第3夜 月下の復讐者
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「おなまーえ!!」
鎌が彼女の体に触れるか触れないかギリギリのところで、神田が六幻でアクマの腕を切り落とした。アクマは声にならない悲鳴をあげる。
「お前何やってんだ!?」
「手を出さないで。私が殺さないと」
「あ?」
「ロゼリアの仇なの」
神田は地面を這いつくばる男を見る。
「あいつは…」
神田もこの男を覚えていたようで忌々しげな表情を浮かべた。
まさか生きてるなんて思ってもいなかったと。
だがすぐに切り替え、おなまーえを叱咤する。
「だとしてもだ!お前がいますべきことは復讐じゃない」
「こいつはここで殺さなきゃいけない」
「……ならオレが見張ってる。お前はあのアクマを破壊しなくちゃならないんだろ」
「……」
神田の言葉に偽りはない。
一方で頭の片隅でアレンの言葉を思い出す。ダークマターに囚われた魂は、死してもなお終わらない責め苦に苛まれていると。イノセンスはそれを唯一解放できる手段であると。
「……逃がさないでくださいよ」
まずはロゼリアを自由にする。
不本意だが、教祖を殺すのは後回しにしよう。
「ああ」
神田は男の背中をゲシッと踏みつけ、六幻を仕舞った。
だがいつでも抜けるように手は刀の柄を握っている。
「ロゼリア」
イノセンスを発動させながらおなまーえはゆっくりとアクマに近づいた。
アレンであればロゼリアの悲鳴が聞こえたのだろうか。
沈んだ気持ちを押し殺し、おなまーえはまっすぐな目でアクマを見据えた。
「ああ、痛イ痛イ。鎌が持てナクなっちゃッタじゃなイ」
アクマは変形する。神田に斬られたところが大きく膨らみ、元の形から離れていく。
だが変形を終えるのを待つほど、おなまーえは愚かではなかった。今が好機だと、一気に破魔の矢を放つ。
ところが変形途中とはいえ、脚力は備わっていたようで、アクマは一気に上空に飛び上がった。
まるでリナリーのダークブーツのような跳躍力。かと思うとクルクルと回転しだし、円盤状の刃物の形になった。
「なるほど、鎌鼬みたいなものね」
こちらに向かって突進してくる刃物を避け、過ぎたところを矢で狙い撃つ。
動きが早いため命中率は普段の半分以下だ。加えて高速で回転しているため、アクマの核の部分まで矢が届かない。
「くっ…」
幸い、まだ直撃していないため体は五体満足だが、ところどころに直線状の傷が入り、団服はボロボロである。
(このままだと拉致があかない)
こちらの攻撃は入らず、ほぼ一方的に傷をつけられている状態。
体力に自信があるわけではないおなまーえは、延長戦に持ち込むことだけは避けたかった。
「これじゃああなたの体力が尽きるまで付き合わなきゃいけないじゃない。少し退屈ね」
言葉も流暢になってきている。
進化が終わりかけている証拠だ。
考えろ。完全体の彼女とどう闘うか。
キィンと矢が弾かれる。アクマは回転をやめ、ふわふわと浮く。おなまーえはじっと敵の様子を観察した。
このアクマは刃物を突き出したような見た目をしていて、能力は高速で動けることと、その能力を活かして、高速回転し体当たりしてくるのが主な攻撃方法。
私の矢もその回転に弾かれてしまう。
だがよく見ると、攻撃の軌道は大幅には変えられないようだ。
つまり方向転換するためには、一度回転を止めるか物に激突して跳ね返るかしなければならない。
またおなまーえの矢が当たった後も、わずかな時間だが回転を止めて体勢を立て直している。
おそらく矢の威力で軌道が変わってしまうからだろう。
(一度に2.3本射てれれば…)
おなまーえの弓矢は基本は一本ずつしか射てない。
(お願い、応えて、イノセンス…)
妹を亡くし、その妹の魂の入ったアクマに殺され、そしてアクマにされたロゼリア。
彼女はもうこれ以上ないほど苦しんだ。早く解放してあげたい。
ここが彼女が私の後悔であり、私が成長しなければならない時だ。
――ピカッ
おなまーえの強い想いに呼応するようにイノセンスが光った。
これはアレンの時に見たのと同じ、イノセンスの進化だ。
変形を終えた
「……そう。ロゼリアを助けたいと思ってくれてるんだ」
イノセンスは生きているとティエドールは言っていた。私は今、それを身を以て体感している。イノセンスと私は、同じ思いを抱いている。
雲に隠れていた満月が姿を現した。
高速回転したアクマがこちらに襲いかかってくる。
「いくよ、イノセンス」
迫り来るアクマをギリギリまで引きつけてから回避し、おなまーえは弦を引っ張った。
現れた矢は3本。
彼女の想いにイノセンスが応えた結果である。
「もう、楽になって、ロゼリア」
パァンと矢が弾け飛ぶ。
一本がアクマの回転を止め、一本がバランスを崩させ、そしてもう一本が核の部分に直撃する。
「ギ、ギャァアアァアァ!!」
アクマの殻が剥がれ、中から光が零れだす。
ピシッと鎖にヒビが入った音がし、次の瞬間アクマの体とともにそれは砕け散った。
彼女の顔が恐怖にゆがむ様を思い出す。その瞳に色を失っていく過程を思い出す。
許して。ごめん。ありがとう。すみません。
私の想いがはらはらと散っていく。
『……ありが…と……おなまーえ…』
アクマが消滅する刹那、ロゼリアの声が聞こえた。
アレンのような目を持っていない私は、彼女の最期の表情を見ることができない。でもどうか、その顔が穏やかなものであることを願った。
▲▼
「……で、こいつだね」
「ヒ、ヒイッ!!」
もうこの街におなまーえと神田とこの元教祖以外の生物はいない。
人もアクマも、もうすでに滅んだ後である。
「殺すのか?」
「……」
神田が抑えていてくれたため、今回はこの男を見逃さずに済んだ。
だがこのまま生かしておけば、次どこでまた同じようなブローカー活動をするかわからない。それだけでなく、こいつはローズも、ロゼリアも、彼女の恋人をも不幸にした。到底許すことはできない。おなまーえはグッと拳を握る。
「それもいいだろう。だが、ひとつだけ聞く。こいつはお前が殺すほどの価値のある人間か?」
「……毎度のことながら、なかなかきつい質問しますね、先輩」
こいつを殺したところで私の気が晴れるかと問われれば、そうではないだろう。
良くも悪くも、私は善良な市民の育ち。自分の意思で人を殺して、平気な顔で余生を生きていけるほどの残忍さは持ち合わせていなかった。
「探索部隊が近くまできてる。身柄を拘束して引き渡すのも手だぞ」
「……」
ブローカーとして活動していたこの男を、黒の教団は見逃さないだろう。伯爵に関する情報や、ほかのブローカーに関する手がかりをあの手この手で聞き出す。
でも、今私がこの男を殺してしまえば、その有益な情報すら手に入らず、各地の被害を未然に防ぐことはできないだろう。
私の中の小さな女の子が主張する。
私は人殺しになりたいわけじゃない。アクマの『破壊者』になりたいんだ。
「……先輩」
正直に言うと悔しい。この手で処罰することができないことがもどかしい。でも裁判を下すべきは私ではないのだ。
「ロープ、どっかにありませんでしたか。この男を教団に連れて帰ります」
「…ああ」
静かな声。
まばゆい朝日が彼女と神田を照らした。
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