第3夜 月下の復讐者
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アクマを殲滅した後、予定よりたまたま早く着いたティエドールは私に謝罪をした。目測が甘かったと。
まだエクソシストの実感が湧いていない私に、なんらかのヒントが与えられればと思ってのチョイスだったが、イノセンスは無くともここまで真っ黒な案件に当たるとは考えていなかったと。
一方、神田に対してはこっ酷く叱りつけていたのを覚えている。
二日目、私という保護対象から離れた時がある。朝、寝ている私を置いて外に出た神田は、アクマの気配がして街の外に出たらしい。
そこにいたのはアクマの大群。きっと教祖はあの街が用済みになった時に、街を襲ってもらう計画でも立てていたのだろう。
それらの殲滅をしていると、あっという間に時刻は昼になり、おなまーえも宿屋からいなくなっていた。
昨日の足取りから教会にいると推測して駆けつけた結果、あの状況だったというわけだ。
「……」
あと少しで目的の駅に着く。
片時も忘れたことはないけれど、『宗教』という言葉で昔のことを鮮明に思い出した。
▲▼
朧月夜。
任務の街は街灯もまばらで、生きている人がいるのかもわからないほど静かであった。
探索部隊の最後の言葉は『この街はもう手遅れ』であった。そこから推測できることは、町民が全てアクマにされてしまったという可能性。
「先輩、明日にします?今日にします?」
「さっさと終わらせる」
「わかりました」
今日中にケリをつけるか、一泊してから明け方に奇襲をかけるか。
神田は今日中に任務を遂行することを選んだ。
異論はない。
足を踏み出そうとした瞬間、おなまーえの背中に悪寒が走った。
「っ!8時の方向!先輩!」
「ああ!」
慌てて振り返ると、左斜め後ろから卵型、要はレベル1のアクマが多数姿を現した。こちらに襲いかかってきた二体を神田が切り刻む。
レベルが低いため、神田の刀でも十分切れるが、いかんせん数が多い。ここはおなまーえのイノセンスで一掃した方がいいだろう。
「
おなまーえは空に向かって弓を構えた。
弦を引っ張ると黒い矢が現れる。
今宵は満月。月に由来するこのイノセンスも、存分に力を発揮できるだろう。
大技を察して神田が後ろに下がった。
「
黒い矢が空に打ち上がる。
矢が吸い込まれると雲が晴れ、大きな魔法陣のような模様が空と地面に浮かび上がった。
――ドドドッ
魔法陣の範囲内にいるアクマに向かって、雨のような矢が降り刺さる。
この能力は、障害物に妨げられる場合やレベルの高いアクマ相手ではあまり効果が発揮されないが、対軍勢においては非常に有利な技であった。
魔法陣の範囲から外れた位置にいたアクマは神田が斬り伏せていく。おなまーえも休んでいるつもりはなく、それを援護するように上空の方にいる敵を一体ずつ射撃していった。
(……誰も出てこない)
ここは住宅地。
アクマを破壊する激しい音がするというのに、街の人は外の様子を見に来ない。やはりここにはもう生きている人間がほとんどいないのだろうか。
半ば諦めかけた頃。
「ヒッ、助け…」
どこかからか細く助けを求める声が聞こえた。
「先輩!今声が!」
「行け!」
「はい!」
残っているアクマは視認できる限りで5体ほど。もう数体隠れていたとしても神田の敵ではない。
私は戦線を離脱して声のした方に走り出した。
小さな教会の裏手、表からは見にくい場所に男性の後ろ姿を発見した。
「大丈夫ですか!」
「た、助けてくれ!!」
彼を襲っているアクマはレベル2。能力次第では倒しきれるかわからないが、神田が来るまでの時間稼ぎはできるだろう。
まずは男性を避難させてからアクマの足止めをしようと、腰を抜かしている男に肩を貸そうとした瞬間、男がおなまーえの膝にしがみついた。
「なっ!」
「た、助けてくれ!金ならいくらでも払う!!」
「は?」
半泣きで17歳の小娘にすがりつく初老の男性。
その顔に、私は見覚えがある。
ロゼリアがくれたチラシに映っていた男。アクマに魂を吹き込んだ後に邪悪な笑みを浮かべた男。
「っ!?まさか…」
「信者たちから集めた金なら全部やる!」
げっそりとやつれて、四年前に比べて随分と白髪が増えているため、すぐにはわからなかった。だが片時も忘れたことはない。
「だからお願いだ、伯爵の元には連れて行かないでくれぇ!!」
この男はパブリック教会の教祖に違いなかった。
「っ…」
察した。
この男は四年前のあの事件以降もこうして各地で宗教活動、正しくはブローカー活動をしていたのだろう。
言葉巧みにこの街の人々をアクマにし、そして伯爵に見捨てられた。
――パシンッ
怒りがこみ上げ、縋ってきた手を振り払う。
「っ…」
こいつがここでアクマに殺されるのは自業自得だと思った。
男は尻餅をつき、こちらを見上げた。月明かりの元、ようやくこちらの顔を認識すると、驚き目を見開く。
因果なんてものを信じたことはないが、偶然にしては出来すぎていた。
「お、お前は!あの時のエクソシスト!!」
どうやら男の方も私のことを覚えていたようだ。
せっかくパブリック協会という、街全体を巻き込んだ宗教を築きあげたというのに、それを彼女の登場によって壊滅させられてしまったのだから、忘れるに忘れられないだろう。
「っ、お前のせいで、集めた信者も、資金も、伯爵からの信頼も!全て失った!!たかが小娘1匹のせいでだっ!!」
「……」
教祖は思いの丈をぶつける。
あの事件があってからでも、この男は自分本位にしか生きてこれなかったらしい。
「貴様に私の気持ちがわかるか!?人生を台無しにされたんだ!!」
「……」
わかるわけがない。伯爵と手を組み、人の命を弄ぶこの男の気持ちなんてわかりたくもない。
「ここで私とともにアクマに殺されるがいいっ!!」
「……」
レベル2のアクマがすぐそばまで迫っている。
だというのに、私の足は地面に縫い付けられたかのように動かなかった。アクマは2人の姿を認めると表情豊かに喋り出した。
「アラ、モう1人増えたノね。旅のお方カシら?」
「……ええ」
アクマ相手に返事をしているだなんて、自分もヤキが回ったのだろうか。
だがこの声には聞き覚えがあった。
「そう!ナラお友達にナリましょウ!私はロゼリア!」
「ロゼリア…」
おなまーえは首を動かし、力無い目でロゼリアと名乗ったアクマを見やった。
アクマは大きな鎌を構える。その容貌は、まさに死神。
「お友達ナラ、殺シ合いをするモノですものネ!」
「……」
そう言うとアクマは腕を振るった。迫りくる鋭い鉄をすんでのところでかわす。
不本意だったが、男も一緒に抱えて走った。夜特有の鈍く甘い風をおなまーえは掻き分けて走る。
「ねぇ、あなた。聞きたいことがあるんだけど」
抑揚のない声で問いかける。
「お前に教えることなどない!」
「………アレ、本当にあのロゼリアなの?」
「……ハッ、なんだ、そんなことか」
男はあの憎たらしい笑みを浮かべてベラベラと喋り出した。
「そうさ!アイツの恋人がどんな形でもいいからロゼリアに会いたいと抜かしてな!それを叶えてやったんだ!まさか自分が殺されるなんて微塵も思っていなかったようだな!!」
ロゼリアに恋人がいたとは、しかもまだ健在だったとは知らなかった。
足を止め、ドサッと乱暴に男を下ろした。
「いだっ!?」
「……」
ろくに受身も取れなかった男は顔面を強打する。
月も雲に隠れ、夜の帳が2人を覆う。
冷たい赤い目が、血だらけの男を見下ろした。
「モウ追いカケッこ、シないンですカ?」
アクマが追いついてきた。避けなければ殺される。だがおなまーえは動けなかった。
アクマではなく、目の前のこの男を殺さなければならない。あの事件での最大の後悔。それはこの男を逃してしまったこと。
殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。
神を冒涜して、人々を騙し、己の欲を満たすだけに命を粗末にしたことの男を殺せ!!
ただならぬ殺気を感じ、男は地面を這いつくばって逃げようと試みる。
「残念。モウ少し楽しみたカッタのに」
アクマがおなまーえの背中に向かって鎌を大きく振りかぶった。