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ツイステットワンダーランド屈指の名門校であるナイトレイブンカレッジは有名な魔法使いを数多く輩出し、自由な校風が評価されている。
そう。自由な校風が自由すぎるくらいで、保健室はいつだって閑古鳥が泣くことがない。
「…あなたは学習というものをしないんですか」
「えへ〜」
目の前でニコニコと上品な笑みを浮かべる男はこの保健室の常連客。
今日は肘をすりむいたらしく、赤黒い傷跡が生々しい。
「また箒から落ちたんですね」
「そー。だから治して?イルカちゃん」
「先生と呼びなさい」
「イルカせんせぇ」
「…はぁ」
身長180越えの大男が保健室の簡素な椅子におとなしく座っていて、だが図々しい態度は健在だ。
「どうせ無茶な飛び方したんでしょう」
「せぇかーい!いつもよりもぉ調子よくって、つい飛ばしちゃった」
「『つい』で怪我してちゃ世話ないわね」
消毒液に浸した綿を予告なく傷口に押し当てる。真っ白なガーゼに赤い血が付着する。
「イッ!?」
「我慢して、男の子でしょ」
「…これさー、やっぱどうにかなんないの?」
「ならない。傷口は魔法で塞げるけど、消毒しないと化膿するから」
「やだなぁ毎回コレは」
「嫌なら怪我しなければいいだけよ」
口すっぱく傷口はすぐに水で洗えと言ったから、砂などは付いていなかった。消毒液が乾いたことを確認すると、太い二の腕を持ち上げて魔法をかける。
「傷よ、治れ」
淡い光が傷を包み込む。鮮やかな赤がみるみるうちに塞がっていく。
これがこの保健室の主人を任された女のユニーク魔法。体の傷を治療する、癒しの魔法。
「ふ、ふふっ…くすぐったぁい」
「もう終わるから、じっとしてて」
「イルカちゃんの魔法ってー、痛いのとかもどっかに行っちゃうからすごいよねー」
「……」
「学園長も見る目あるよね。オレらと同じときにここに入ったんでしょ?わりと最近だよねぇ」
「……はい、おしまい」
暖かい腕から手を離す。人魚のくせにこんなに体温高くて良いのか。
(なんの魚かは知らないけど)
昔、エレメンタリースクール時代に一度だけ年下の人魚と交流学習をしたことがある。それ以来、この学校に入るまでついぞ人魚とは出会うことはなかった。
「……」
「イルカちゃん?」
「…学園長には感謝してますよ。自分の研究しながら働いてもいいって言ってくれたから」
「…その研究さぁ」
「この話はここまで。ほら早く次の授業に行きなさい」
「えー、なんかそう言ってると先生みたい」
「みたいじゃなくて先生なの、わたしは」
ほとんどの生徒に保健室のお姉ちゃんくらいにか思われてなさそうだけど。年も5歳程度しか離れてないから致し方ないが、もう少し威厳というものが欲しい。トレイン先生くらいには。
少し汚れた体操服を整えて、男はむくりと立ち上がる。
「ありがとーイルカちゃん。またねー」
「…だから先生と呼びなさい」
++++++
――ガラッ
「失礼しまーす!」
「エース!ここは保健室だぞ!もう少し静かにしたらどうだ!」
「デュースの方が俺よりずっとうるさいと思うんだけど…」
「どっちもどっちなんだぞ!」
「…何の用ですか」
病気とはほとほと関係なさそうな元気な声量で入ってきたのはハーツラビュルの生徒と灰色の狸。その後ろからよろよろと青白い顔の生徒が入ってくる。
「……貧血ですね」
「いや、なんか監督生が腹いてぇって言ってて」
「っ…大丈夫だから…」
「さっきからずっとこの調子で、顔色も随分悪くなっているので保健室で休ませてもらえませんか」
「……わかりました。そこに横になってください」
「動けるか、監督生」
「うん…」
ハーツラビュルの生徒二人が青白い顔の生徒を支えてベットに腰をかけさせる。確かあの監督生は入学式で騒ぎを起こしたオンボロ寮の生徒だ。
「ありがとうございます。ではお二人はもう結構です」
「え?」
「移っては良くないですし、もうすぐ昼休みも終わるでしょう。授業に戻っていただいて大丈夫です。それに弱っている姿は誰しも見られたくはないものですし」
「うーん…それもそうか」
「理解が早くて助かります。狸さんも授業出てくださいね」
「ふな!?オイラは狸じゃないんだぞ!」
「ほらいくぞ、グリム」
「ふなー!!」
「お邪魔しました」
どうもこの頃の年齢の男の子は元気が有り余っている。いっそそのエネルギーを勉強とかスポーツに注いでくれればいいものを。
「…さて、監督生さん」
「はい…」
「こちら増血剤と痛み止めです」
「!」
「私が調合しましたから、効果は保証しますよ」
「…ありがとうございます」
監督生は錠剤とコップを手に取り、おそるおそる飲み込んだ。
温めたばかりのお湯を湯たんぽに入れて手渡す。
「横になってください。きつければ服を緩めても構いません」
「はい…」
ネクタイを緩めた監督生は、少し迷ったように視線を動かして背中にあるであろうホックを外す。こういう時、締め付けはない方が血行が良くなるからその行為を咎めたりはしない。
「あなたが普段どうやって過ごしているのかは興味がありますが、なぜこの学園に通っているのかを聞くつもりはありません。だから正直に答えてください」
「……」
「生理痛ですね?」
「……はい」
ここは男子校。女の子の生徒がいるはずがないのだ。
先程ハーツラビュルの生徒を追い出したのは正解だった。
「このことを他に知っている人は?」
「学園長が知ってます」
「…まったくあの人は。こういうことは養護教諭には知らせておいてほしいのですが」
そういった大事なところは欠如した人格の持ち主だから、文句を言っても仕方ないだろうが、愚痴の一つくらいは溢したくもなる。
「また辛い時はいつでもいらしてください。ベットと薬くらいは差し上げますから。生理痛はサボりではないので」
「ありがとうございます…」
「あ、でもよくここを利用する生徒も少なくないので、遭遇しないように気をつけてくださいね」
「え?は、はい…」
++++++
――コンコン
規則正しいノック音の後に入ってきた青年はテノールの声で入室の挨拶を述べた。
「失礼します」
「予定より早いですね、アズールさん。約束の時間までまだ30分はありますよ?」
「前の授業が早く終わりまして。手持ち無沙汰でしたので早めにきてしまいました」
「まぁ薬はできてるのでいいですけど」
この生徒に限ってサボりなどはないから、そこは信用できる。
今回の要望であった魔力増幅剤の入った小瓶を彼に渡す。
「完璧な色ですね。他の先生でもこうはいかない。さすが若くして先生になるだけはある」
「お褒めの言葉をどうも。わかってるとは思うけど、授業やテストでこれを使うのは校則違反だからそこだけは守るように」
「ええ。取引相手にもそこは契約条件として提示してますからご安心ください」
「あと怪我人を増やすのは勘弁してほしいですね。ただでさえ最近階段から落ちる生徒が増えてるのに…」
「そこはあなたとの契約通り、オクタヴィネル寮の生徒からヘルプを貸し出しますので」
見せられたのはサインの入った金色の契約書。
昨年アズールと交わした契約は『マジフト大会の際に人員を貸し出す代わりに、都度要求する魔法薬を用意すること』だ。
マジフト大会は魔法アリの一大スポーツ。活気盛んな学生同士がぶつかれば、怪我人は必然的に増える。自分一人では全員を見きれないため、こうしてアズールに約束を取り付けている。
「不要な患者が増えないようにお願いしますね、委員長」
「ええ、我々運営もこの上なく安全に開催できるように取り締まりますので。それでは」
そっと扉が閉じられる。
「…悪い顔」
アズールの顔は本気でそう思っていないことを物語っていた。仕事が増えないといいな、なんでぼんやりと考えて女は自身の研究に戻った。
++++++
「テーピングで固定しましたから、しばらく安静にするように」
「足ってやっぱよくわかんなーい」
痛々しい捻挫でびっこをひきながら現れたのは、保健室の常連客のフロイドだった。応急処置をする傍らで聞いたところバスケで足を捻ったのだという。
「そもそもさぁ、二本の足を同時に動かすのとか忙しすぎるでしょ」
「…そうかもね」
「…?イルカちゃんもしかしてちょっと疲れてる?」
目の下のくまを見たのか、いつもより覇気のない返答に違和感を覚えたのか、背中にのしかかったフロイドはこちらの顔を覗き込むように前のめりになる。
「重い。お願いだから座ってて」
「イルカちゃん反応悪いんだもん」
「かもしれない。昨日オーバープロットした生徒のケアをしたから」
「ああ、金魚ちゃんのこと?」
「もう噂になってるのね」
限られたコミュニティでは噂がすぐに回る。
ハーツラビュルの長に若干同情しつつ、おなまーえは器具を片付ける。
「ねぇねぇ、イルカちゃんはどうして研究続けんの?」
「……昔、教育実習でエレメンタリースクールと交流会をした時、ある人魚に出会ったの」
私は何を話してるんだ。よりによってフロイド・リーチなんかに。
きっと疲れてるんだ。ここ数日まともに寝てないし、ぼうっとする。
手元が止まり、口だけが勝手に回る。
「あなたも人魚だから知ってるかもしれないけど、変身魔法って結構痛いらしいのね。その子、私の足を見て羨ましいって付き纏ってきてね、他の人には内緒で変身魔法をかけてあげたの。」
覚えたての変身魔法を、モルモット以外に初めて使った。できると思っていた。成績は優秀だったし、あの頃は自信に満ちていたから。
「でも失敗した。その子は痛いって泣いて、足も不完全で…」
思い出すだけで心臓が痛む。
結局バレて私は謹慎処分。その子が結局どうなったかはわからない。それがより一層罪悪感を際立たせた。
「だから私は変身薬の研究を続けてるの」
もう誰も痛い思いをさせたくないから。
あの子の涙を私は忘れない。
「……っ」
ぐらりと視界が揺れる。ああ、睡眠不足がとうとう祟ったか。
せっかく片した医療器具は倒したくないから、何もないところに向かって体を落とす。
「……」
意識を失ったおなまーえを、フロイドはニンマリとした笑顔で抱き留めた。
++++++
目が覚めると、手足が拘束されていた。
「っ…あれ…」
「目ぇ覚めた〜?」
ひょこりと視界に入ってきたのはフロイド・リーチ。ギザギザの歯をこれでもかというくらい剥き出しにして笑顔を向けてくる。
「……」
どう考えても嫌な予感しかしない。ここは男子校で、私は唯一の女性養護教諭で、こういった事態を想像しなかったと言えば嘘になるけど、警戒はしていなかった。所詮高校生と侮っていた。
「はい、これなーんだ」
フロイドが見せてきたのは薄緑色の小さな錠剤。見覚えのあるどころじゃなくて、あれは私の作った薬だ。
「……変身薬」
「せいかぁーい!」
「何がしたいの」
「先生わかってないでしょ、人魚と人間の姿変えるときの痛み。実験するならまずは自分からやらなきゃ。」
「……」
「でもよかった。オレのこと覚えてくれてて」
「……まさかあなた、あの時の人魚なの」
「ピンポーン!はなまるあげるよ、イルカ先生」
ああ、そういえば前髪の形とか似てる気がする。なんだってこれまで気がつかなかったんだろう。
『痛い!痛いよぉ、なにこれぇ…』
私の記憶の中のあの子は、苦痛に悶えてつらそうにしていたから、いつのまにかどんな顔をしていたか忘れてしまっていた。
(……ならこれは罰だ)
幼い子供にトラウマを与えてしまった罰だと思った。彼には恨まれて当然だ。きちんと使いこなせない魔法を向けてしまったのだから。そして今のいままで、彼の存在に気がつかなかったのだから。
「じゃあ、オレが今から何するか当ててみて?」
「その薬を飲ますんでしょ」
「またまた正解!んじゃあご褒美ね」
「……」
「ただあげるだけじゃつまんないから…」
フロイドは薄緑色の錠剤と少量の水を口に含み近づいてくる。
状況を理解した私は、抵抗せずにうっすらと唇を開いた。
――くちゅ
脳に響く官能的な音に、つい目を閉じてしまう。人魚も唇は暖かいんだ、なんて失礼なことを考えているうちにそれは深くなっていく。
長い舌でこじ開けられた小さな口に、黄緑色の薬が流し込まれる。
ゴクリと喉を通る気配。
その動きを確認してから、フロイドは唇を離す。銀色の細い糸がぷつりと切れた。
「っ、ごふ…」
「むせちゃった?」
「…平気」
この薬が本当に私の作ったものなら、即効性だ。
あと1分もしないうちに私の体は変化していくだろう。
「っ…」
ほらきた。明日の方からジクジクと痛みが這い上がってくる。思っていたよりはマシだ。研究の成果が現れているようだ。
「あはっ、良い顔」
「っ、サディスト」
「イルカ先生のその顔さ、誘ってるみたいで興奮する」
「冗談…っ、っ」
膝がくっついた。目に入ると余計に痛くなる気がするからうっすらと細めで確認する。
鱗の色はターコイズブルー。嫌味にもフロイドの髪色と同じ色だ。
――パチン
――パチン
私を拘束していたベルトが解かれた。逃げる余力もないと判断されたんだろう。
横抱きにされて、どこかへと連れて行かれる。景色を見る余裕はないから、ここがどこだかわからない。
「〜〜♪」
「…っ…」
ご機嫌に鼻歌を歌うフロイドとは対照的に、私は苦悶の声を上げる。
そろそろ息苦しくなってきた。エラ呼吸に対応してきたのだろうか。
水。水が欲しい。
「よいっしょっと」
不意に体が宙に浮いた。
――バッシャンッッ
叩きつけられ、目にも口にも水が入る。
溺れる。痛い。苦しい。
色々な感情が合わさって、でも言葉にはならなくて、私は力なく水底に沈んでいく。
ここがどこだかわからないけど、私はこのまま落ちていって、誰にも見つかることなく死んでしまうのだろうか。
(それも、仕方ないことなのかな)
沈む。沈む。沈む。
目を開けるのも億劫で、このままどこまでも落ちていけば良いとさえ思う。
――ぱしっ
手首を掴まれた。
「先生泳ぐの下手〜」
「……え」
顔を上げると、人魚の姿になったフロイドが私の腕を掴んでいた。
ああ、確かにこの顔には見覚えがある。私が傷つけた人魚の姿だ。
フロイド・リーチがこの学園で人魚になっているところは見たことがなかったから、普段とかけ離れた姿に困惑した。
フロイドは私を脇に抱えると、支えるようにして泳ぎだす。
「どーお?水のなか、綺麗でしょ」
キラキラとした光が水面から差し込んで、ステンドグラスのように輝く。名前もわからない色とりどりの小魚が、私たちを避けるように散っていき、豊かな海藻や岩の影に隠れていく。
「……なんで」
「だってイルカ先生、海のこと知らないのに変身薬作ろうとしてんだもん。そりゃうまく行かないって〜」
「……これを見せるために?」
「そ!だってオレ、イルカちゃん大好きだもん」
「っ…」
ああ、大切なものはいつだって目には見えない。
そう言っていたのはどの絵本だったっけ。
私は本当に何も見えていなかった。
ただ贖罪のためにあの部屋に閉じこもって、海を知ろうとしなかった。文字通り、井の中の蛙大海を知らず、だ。
ヒレをゆっくり動かす。なるほど、足を動かすのとは異なる感覚だ。まっすぐ進むのは割とすぐにできそうだが、左右をコントロールするのは難しそうだ。
「あは、上手上手」
「ごめんなさい、フロイド。それからありがとう。」
「どーいたしまして!」
高校生相応の嬉しそうな顔に頬が綻ぶ。
この人懐っこい笑顔を私は忘れていた。
「んで、オレの告白はぁ〜?」
「…そういうことなの?」
「あれ、伝わらなかった?オレ、番としてイルカ先生のこと好きだよ」
「……人間社会では『番』じゃなくて『恋人』っていうのよ」
「コイビト?なんかサカナみたいな名前だね」
「……まぁいいや。あなたは私と番になりたいの?」
「えへへ、なんかイルカちゃんからその言葉聞くと照れる」
人魚の感覚がわからない。わからないけど、彼は私を好いてくれているのか。
正直意外だった。嫌われる理由は数あれど、好かれる理由が見つからない。
でも目の前の人魚が腰に回す手は、優しさで溢れていて、フロイド・リーチの評判には似合わないなんて思ったりもして。
「……卒業するまではダメね」
絞り出した結論は保留だった。
今はこの気持ちに整理がつけられない。
「えー、なんでぇー」
「先生と生徒だから。それ以上の理由はない」
「でもイルカちゃん、タコちゃんみたいに真っ赤だよ」
「っ、それは…」
「ほら、アズールもジェイドも見てる」
「え」
指でさされた方向を見る。
二人とも制服姿で、アズールは呆れたように、ジェイドは面白いものを見つけたように笑っている。というか、こちらを見ているのは二人だけではない。
そこでようやく気がつく。ここはモストロラウンジの水槽だと。
「っ!はなして、フロイド・リーチ!」
「えー、はなしたらイルカちゃん溺れちゃうじゃん。イルカなのに溺れるとか面白〜」
「先生と呼びなさい、先生って!!」
水の中での会話が外に聞こえることはないけれど、それでも何を話しているのかはおなまーえの表情を見れば大体わかるわけで。
この日、モストロラウンジの売り上げは歴代一位を獲得した。
公式マジカメに上げられたおなまーえの泳ぐ姿は10万回再生を超え、ぷちバズった。
後日、雇用契約を結びにきたアズールに、おなまーえは顔を真っ赤にして消毒液をぶちまけたという。
【Fin】
随分前に没になったやつを完成させました。
イルカちゃん呼びしてるから名前変換の意味あったかな…。
2021/01/26 少女S
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