第3夜 月下の復讐者
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
翌朝、おなまーえは眩しい光に起こされた。
昨日は部屋に入ってすぐにベットにダイブして、そのまま寝てしまった。寝汗でベトベトと張り付く髪を鬱陶しくかきあげて、あたりを見回す。
「……神田さん?」
返事はない。
それどころか、この部屋には自分以外誰一人いない。
昨日一緒に部屋に入ったのは鮮明に覚えているから、きっと私より先に起きて出て行ってしまったのだろう。
いずれまたひょっこりと背後に現れる。そう信じてシャワーを浴びたり、朝食を食べたりして過ごしていたけど、一向に彼は現れなかった。
ロゼリアと約束したセミナーまで時間がないので、早々にチェックアウトして街へ繰り出す。
自分にはあまり関係ないことだから昨日は気がつかなかったが、栄えている街だというのに酒場が少ない。行方不明事件は昼夜問わず発生するけど、みんな夜は特に警戒しているのだろう。
(師匠からは「アクマの出現情報はほとんどない」って聞いたけど、無関係とも言い切れない気がする…)
いなくなった人数が相当な数だ。
死体も見つかっていない、犯人の手がかりも見つからないとなると、どうしても嫌な予感がしてしまう。
(……でも、もしそうだったら)
アクマはどこに潜んでいる?
強いやつなら擬態とか気配隠しができるかも知れないけど、多くのアクマがそんな高度なことはしない。
答えは簡単、人間の皮を被って普通に生活しているのだ。
――ゾワッ
背筋に悪寒が走る。
自覚した途端に怖くなった。
私はアクマがどこにいるかわからない。誰に化けているかも見当がつかない。ロゼリアは?女将は?昨日聞き込みした人は?屋台の人は?今私のすぐ近くをすれ違った人は?誰も彼も、アクマではないと証明できない。
(っ…)
久しぶりに味わう『ひとり』。
なんの嘘偽りもなく、怖かった。
ティエドールの命令とはいえ、昨日は神田がいてくれて、常にその視線を感じていた。きっと何かあっても助けてくれる、そう信じていた。
でも今は私一人だけ。
今突然アクマに襲撃されようとも、私はそれを退治できない。仮にできたとして、この世界の人をアクマかどうか疑って生きていかなければならないなんて、私にはできない。
気づいてしまう。
黒の教団とは。エクソシストとは。とんでもなく不利な戦争に駆り出される傭兵なのだと。
(……無理だ)
私にはできない。危険な地に単身で乗り込んで、あまつさえアクマを退治して人々を救うなんて。
ついこの前まで、しがない楽器屋の娘だった私にはできない。
『私はエクソシストにはなりたくない』。
腰に下げているイノセンスに小指で触れる。
イノセンスは両親の形見だが、惜しみなく黒の教団に寄付しよう。
私自身は街中の小さな店でアルバイトをしてお金を貯めて、世界各地に姉を探しにいく。アクマなんて知らない、エクソシストなんて役職も知らない、そんな普通の人になる。
ずっと悩んでいたけど、中途半端な気持ちで弟子として残り続けるより、きっぱり諦めた方が師匠にも迷惑にならないだろう。
ティエドール元帥には感謝の言葉を伝えなきゃ。短い間だけど、面倒を見てくれた恩人だから。
その御恩を無に帰す選択だけど、きっと私に見込みがないことは理解してくれるはず。
この任務が終わったら、きちんと本当の気持ちを伝えよう。
ぴたりと足を止めて、豪華絢爛な建物を見上げる。
昨日ロゼリアが紹介してくれた、パブリック教会の中心地だ。
(これでもう終わらせよう…)
逃避を心に決める。言い聞かせるように現実から目を逸らす。
――きっとこの後に待ち受けていることは、そんな私への罰だったのだ。
▲▼
煌びやかな外に対して、教会内は荘厳な雰囲気であった。中央に配置された神様を象った彫刻に、ステンドグラスから光が降り注いでいる。
会場にはお香が炊かれている。なかなか手に入らない高級品だ。花と木の皮を煮詰めたような匂いのおかげで、緊張がほぐれていくのがわかった。
「おなまーえさん、来てくれたんですね」
一番後ろの席に座り辺りを観察していると、白い布を纏ったロゼリアが舞台袖から駆け寄ってきた。その綺麗な姿は、まるで花嫁のようだと思った。
「ロゼリアさん!その衣装素敵です」
「ふふ、ありがとうございます。今日は私の祈りが神に届く日。きちんとした格好をしなければならないので」
そう微笑む彼女が、あまりにも幸せそうだった。
「応援してますね!」
「ええ」
だから、ロゼリアの望みがどんなものかなんて。
祈りが神に届くということがどんな意味を持っていたかなんて。
私は気がつくことができなかった。
「このセミナーの後に、教祖様にお時間をいただいています」
「え、本当ですか!」
「ええ、是非お話ししたいと仰っておりました」
「ありがとう、ロゼリアさん!」
ろうそくの人が消され、あたりが暗くなる。間も無く開演ということなのだろう。
ロゼリアに別れを告げて、再び最後列の席に腰をかける。
――隣人を慈しみ、苦難を慈しみ、自分を慈しみ。
――徳を積めば奇跡は叶う。あなたの祈りは実現する。
――さぁあなたも、共に祈りましょう。
ひんやりする空気に、信者たちの詠唱が震える。
教えを聞きに来たわけではないから、適度に聴いているふりをしながらあたりを観察する。背後の出入り口に目をやると、厳重な警備が敷かれていた。
セミナーもそろそろ終盤という頃。
奇跡を目の当たりにさせましょう、という紹介とともに、ロゼリアが舞台に現れる。
パブリック神の彫像に向かって手を合わせてお祈りを捧げるロゼリアは嬉しそうに微笑んでいた。
「貴殿の祈りは神に聞き届けられた。ロゼリア、貴女の望みを叶えて差し上げましょう。言いなさい、貴女の願いを」
「はい、教祖様。私はもう一度あの子に会いたい」
「では名前を呼ぶのです」
ロゼリアは立ち上がり、大きく深呼吸した。
そしてパブリック神に向かって大きく声をかける。
「ローザ!!!」
愛する妹の名前。
幼い頃に亡くした後悔とともに、ロゼリアは今日まで生きてきた。
ピシィッと青い光がパブリック神に向かって落ちた。
会場には驚きのざわめきが広がる。
「……あれって」
一般市民からしてみれば、手の凝った演出と見えるだろう。
でも私にはそれがよくないもののように見えた。私の全身が、私のイノセンスが、あれを拒否している。
「教祖様!これで私…!」
涙を流して教祖に羨望の眼差しを向けるロゼリア。
「ええ、もう妹はそこにいますよ。ではその前に――」
次の瞬間、教祖は優しい気配を消し、邪悪な微笑みを浮かべた。
「まずはここにいる人たちを全員殺しなさい、ローザ」
パブリック神の彫像の後ろから現れたのは剥き出しのアクマのボディ。まだ皮すら被っていない、生まれて間もないアクマだ。
「……え?」
理解が追いつかない。でも脳が警鐘を鳴らしている。
危険。危険。危険。
なんで、こんなところにアクマがいるの?
否。アクマはどこにでもいる。さっき自分でそう結論づけたじゃないか!
「おやりなさい」
教祖の掛け声でアクマは前列にいた人に襲いかかる。
騒然とする教会内。
はっと我に帰り、精一杯の声を出す。
「みんな、逃げて!!」
「「うわあああ!!!」」
悲鳴をあげてセミナー参加者は出入り口の方に向かって走り出す。