虎杖と心を封印した女の子のお話
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有象無象、人の成り、虚勢、心象、人外。
それらを定義づけるのは人であり、差別は良くないと声を張る輩は人でなしだ。そうした奴らがいるから世に呪いが蔓延し、人は人を憎んで殺す。世界から争いが消えないのはそういうこと。
人に嫌われ、人に嫌気がさして、人を嫌う。だから私は呪物に没頭し、人と会わずに1日を過ごす。だがそんな私は、人を嫌悪しながらも、やっぱりどうしようもないくらいただの人間らしい人間だったのだ。
**********
「……」
虎杖悠仁、17歳。
薄暗くロウソクの灯りだけが頼りの部屋で、彼は寝ぼけたまなこで辺りを見回した。壁一面に張り巡らされたお札は奇妙で、つい昨日までの出来事を忘れていたから、咄嗟に状況を理解できなかった。
「おはよう」
目の前にニヒルな笑みを浮かべる白髪の男、五条悟の顔を見るまでは。
「今の君は『どっち』なのかな?」
「……アンタ確か」
「五条悟。呪術高専で一年を担当してる」
「呪術…」
つい先日知った単語。それまでは何の関係もない一般人だった俺の生活が一変した言葉。
「っ!!」
言葉が意味を持って脳に認識されると、芋づる式に昨夜の出来事が蘇る。
「伏黒…?先輩は…!?」
――ガッ
「……あ、れ」
前のめりになったはずなのにくんと惹かれる感覚があった。体の違和感に首を回す。
「あ?なんだよコレ…」
虎杖悠仁の腕はしめ縄で捕らえられ、到底抜けそうにない金属の楔で固定されていた。その上にはびっしりと貼られた札。見渡すと、壁一面にも同様の札がこれでもかと貼り付けられていた。
「人の心配より自分のことを気にした方がいいんじゃない」
そしてこの部屋にはもう1人人間がいた。
虎杖の真後ろに、腕を組みつまらなさそうにこちらを見る女の子。フードを目深く被ったその人物は、身長だけでなく声色からももまだ幼い年齢ということがわかる。
表情は伺えないが、友好的な雰囲気は伝わってこない。
「アンタは…?」
「…『シロ』みたいね。じゃ私帰るから」
女の子は虎杖の質問には答えずにフードをさらに深く下げる。
「『シロ』?それって名前?」
「えー、ゆっくりしてこうよ。悠仁は恵と同い年だよ?」
「だから?年齢が近いから仲良くしろってこと?せんせー」
「グレないの。説明だけでもしてやってよ」
「……なんで私が?悟が説明すりゃいいじゃん」
「実物、持ってきてるんでしょ」
「……」
女の子と五条悟だけで会話が進んでいく。
虎杖悠仁は寂しそうに眉を下げた。
「…オレの質問無視?」
「……」
「ごめん、なんて言ってたっけ」
「……『シロ』『クロ』のシロよ、お馬鹿さん」
「あ、そういうこと。オレ疑われてんのか。なら納得。」
「……」
縛られた腕をぎしっと持ち上げた。
「宿儺の器としての君は不確定要素が多すぎるからね、上がそうしろってうるさいのさ。僕も何度かかけあったんだけどさぁ。ってなわけで、君死刑ね」
「…文脈あってねーんだけど」
「いゆいや、頑張ったんだよ。死刑は死刑でも、執行猶予がついた」
「執行猶予…今すぐじゃねぇってことか」
「そ。一から説明するね。おなまーえが」
「……」
ピッと指差しで指名された女の子の名はおなまーえというようだ。帰ると言っていた彼女は不機嫌そうに五条悟を睨みつける。いや、目元はフードのせいで見えないが、少なくとも鋭い視線は向けていたことだろう。
女の子は小さくため息をつくと、ガサゴソと懐から赤茶色の物体を取り出した。
「私はみょーじおなまーえ。コレはあなたが食べた呪物と同じもの。全部で20本。当校ではうち6本を保有してる」
彼女の健康的な細指とは正反対の色をしている、宿儺の薬指。
赤黒いそれを昨夜オレは食べた。
「20本?ああ、手足で?」
「手の指だけよ」
「へ?」
「…怠いから次いっていい?」
「えっとねー、宿儺は腕が4本あるんだ。おなまーえ、それ貸して」
「悟に貸すと何されるかわからないんだけど」
「じゃあちょーだい」
「正式に上を通してから言え」
「堅いなぁ」
渋々と五条悟は引き下がる。
「話、続けるからね」
「…おう」
なんだかんだ説明してくれる辺り、根は悪い子じゃないのだと直感する。ただ人と関わることを極端に恐れているような。
「これはどんなに叩いても折り曲げようとしても絶対に壊れない。何百年とこの形のまま現在まで存在している。それだけ強力な呪いだってこと。日に日に呪いは強まっているし、現存の術師じゃ封印が追いついてない。」
「おなまーえは封印師なんだよ。術師の中でも封印に特化したスペシャリストだ。そんな彼女でも宿儺の指を封じるとなると一年がかり…いや、二年はかかる。」
「……人のプロフィールを勝手に喋らないで」
「あはは、ごめんごめん。じゃあここからはオレが説明するよ」
「だから最初から悟が説明すればいいって言ってんじゃん」
女の子は指を静かにポケットにしまった。
「宿儺の指はどうやっても壊せない。むしろ強くなってる。そこで君だ。君が死ねば中の宿儺も死ぬ。うちの老人どもは臆病でね。今すぐ君を殺せと騒ぎ立ててる。でもそんなの、もったいないでしょ。」
「もったいない?」
「宿儺に耐えうる器なんて、今後生まれてくる保証はない。だからこう、提言した。『どうせ殺すなら全ての宿儺を取り込ませてから殺せばいい』って。」
「……」
「上は了承したよ。君には今二つの選択肢がある。今すぐ死ぬか、全ての宿儺を見つけ出し、取り込んでから死ぬか。」
「……要はアンタは処刑されるってことよ遅かれ早かれ」
冷たい言い方だが、変に湾曲して伝えられるより受け入れやすかった。
宿儺がどれだけすごいやつかは今説明を受けて理解した。受肉したら危険ってことも重々わかっている。
でも、死にますって言われて「ハイそうですか」と二つ返事できるほどオレは人生に悲観してはいない。
「……考えさせてくれ。明日じいちゃんの葬式なんだ」
出した結論は執行猶予の猶予だった。
「……そうか。一日くらいなら上もなんとか目を瞑ってくれると思うよ」
「……」
みょーじはくるりと背を向ける。
「じゃあ私仕事終わったから。ここにいる意味ないないし、本当に帰る」
オレの出す結論がわかっているのか、興味がないだけなのか。仮にオレが断ったとしても、五条先生なら殺すと信じているのか。
「あ、待っておなまーえ」
五条悟はおもむろに立ち上がり、みょーじおなまーえに近づいた。
財布からお札を2.3枚取り出し、彼女の手に握らせる。
「なに?」
「ほら、ここまできてくれた新幹線代」
「…悟がお金出してくれるとか、なんか嫌な予感がするんだけど」
「やだなぁ、僕ってそんなに信用ない?」
「ない」
そうハッキリ答えた彼女が正しかったのだろう。
オレは見てしまった。女の子のポケットに手を突っ込み、宿儺の指を掠め取った成人男性の姿を。
「!」
「まぁもらえるならもらっとくけど」
「気をつけて帰ってね〜」
ふっと体が軽くなる。息苦しさを感じられるほどの薄暗い結界がなくなり、手枷も消えた。
何の変哲もない会議室のパイプ椅子に自分は座っていた。
キィッと音を立てて彼女は外に出ていく。
きっと新幹線に乗っている途中で、例の指がなくなっていることに気がつくのだろう。そしてきっと五条先生への恨み節を聴かせるに違いない。
コツコツと遠ざかる足音に少なからず同情する。
「女の子のポケットに手突っ込むとかないっすよ」
「慰謝料は払ったから示談示談」
「サイテーだ、この人…」
ひゅぅっと口笛を得意げに吹きながら、五条先生はくすねた指を宙に投げた。
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