第1夜 黒の教団
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敵襲かもしれない、という緊張感から解放されて、空腹だったことを思い出す。
賑わいを取り戻した食堂は、さっき来た時より人が多かった。まばらだった席も随分と埋まっている。
「ジェリー、戻ったー」
「あらん、おかえりなさい。随分かかったわね。大丈夫だった?」
「うん、敵襲じゃなかった。エクソシストの新入りくんが入るかも」
「ま!どんな子?」
「優しくて、礼儀正しくて、素直な子だったよ」
「神田とは正反対ね〜」
「そうみたい。相性最悪」
「アンタの苦労が増えるわね〜。そうだわ!歓迎会しなきゃね!」
「それまでアレンくんが生きてればだけどね」
「……アンタ、そういうところ神田に似てきて可愛げがないわよ」
「え、ほんと?無自覚だったなぁ…」
「……はい、できたわよ」
「ありがとう!」
真っ赤な液体の入ったどんぶりを受け取る。後ろに並んでいた探索部隊がうげっと顔をしかめた。
これはおなまーえのためだけにジェリーが試行錯誤を重ねた、特製の激辛坦々麺である。ただ辛いだけではなく、絶妙なまろやかさを兼ね備えた、ジェリーだけにしか作れない、世界でただひとつの料理だ。
図らずして朝飯前の軽い運動をこなしたこともあり、上機嫌でトレーを持って食堂を見渡す。
先程の騒ぎで起きたであろう人たちも朝食をとりにきているから、ゆっくり座れそうな席はあまりなさそうだ。
「あ、いた」
食堂は混雑しているのに、一箇所だけドーナッツのように席が空いている場所がある。その中央で仏頂面で蕎麦を黙々と食べている人物がいる。
なんてわかりやすいんだろう。
迷わずそちらの方へ向かい、テーブルにトレーを置く。
「せーんぱい」
「……なんだ」
返事をしてくれただけでも、そこまで機嫌が悪いわけではないとわかる。
「隣いいですか?」
「……好きにしろ」
「はーい」
遠慮なく隣に腰掛ける。
麺が伸びる前に食べきりたい。
「新人の子、好きじゃないですか?」
「どうでもいい」
「そういうと思った。というか、クロス元帥生きてたんですね。そっちの方にびっくりしました。便りも何もなかったって聞いてたから」
「所在が知れないのはうちのもの同じだろう」
「ティエドール元帥からはこの前絵ハガキきましたよね。今エジプトあたりにいるって」
「読んでねぇ」
「でしょうね」
ずずずっと蕎麦を啜る音が聞こえる。
おなまーえも喋る口をとめて、食事を平らげることに専念した。
▲▼
神田も非番だというので、鍛錬に付き合ってもらうことにした。
互いを地面に転がせたら勝ちというシンプルなルールだが、これまでの勝率は3勝158敗。エクソシスト見習いの頃の鍛錬も数えるならもっと負けている。
「軸足が甘い」
「っ、言われなくても!」
アドバイスはすぐに生かす。
重心を低くして腹を狙って蹴りを繰り出す。難なく片手で防がれることまでは想定内。そのまま軸足を蹴り、すかさず二撃目を喰らわす。
「はっ」
「……」
これも防がれてしまった。まるで壁のように手応えがない。
おなまーえが玉のような汗を散らす一方で、神田は涼しい顔をしている。悔しいことに息もそこまで上がっていない。
筋力と体力は圧倒的に神田の方が上。でも身軽さだけなら、小柄ゆえに多少こちらの方が有利なはず。
隙さえあれば…と考えをめぐらせた瞬間、逆にこちら側に隙ができてしまった。
「別のことを考える暇があるのか?」
「ああ!」
背後に回った神田が両手を羽交い締めにして、ふたりして前方に倒れ込んだ。
――どさぁ
持続体力がないおなまーえが床に転がった。
砂埃と、みずみずしい汗が舞い上がる。
神田の厚い胸板がおなまーえの背中を押さえ込む。
完全に組み敷かれてしまった。これが戦場だったら私はこのまま首を落とされていただろう。
「…っ」
「またオレの勝ちだな」
「あーあ、また負けちゃいました」
がっくりと項垂れる。修練場の砂っぽい床に額を落とした。
汗くさい自分とは対照的に、神田からは清潔な良い香りがする。
「……先輩また石鹸の香り。私があげたシャンプー使ってます?」
「めんどくせぇ」
「あれ高かったんですから、たまに使ってください」
「……気が向いたらな」
神田が上から退き、タンクトップについた埃をはらう。
一方こちらは下敷きにされていたから頭から足の先まで土まみれだ。
これは一回シャワーで流した方がいいだろう。
「絶対いま汗と泥くさい」
「自覚あるんなら風呂浴びてこい」
「先輩は?」
「オレはまだやってく」
神田は立てかけてあった竹刀を手に取る。
「じゃあ私は先に休みます」
ふあっとあくびをする。一日中鍛錬していたから、もう結構遅い時間だ。ここしばらく休暇が続いていたから、明日こそ任務が入るかも知れない。早めに寝よう。
ぺたぺたと素足で大浴場に向かう。自室でシャワーを浴びてもよかったのだが、汗で冷えた体を温めたかったからそちらに向かう。
大浴場もまた、団員たちの憩いの場だ。
熱いシャワーで汗と埃を流す。じんわりと肌に染み渡るお湯が心地よい。
「おなまーえ!」
子猫のような可愛い声に呼びかけられた。この声はリナリーだ。
キュッとお湯を止めて振り向く。
「珍しいわね、おなまーえが大浴場使うなんて」
「ちょっと体温めたくて」
ふたり肩を並べて湯に浸かる。
「神田と鍛錬してたの?」
「そー。容赦ないからさ」
床に転がった時についた膝のアザをなぞる。
慈悲もなくぶん投げられるし、床に打ち付けられるし、その度に怪我なんてしょっちゅうだ。
「女の子の体になんてことを…。今度神田に会ったら厳しく言わなきゃ」
「先輩わたしをそういう目ではみてないから。それよりアレンくん、大丈夫だった?」
「やっぱりヘブラスカのところでちょっとトラウマになったみたい」
「コムイ室長の治療もでしょ」
「まぁね…」
通常、破損したイノセンスはコムイが修理する。当然修理のためにイノセンスを預けることになるのだが、寄生型の場合は体の一部を治すわけなので、ほとんど手術と同義だ。
コムイは優秀な研究者ではあるけど、決して医者ではない。麻酔なしのそれは地獄のようだったと、以前寄生型のスーマンに聞いたことがある。
「明日から早速任務に行ってもらうみたい」
「明日?とすると、私が教育係?」
「うん、多分そうだと思う」
「新人のお世話、好きなんだけど苦手なんだよなぁ」
ぱしゃっと風呂から立ち上がる。
骨張った背中の擦り傷や火傷の跡が露わになる。
すぐにタオルで覆ったけど、リナリーには見えていたようで悲しそうに眉を下げた。
「先上がるね」
「……怪我、しないようにね」
「大丈夫。新人が行くってことはそんなに重い任務じゃないと思うから」
「……」
リナリーは私が傷つくことを嫌がる。なんでかは聞いたことがない。
白い手足にたくさんある切り傷は軽症だったものだし、いくつか手術をしたものももう完治してる。要は治れば問題ない。
私も子どもではないし、リナリーとはほとんど同い年だからそんなことでいちいち心を痛めてほしくなかった。
▲▼
大浴場から自室に帰る前に、もう一度修練場を覗きに行く。
夜の教団はほんの少し不気味で、コツコツと足音だけが響く。
修練場だけはまだ明かりが灯っていて、人影が細やかに動いているのが見えた。
どうやら集中しているようで、神田はこちらに気づいてない。
(……綺麗な人だなぁ)
逞しい二の腕。しなやかな胸筋。研ぎ澄まされた剣筋。真剣な表情。どれを取っても神田は綺麗だった。
「……」
声はかけずにその場を立ち去る。
「〜♪」
上機嫌な鼻歌が、修練場の奥まで聞こえていた。
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