ジョゼフと語り部のお話
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コンコンとドアをノックする。
「…騒がしいと思えばキミか」
「あなたに撮って欲しいものがあって。もちろん心付けもあるわ」
「…そんなものはいらん。入るといい」
「ありがとう」
思いの外すんなりと部屋に入れてくれた。
ジョゼフの部屋は絢爛豪華な調度品が並んでいた。
思えば彼の部屋に入るのは初めてだ。
「高級嗜好なのね」
「壊すな」
「子どもではないから、大丈夫よ」
手近にあった鏡などを眺めて、私は本題に入る。
「私を撮ってほしいの」
「写真は苦手なのではなかったのか」
「ええ、苦手。でもあなたの写真なら好きになれるかもしれない」
「…断る」
「部屋まで上げておいて、それはないわ」
「ボクのミスだ。帰ってくれ」
「いくらでも払うわ」
「断る」
残念ながら、金銭では買収できない様子。
色恋沙汰の聞かない彼だから、効果があるかはわからないが、女はすっとジョゼフの後ろから彼を抱きしめる。
「どんなポーズでもとるわ」
「……」
「何時間でも、何日でも」
「……」
「ねぇ、ジョゼフ…」
「……」
ほんの少しの沈黙。
腕の力を強めて、柔らかい胸を彼に押し当てた。
「…私能力は知っているだろう」
「ええ」
「写真世界のキミに、私が何をしても構わないと?」
「ええ。構いません」
「フッ…なら」
彼はくるりとこちらを向いた。
「そこに横になるといい」
その表情は陶器のようで、どんな気持ちか読めないのだけれど。
でも、意地悪そうに笑う瞳の奥は、何かに縋りたがっているように見えた。
++++++
普通の男女の交わりとはかけ離れたものだろう。
互いにそういった器官はとっくのとうに失ったのだから。
ジョゼフの温かい指が鎖骨を撫であげる。
「くっ、んっ…」
「いい表情だ」
「っ…」
「君は喋らないほうが魅力的に映るな」
「それは、私の存在意義に反する、わね…っ」
紅潮した頬。
涙に濡れたまつ毛。
この上ないほど柔らかい唇。
男を惑わす娼婦がそこにいた。
グシャグシャのシーツは白い肌と同化して、くたりと垂れ下がった四肢はアンニュイさを醸し出していた。
でもまだ足りない。
その瞳の奥にまで手を伸ばせていない。
「…っ!」
力の抜けた全身に再び活力を込めて、女は起き上がる。
ジョゼフが完全に油断した頃を見計らって、深淵を覗こうという魂胆だった。
だがその作戦は失敗に終わった。
「……ボクがキミの思考を読めないと思ったか」
「っ!」
バランスを崩したジョゼフは女を写真世界に逃し自らの身を守った。
「……あなた、そんな姿をしていたの」
女にとっては初めての写真世界。
全てがモノクロでできているこの世界の中で、ただ一人鮮やかな色彩を放っている彼が、自らの体を押さえつけていた。
「……もう抵抗はしないわ。離して」
「どうだろう」
彼はわき腹をそっとなぞる。
身をよじろうとした次の瞬間、彼のサーベルが首元に充てられた。
「っ、」
「ここならどれだけ叫んでも外に聞こえることはない。正真正銘、ボクとキミだけの世界だ」
ぷつりと、冷たい刃が首の皮を一枚破る。
「キミはボクのことを少々誤解しているようだ」
「…なぜ?」
「なぜって?この目の奥に何があるか、キミは気になっていたようだけれど、ここには何もないからさ。ボクの中にあるのは虚無。キミが追い求めるほどのものはない」
「……」
ではなぜ、あなたはそんなにも悲しい顔をするのだろう。
「この世界で、キミは永遠にボクのものになる。キミの魂は永遠にここに縛り付けられる。生きながらえるというあなたの望みは、これで叶うだろう」
「っ、あ」
「とうかボクのためだけに、その声を聞かせてくれ」
だから写真は苦手なのだ。
そこに魂がこびりつくから。
魂がこびりつく限り、私は自由にはならないから。
「ふっ…」
女は恍惚の表情を浮かべる。
知らない方がいいと、エマは言った。
たしかに知らない方が、荘園でこれまで通りの生活をすることができただろう。
けれど知った方が良かったと、私は思った。
自由を失い生を失ったけれども、この声を永遠に彼に捧げられるならば、あなたが私の王になってくれるのならば、それはこの上なく幸福なことなのだ。
夜はまだ続く。
この写真世界の中で永遠に、永久に。