虎杖と心を封印した女の子のお話
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新幹線から見える景色がどんどん変わっていく。東京駅を出てすぐは、ビル群に囲まれた都会を突き抜けていたが、今や田園風景が広がるほどのところまできた。
梅雨の空は陰鬱だが、目の前の明るい男は呑気に駅弁なんてものを食べている。
私も虎杖も私服だ。制服なんて着ていたらホテルに入る際に身分確認されてしまうから、大学生っぽく見せるためである。
「やっぱ東京駅ってすごいな。あんなに駅弁の種類あるなんて思わなかったし、紐引っ張ったらあったかくなる弁当とか考えたこともなかったわ」
「……宇都宮着いたら餃子食べる予定なんだけど」
「ん?大丈夫大丈夫!餃子ぐらい入るって」
「……」
律儀にも、私は旅行プランなんてものを考えてきてしまった。計画性のないこの男に任せるのは怖かったし、せっかく悟が旅費を出してくれたのだ。満喫する分には悪くないだろう。
まぁ欲を言えばひとり旅が良かったんだけど。
「宇都宮で餃子食って、福島でラーメンだろ。仙台着いたら牛タン旨い店連れてってやるからさ」
「……どうも」
B級グルメのオンパレード。
わかった、この男絶対モテない。好みが男子高校生まっしぐらだし気遣いというものがない。
小さくため息をついて二泊三日の旅程を憂いた。
**********
宇都宮総合病院の敷地にこっそりと忍び込む。スタッフしか入れないようなエリアに部外者がいたらすぐにつまみ出されてしまうから、慎重に物陰に隠れて進む。
「なぁ、やっぱ病院とかって襲われやすいのか」
「そうだね。少なくとも入院して嬉しい人っていないでしょ。そういう小さな負の感情が集まりやすいとこだから、窓も警戒して巡回してるの」
「『窓』?」
「高専所属の非術師。術師じゃないけど呪霊は見えるから、全国各地に配属してて巡回してる」
「へー」
「…あった」
壁の、一階と二階の間に設置された小さな木箱。小鳥でもいそうな箱から宿儺の指の気配がする。
「地上から5メートルくらいか。ちょっと届かないな…」
私の身長は1.5メートルくらい。虎杖も平均的な男子高校生の身長だ。流石にジャンプしても届かない。
手元の呪物を眺める。投げ入れることはできても取り出すことはできない。困った。2階に上がって中から作業すべきだろうか。
「あ、オレいけるよ。あの中にある指回収して、代わりにこれ入れればいいんでしょ」
「…届くの?」
「余裕」
私の手のひらに乗っていた呪物を掴むと、まるでドリブルでもするかのような姿勢で走り出す。フォームはとても綺麗だ。
いや、いくらなんでもバスケじゃあるまいし、あんな高さまでは届かないだろう。
虎杖はダンッと右足を踏み込む。次の足は壁に、その次の足は窓の上についている雨よけに。
「…は?」
バネのような瞬発力を見せつけられて、思わず呆気に取られる。おおよそ人間の動きとは思えない身体能力を発揮して、虎杖は木箱のところまで難なくたどり着いた。雨樋と壁を器用に使ってバランスを取り、難なく指を回収している。
生まれつきだけでは理由にならないほどの身体能力だ。ついこの間まで非術師だったのが嘘のよう。
雨樋をポールに見立てて、虎杖がすーっと降りてくる。その間わずか15秒。
「ほい、任務完了」
「……宿儺の器の資格といい、人間離れした身体能力といい。あんた本当に人間?」
「ん?そうだと思うよ」
回収した指を手渡される。封印はどうやら解けていないようだ。
「まぁいいや。とりあえず、アンタを連れてきた意味はあるってわかったから」
「あーゆーのはオレに任せてよ」
「……」
あのままだったら職員のふりをして中に入ったりしなくてはいけなかったから正直助かった。でも素直に礼を言うのがちょっと恥ずかしくて私は俯いたまま病院を後にした。
**********
初日は餃子を食べて、別々の部屋で一泊した。
二日目も特段問題なく呪物の交換はでき、予定通り夜のうちに仙台に入ることができたが、ここで二つ問題が発生した。
「……土曜日ってこんなに混んでるんだ」
「マジでホテル見つかんないな」
一つ目は軒並み駅前のホテルが満室であるということ。中日の今日は土曜だったため、予約なしだとなかなかホテルに入れない。
じっとりとした雨も降ってきたため早く宿を確保したいが、ビジネスホテルもカプセルホテルも全部回ってしまった。
もう天の巡りが悪いとしか思えない。
「……仕方ない、オレんちいくか」
「アンタの家まだ残ってるの」
発言してから不謹慎だったと反省した。まだおじいさんが亡くなってから1週間くらいしか経ってないはず。
一方虎杖は特段気にした様子もなく自宅までの経路を検索している。
「名義はじいちゃんのままで、まだ手続きしてないから。1週間ぶりだから埃っぽくなってるかもしんないけど」
「別にそれはいいよ……っくしゅ」
雨風しのげて横になれるだけマシだ。
六月とはいえ、雨に濡れれば冷える。足元からひんやりとして思わずくしゃみをしてしまった。
「……これ、被ってろよ」
「!」
見かねた虎杖が私の肩にパーカーを乗せる。
突然のことにビクッと跳ねた。バッと虎杖を見ると向こうも驚いたような反応をしている。
「わりぃ、驚かせた?」
「……平気、ありがと」
温い。不本意だから唇を尖らせながら暖かい袖に手を通す。
ちょっと好感度が上がっただなんて絶対言ってやらない。
ブカブカの袖をぎゅうっと握る。
視線を泳がせた虎杖はスマホをポケットの奥に突っ込む。
「あーっと…こっから30分くらいでつくから、とりあえず電車乗ろう」
「うん」
一つ目の問題は、虎杖の機転により解決した。
**********
「ふー、やっぱ自分ちって落ち着くわ」
風呂上がりの虎杖はさっぱりときた顔で嬉しそうに冷蔵庫を漁る。
ここは虎杖の実家。家主がいなくなってから1週間ほどだった家は、言っていたほどあまり埃っぽい様子も見受けられない。
「あー、なんもないな。当たり前か。戻って来れると思わなかったし」
「いいよ、お構いなく」
暖かいインスタントスープを出してくれたからそれで十分だ。
「…寝巻きも貸してくれてありがと」
「ん。部屋あっちね」
「わかった」
「さてと…」
二つ目の問題はかなり深刻だった。
ごとりと回収した呪物を机に乗せる。
福島で回収した宿儺の指の封印が解けかけていたのだ。
高専までは保たない。というか、同じ環境に長時間置いておけばあっという間に呪霊が湧いてしまう。
「…やっぱオレが食っちまったほうがいいんじゃない?」
「それじゃあ私の監督責任が…」
「正当な理由でしょ。このまま帰りの新幹線が呪霊列車になったら笑えないし」
「それだけでシリーズ一本書けちゃうしね…」
「んじゃあ、いただきます」
「あ、ちょ、ちょっと!」
ペリッと剥がした紙の端を持って、そのまま器用に指だけを口の中に放り込む。
せめて私の領域展開の中でやってほしかった。が発動はもう間に合わない。
「っ…う…」
虎杖が堪えるように背中を丸める。肌に黒いタトゥーが浮かび上がる。
「っ…」
「虎杖…?」
「っ!」
あ、やばいと。思う間もなかった。
――ガッ
――ドサァッ