を失う。
確かに普通の人間相手なら戦闘不能にできるだろう。だがそれは呪霊には通用しない。通用はしないが、そもそも戦闘に対して躊躇がなさすぎる。訓練を受けてない者の動きとは思えない。
「っべ、これきかねぇ!?」
「虎杖!拳にこれを巻いて!」
「っ!?」
だがこれは都合がいい。呪力を使えないなら纏えばいいのだ。
虎杖に向かって文字の書かれた包帯を投げつける。
私のいざという時のとっておき。たっぷりと呪力を染み込ませた、対呪霊用だ。虎杖のパンチに私の呪力が乗っかれば、その場凌ぎくらいにはなる。
同時に呪霊側に4枚札を投げつけ、虎杖に巻きつける時間を与える。
「これでいいか!?」
手早くそれを巻きつけた虎杖に頷きを返す。
彼の手は先程鎌を思い切り握ったが、それにしては出血量が少なすぎた。私の推測が間違っていなければ、ヤツの能力は鎌じゃない。
「私が合図したらその手で殴って!それは使い切りだからチャンスは一回!!」
「わかった!…うおっ」
「っ!」
呪霊には知性はないが、知能はある。私たちが何かを画策していることを察したらしい。細かい足捌きでこちらに距離を詰められる。
(しまった…!)
私が接近戦に向いてないことを見抜き、ターゲットを絞ってきた。こちらもいくつか手の内を見せているから油断なんてしてくれない。先程の奇襲とは段違いの速さで、それが目の前に迫っていた。
刃物は鋭く、鏡のように私の黒い目を映す。
ダメかもしれない。だから私は戦いたくないんだ。人を守る力がない。たった一人の大切な家族さえも守れないやつだから。
――あの時どうすればよかったんだろうと、いまだに考える。
一晩で変わり果てた母の姿を見てから、後悔をしなかった日なんて一度もない。
『手の届く範囲でいいから、人を助けなさい』。
そう言った母を殺したあの人たちを、私は許さない。憎まない。だって私は。
「みょーじ!!」
「…………ふっ」
遠くで私を呼ぶ声がする。昔の自分を彷彿とさせる憎たらしいくらい純粋な声に引き戻されて、ああ、これは夢なんだと気がつく。
まとわりつく複眼。そうだ、私は呪霊と闘っていた。
今私に王手をかけているこいつの能力は鎌じゃない。鎌は本来の力を隠すためのカモフラージュ。
「全く、小賢しい呪霊だね」
カマキリの呪霊なんかじゃない。こいつは蛾だ。
悪夢を見せる蛾。悪夢を叶える蛾。
対精神に対しては脅威極まりないが、心を封印している私の深層までは掘り下げられなかったようだ。
「……胸くそ悪い夢見させてくれたお礼だよ」
残っていた全ての札を懐から放つ。その数、20枚。
当然先程の比ではない威力に、呪霊の手が弱まる。怯んだその隙がチャンスだ。
「今だよ!虎杖!!」
「うおおおおおおお!!!」
拳が弾ける。
虎杖のパンチは人智を超えている。それだけでなかなかきついのに、中途半端に解けた包帯から、私のありったけの呪力がのしかかる。相手にとってはなかなかキツイだろう。
さらにダメ押しの一手。
携帯していた筆を取り出し、複眼に直接墨を書き込む。書き込む文字はたった一文字。
あと三角。呪霊が悪あがきをしようと私の腰に鎌を突き立てる。
あと二角。虎杖がさせまいと両手でそれを引き離そうとする。
あと一角。火事場の馬鹿力、呪霊の締め付ける力が徐々に強くなり、私の腰から血が飛び散った瞬間。
『封』の字が完成した。
――ガクン
呪霊は力なく項垂れると、みるみる小さくなり、やがて手のひらサイズのテニスボールほどの大きさに丸まった。