ジョゼフと語り部のお話
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これは、とある荘園で繰り広げられる、終わりなき願いの物語。
推理終わりのジョゼフを迎えたのは一人の女だった。
「ずいぶん苛立っているんですね。スタン系が多かったみたいで」
「…また君か」
「そんな人をストーカーみたいに言わないでくださいな。私がこれから試合なの。ロビーにいたって別に構わないでしょう」
「じゃあ余計な茶々を入れないでくれ。ボクはもう休む」
「なら寝物語でもいかがですか」
「結構だ」
「ふふ、つれないヒト」
女の寝物語は毒である。
決してつまらないのではない、らしい。
千の夜を超えたくなるほど続きが気になってしまうのだと、リッパーは言っていた。
この女はそうして生き存えてきた存在。
王を拐かし、己の生存を保証してきた女だ。
「……」
「さて、今宵は皆さんどんな寝顔を見せてくださるんでしょうね」
++++++
「写真って苦手なんです」
試合のない日は談話室で過ごすことが多い女は、ジョゼフの姿を見つけるやいなや、いつものように彼に話しかけていた。
「……なら話しかけるな」
「でも苦手なものでも克服しようと思って」
「こういうのは無理をして好きになるものでもない」
「あら?」
「君の話がボクに合わないように、君には写真が合わなかった、ただそれだけだ」
「てっきりバカにされるかと」
「バカにして欲しかったのか?」
「いいえ。あなたの良い面をまた一つ垣間見ました」
「……やはり君とは徹底的に合わないようだ」
「わたしは相性が良いと思いますけどね」
「そもそもなぜボクに興味がある?」
「あなたの顔、割れているでしょう?」
「…デリカシーのカケラのもない、ストレートな言い方だな」
「うふふ、その破片の奥を覗いてみたくて」
「倒錯者め」
「語り部も含めて、芸術家にその手のコトバは褒め言葉でしょう?」
女はジョゼフの頬に手を添える。
「……付き合ってられん」
――パシッ
だがその細い指はすぐに弾かれて、彼は談話室を出てしまった。
「……そんなナリでも暖かいのね」
弾かれた手の温度を、女は嬉しそうに握った。
++++++
「ヘレナ、椅子はここよ」
「ありがとう」
「さぁエマさん、ヘレナさん。今宵はどんなお話にしましょう?」
「この前のお話の続きがいいの!」
「人魚姫の続きですね」
「あ、それなら私も聞きたいわ」
「エミリーもお隣どうぞなの!」
荘園では娯楽が少ない。
故に語り部の綴るおやすみ前の朗読会が、サバイバーたちにとっては楽しみの一つでもあるのだ。
「にしても懐きすぎだろ。仮にも敵だぞ」
「いいんじゃない?荘園の外の行動までは制限されてないじゃないか」
そう語るのは傭兵と納棺師。
「ボクも楽しいよ、あの人の話聞くの」
「荘園で散々聞かされてトラウマになってるこっちの身にもなってみろ。ただでさえオレは解読遅いのにさぁ」
「まぁまぁ」
「傭兵さんと納棺師さんもいかが?」
語り部の視線がこちらに向いた。
「…パス。オレはもう寝る」
「ボクは聞いて行こうかな」
「あそ。じゃまた明日」
「また明日」
納棺師だけが朗読会に参加することになった。
「傭兵さんは来ないんですね」
「すみません、気が立ってて」
「いいえ、気にはしておりません」
女はそうたおやかに笑う。
「では、前回は人魚姫が王子と結ばれたところまでお話ししましたね。それでは、そのあとのお話を。」
夜はまだ続く。
暖炉の前に集まった仔羊たちは、女の語る子守唄に揺蕩い、意識を落としていく。
夜はまだ続く。
この荘園の中で永遠に。
++++++
リッパーが紅茶をソーサーに置いた。
「サバイバーと随分馴れ合っているそうですね」
「いいえ、彼らを労って差し上げているのです」
「そういうものですか」
「そういうものです。私の望みは生き存えること。そのために用いてきたこの寝物語が誰かの役に立つのであれば、それはとてもとても幸運なことなのです」
「ふぅむ」
リッパーは興味なさげに茶菓子に手をつける。
「試合ではそれを武器にしてるというのによく言う」
「あら、あなたも呼ばれていたんですか、ジョゼフ」
「ボクの名前を気軽に呼ぶな、語り部」
憎まれ口を叩きながら現れたのはジョゼフ。
今日もモノクロで顔にヒビが入っている。
「お風呂、ちゃんと入ってます?」
「……このモノクロは汚れではない。失礼にも程があるぞ」
「だってまともな姿のあなたをみたことないんですもの」
「昔馴染みの私も彼のそういう姿は見たことありませんねぇ」
「馴染んではいないだろう、ボクたちは」
「オヤ、ツレない」
「……帰る」
機嫌を損ねてしまったようで、彼は踵を返して出て行ってしまった。
「……彼のことが気になるのですか?」
「ええ」
「それはそれは」
「寝静まった頃に、あのヒビの奥を引き裂いて、隅々まで眺めたい程度には気になります」
「過激な愛情表現だ」
「ハンターをやっている時点でそういうものでしょう」
「違いありませんねぇ」
++++++
「……かくして、声を失った人魚は王子に愛を伝えることができないまま、海の底へと堕ちていったのでした。おしまい。」
「グスッ…人魚さん可哀想なの」
「泣かないで、エマ」
「ごめんなさい、最初に話しておけばよかったわね、これはハッピーエンドじゃないって」
「グスッ…いいの。とっても悲しいお話しだけど、知ってたらきっと王子さまを好きにはなれなかったかもしれないから、知らない方がいいの。」
「……そう」
そういう考え方もあるのか。
けれど知らないというのは、とても怖いことだと思う。
知らないは罪だ。
知らなかったから、暴君な王の側室になった。
知らなかったから、王は私の話をねだり、結果生きながらえた。
知らなかったから、法を犯した。
知らなかったから、私は殺されかけた。
「……」
だから私は知りたい。
この世全ての物語を。
あなたのその瞳の奥を。