虎杖と心を封印した女の子のお話
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息が苦しい。
「っ…かっ…ぁ…」
人間の力と思えないほど強い握力。尖った黒い爪が細い首につき刺さる。
にんまりと笑った虎杖は、虎杖ではなかった。言葉にできないほど禍々しい圧力。これが両面宿儺の圧倒的な存在感。
「…ほぅ、封印師か。それしかできん奴らが現代まで生き残ってたとはな」
「い…た…どっ…」
「小僧の方は珍しくオレを押さえるのに手間取っているようだ。三本目は少々堪えたか?まぁいい」
虎杖悠仁の宿儺としての器は上層部ですら計りかねている。
こう言うことが起きるのを懸念して、上層部は彼を秘匿死刑にしようとしたのだろう。正直、今なら私も死刑に反対はしないかもしれない。
「っ…かえ、して…」
「小僧の体のことか?せっかく外に出たのだ。どうして返す必要がある。それにしても面白い封印をしているな、貴様」
「っあっ…!」
「喘ぐな喘ぐな。楽しくなってしまう」
馬乗りにされ、手も体も自由に動かせない。というより、肺が圧迫され首も絞められていて、正直力が入らない。
「久しぶりの女だ。このまま犯してやってもいいのだが…」
「っ!」
「あいにくコトを済ます前に小僧は起きてしまうだろうし、何より肉付きが良くない」
「…っ、悪かったわねっ…」
「仕方ない、殺す」
「っああ!!」
私の悲鳴に満足そうな笑みを浮かべる。一息に殺すもじっくり殺すも、全ては宿儺の手加減次第。目尻に涙が浮かび、頭が朦朧としてくる。鼻の奥がツンとしてきて、意識が霞がかっていく。
「肉付きは良くないが、その表情はなかなか見応えがあるな」
「っ…、はっ…」
まぁ仕方ないことかもしれない。
人類のために戦うことをやめた私は呪術師を名乗る資格がない。仲間が死んでいくのを横目に、高専の中で閉じこもっていた。いずれはこうなるはずだったんだ。
「ゔ…」
今日はとことんついてない。ホテルも取れないし、回収した呪物の封印がとけかけていたし、何より宿儺が出て来てしまった。運が悪かった。
諦めて目を閉じる。あとほんの少し力が込められれば意識がなくなる。そうすれば痛みも感じないだろう。
『手の届く範囲でいいから、人を助けなさい』
そう言っていた尊い人は非術師に殺された。
私は彼らを忘れない。私は彼らを憎まない。私は彼らを呪わない。
ああ、これが走馬灯ってやつだろうか。
統一性のない思考がぐるぐるとまわっていく。
「……」
「ぁ…」
「っ、何やってんだよオマエ!」
首と肺を圧迫していたものが消える。虎杖の体が私の上から退いた。
「っは…」
新鮮な空気が一気に入ってきて、浅い呼吸を繰り返す。
よかった、結果的に生き残ったみたいだ。
ギリギリのところで虎杖の意識が勝ったのだろう。助かった。
「っ…!ごめん!!」
虎杖はというと、私を押さえていた手を反対側の手で掴みびたりと頭を床に擦り付けている。
「……何を謝ってるの」
「押さえが効かなかった」
「……別に虎杖のせいとは思ってないよ。アンタが食べてくれなかったら処理に困ってたところだったし」
私の制止の声を聞かなかったことは考えてほしいところがあるが、宿儺のやったことを虎杖が気に病むのは違う気がする。
別にいたずらに訳もなく指を食べたわけでもないし。
「結果的に生きてるし問題ない。あ、でもハイネックの服貸して欲しいかな。多分赤くなってるでしょ」
絞められたところをなぞる。触っただけでもピリピリするから、やっぱりきっと赤くなってる。
虎杖の顔が一層曇る。
「……ごめん」
「……」
そういう顔をされるとこっちも居た堪れなくなる。
だがちょうどいいかもしれない。虎杖と距離をとるのは。
彼と出会ってから、私はパーソナルスペースがちょっと小さくなった気がする。悟の計らいのせいだが、私はそれを望んではいない。
この胸にかけた封印を、私は忘れたわけではない。もう誰も信用しない。もう誰も救わないし呪わない。そう決めたのだ。
「本当になんとも思ってないから」
小さな居間に虎杖をひとり残して、私は割り当ててもらった部屋に閉じこもった。
**********
清々しいくらいの朝。
オレとみょーじは高校に来ていた。オレがついこの間まで通っていた高校だ。
もうここにはいないはずの人物だから、オレは真深く帽子をかぶっている。一方みょーじは六月だというのに顎が隠れるほどのハイネックを着ている。オレが貸した服だ。
昨夜の一件がなかったかのようにみょーじはけろりとしていた。ただの女の子にあれだけの力を込めれば首が折れてもおかしくなかったというのに、本当に気にしていない様子だった。
「……はい、これで設置完了」
「百葉箱なんて今どき使ってないけど、撤去されたりしないの」
「呪霊が見えない人はこの百葉箱すら見えないよ」
宿儺の指が置いてあった百葉箱に代わりの呪物を設置する。
これでこの旅の目的は達成された。あとは適当に観光して帰ることにしよう。
「高校、懐かしいんじゃない?しばらくこの辺歩いててもいいけど」
「いや、知り合いに見られっと説明しにくいし。仙台城跡でも行くか」
「跡地しかないって釘崎さん言ってたから私はパス」
ちょっと悲しい。
でもここに長居するのは本当に知り合いに会いそうで危ないから、足を動かす。みょーじは着いてきてくれた。
「みょーじはさ、なんで怖くないんだ」
「……どういうこと?」
「いやさ、普通殺されかけたら誰だってビビるか怒るかすんでしょ。でもみょーじはこう、なんていうか何も変わらないというか、何も感じてなさそうっつーか…」
「気味が悪いくらい?」
「そこまでは言わねぇよ!でも、なんか不思議だなって思う」
「……」
人間として違和感を感じる。
五条先生の言っていた、封印師に専念するようになったきっかけの『あること』が関係しているんだろうか。
救えと言われた手前、その些細な気づきを見過ごすことはできなかった。
みょーじは少し考えて、本当に小さな声で答えてくれた。
「……それは私が私を封印してるからだと思うよ」
**********
あの人が殺された時、私は心を封印した。
さもないと怒りと憎しみで全人類を敵に回しそうだったから。
心を封印するのは決して簡単なことではない。
一度心を引き裂かれないと発動できないからだ。私は望まずして引き裂かれたから、結果的に封印に至ることができた。
もしこれを解放したら、あの時の記憶全てが鮮明に脳裏に甦り、何度も何度もあの体験を繰り返すことだろう。そして蓄積された感情が何倍にも膨れ上がって、非術師を際限なく殺し尽くすと思う。
「どういうこと?」
「……それは」
言えない。そう言葉を紡ごうとしたそのとき。
――ピキンッ
「っ!呪霊の気配!」
私は呪霊の気配を察知した。