第1夜 黒の教団
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食堂までの道すがら、色々な人に話しかけられる。
「おはよう、おなまーえ」
「珍しく早起きだな。任務か?」
「今日は非番!いつも寝坊してるみたいに言わないでください!」
「そりゃわるかった!」
教団の人たちは暖かい。
今は亡き故郷でも、こうして毎朝いろいろな人に挨拶していたから、懐かしさに頬を緩める。今朝はあんな夢をみたから、いっそうしみじみと感じられる。
食堂に着いても短い挨拶をたくさん交わし、真っ直ぐに注文カウンターに歩みを進めた。
「おはよ、ジェリー」
「あら、おなまーえちゃ〜ん!今日は非番なの〜?」
「うん。でも鍛錬付き合ってくれそうな人もいなくて、正直暇で…」
「休みの日くらいゆっくりしたらどーお?アンタ、このところ出ずっぱりじゃない」
「うーん、でもなぁ」
アクマは今この瞬間にも誰かの希望を踏み躙っているかも知れない。誰かの命を奪っているかもしれない。
エクソシストになってから4年間、ゆっくり休むなんて気持ちには到底なれない。
「んで、注文は?」
「あ、いつものでお願い」
「またソレ?あんた味覚ないの?作ってるだけで目が痛くなってくるわよん」
「ジェリーの腕がいいから平気だよ」
「そういう話じゃないんだけどねぇ〜。まぁいいわ。そこで待ってなさい」
いつもの『好物』を注文して、カウンターで出来上がりを待つ。
食事は数少ない日常だ。いつかこんな穏やかな時間を過ごせなくなる時が来ることはわかっているが、食事というありふれた日常は団員にとって癒しのひと時だった。
「こいつアウトォォオオ!!!」
「!」
だがそんな穏やかな時は、門番のけたたましい警報によって終止符を打たれた。
「っ、敵襲!?」
門番がアウトを宣告するということは、今黒の教団は襲撃されているということだ。ここに在籍して長いが、正門から襲われるのははじめてだ。
ざわつく食堂。ピリリと張り詰める緊張感。
(…今この教団にいるエクソシストは私とリナリーだけのはず)
おなまーえは瞬時に思考を巡らし、すかさず走り出す。その表情は、先程まで団員に振りまいていた穏やかなそれではない。
走る速さはそのままに、腰のホルダーにかけていたイノセンスを手に取り、展開する。
敵の数はまだ分からないが、門番が「コイツ」と言ったから単独の可能性が高い。単独で教団本部に乗り込むとは、余程の実力者か、ただのバカか。
いずれにせよ、敵の数が多くなければ防衛戦はいくらか有利になるだろう。
――たったったったっ
門へと駆ける足音に、もう一つ足音が加わった。
「オイ」
「…あれ?」
静かな足音とぶっきらぼうな声。
見なくたって誰かはわかるけど、思わずそちらを向いた。
私より長くしなやかな黒髪がたなびく。
「先輩、任務じゃなかったでしたっけ?」
あっという間におなまーえに追いついた神田は、不機嫌そうに眉に皺を寄せている。
「今朝、帰った」
「さすが〜」
相変わらず仕事が早い。
確か魔女の棲む村だかなんだかで、イノセンスの可能性が高いから神田が派遣されたと聞いていた。
あと3.4日は帰らない予定だったはずだが、もう帰ってきたということはハズレだったのだろうか。
「敵はひとりか?」
「私も食堂から来てるんで、詳しいことは…。でも門番の言い方だと、単独の可能性が高いですね」
「ならオマエは下がってろ」
「じゃあわたし結界貼っておきますね」
良くも悪くも、神田は1人で戦った方が強い。
長年の付き合いでそれは理解しているから、私は後衛支援をかって出る。
「
一帯が淡い光の粒に包まれる。それは夜空に輝く満月のような光。
おなまーえが足を止める。肩幅に足を開き、弓を引っ張れば、守りの象徴である白い矢が現れる。
「
おなまーえが最も得意とする技、
彼女は空に向かって二本の矢を放つ。
ひとつ、この教団をアクマから守るために。
ひとつ、やってきたアクマをここから逃さないために。
ぐらりと視界が歪む。
さすがに教団まるまる覆う結界をふたつもかけると、精神力が持っていかれる。
万が一の場合、止めに入る余力はなさそうだから、神田の耳に届くように大声で叫ぶ。
「情報を持ってる可能性もありますから、殺しちゃダメですよ!」
「……善処する」
信用ならない回答が返ってくる。
もうすぐ門にたどり着く。
「こいつバグだ!額のペンタクルに呪われてやがる!アウトだアウトー!!」
門番の野太い声が響く。
先をゆく神田が飛び出した。勢いそのままに、なんなく門を飛び越えていく。
数歩遅れて、おなまーえも門の上によじ登り、招かれざる訪問者を盗み見た。
(男の子…?)
白髪ゆえに年齢が分かりにくいが、やや小柄で細身の青年が門の前で狼狽えていた。
よく見ると左目の上に赤い星の文様が彫られている。なるほど、確かに不吉の象徴だが、想像していたアクマとは少し様子が違う。
「一匹で来るとは、良い度胸じゃねぇか」
神田がスラッと抜刀し、青年を睨みつけた。滲み出る殺気は、どうやら情報を聞き出すという目的を早くも忘れているようだ。
「ちょ、ちょっと待ってください!何か誤解して…!
「六幻、抜刀」
必死に弁明しようとする青年に神田は容赦なく斬りかかる。
一方、侵入者は避けるばかりで神田を攻撃しようとはしていない。
確かに神田の動きは攻め一辺倒だから、反撃する暇がないといえばそうなのだが、たいそうな腕があるのに攻撃に転ずる気配も見せない。
(会話が通じるからアクマならレベル2以上。でも敵意はない…)
門番のアウト宣告から私と神田がここにくるまで、随分と時間があったはず。だというのに、門には傷一つついておらず、いまだこちらに害を与える気配もない。
小さな違和感が胸の奥につっかえていて、なんだかこのまま彼を追い払うのは良くない気がしてくる。
神田が六幻を大きく振り、斬りつけた。咄嗟に避けられない少年は、ほぼ反射的に左手で体を庇う。
「なっ…」
「痛っ!」
左腕が一回り大きくなり、服が破ける。
普通、剥き出しになるはずの素肌は、獣のような白い腕だった。太い手首に大きな爪はまるで白亜の獣のようだ。
だがそれは神田の一撃を防いだせいで縦に大きく傷が入ってしまっている。
「…お前、その腕はなんだ?」
「対アクマ武器ですよ。僕はエクソシストです」
やっと伝えられたと言わんばかりの顔で少年は一息つく。
少年の発言の真偽はその腕を見れば明らかだった。
エクソシストを名乗るのは決して我々を騙すためではなさそうだ。
「「門番!!」」
おなまーえと神田が同時に叫ぶ。
2人の気迫に気圧された門番はたじろいだ。
「いあっ!で、でもよ、中身がわかんねェんじゃしょうがねェじゃん!アクマだったらどーすんの!?」
「僕は人間です!確かにチョット呪われてますけど立派な人間ですよ!!」
彼が門番にすがりつき、泣きながら訴える。
青年がエクソシスト志願者であると理解すると、おなまーえも合点がいった。
呪われている理由は後で聞くとして、まずは彼の話を聞きたい。
「……様子見ですね、先輩」
「……俺は殺した方がいいと思っている」
「正体がわからないんですよ。まずは話を聞いてからでも遅くはないんじゃないですか?」
「中身を見ればわかることだ。この六幻で切り裂いてやる」
「イヤですよ、先輩が人殺しするなんて」
「呪われてる時点で人じゃねぇ」
「…あーもう」
一向に刀をおろさない神田に痺れを切らして、おなまーえは門の外に飛び出た。
すかさずギロリとした鋭い視線が彼女を射抜く。
「下がってろって言ったろ」
「下がりません。室長の指示を仰ぐべきです」
「待ってられねぇ」
「…どうにも機嫌悪いみたいですね。なんかヤなことでもありました?」
清々しいくらいの殺気を向けられる。正直久しぶりの感覚だ。
口では軽い冗談を叩いているけど、実際のところ冷汗が止まらない。
刀は青年の方を向いているのに、なんで気迫だ。
「待って、ホント待って!僕はほんとに敵じゃないですって!」
六幻を構える神田は、神経を研ぎ澄まして一気に斬りかかる。
青年の背後は崖。当たり前のことだが、避けたら落ちる。
「ク、クロス師匠から!紹介状が送られてるはずですっ!!」
「っ!先輩!!」
「ッ…」
クロスという名前を聞き、声を張る。
フワッと風が舞い、神田の艶やかな髪を掬う。勢いよく刀を振り下ろした神田は、間一髪というところで腕の動きを止めていた。
首の皮一枚は剥がれただろうか。青年の首からは赤い鮮血が一筋垂れ落ちる。その雫と共に、彼はへなへなと崩れ落ちる。
「元帥から?紹介状?」
「そう、紹介状……コムイって人宛てに…」
「……もういいですよね、先輩」
「……まだだ。本当に紹介状が来てるか確認してからだ」
「……」
鏡のように鋭く磨がれた六幻を、青年の首筋から離す気はないようだ。だがそれより先に刃を進める様子はない。
神田にしては一応寛容な措置だが、青年からしてみれば生きた心地がしないであろう。
左手がイノセンスと言っていたから、寄生型とはいえ、斬られた箇所はきっと痛いに違いない。