第3夜 月下の復讐者
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ふたつ返事で快諾してくれたロゼリア。彼女のお気に入りという喫茶店に足を運ぶ。
小窓の席に腰をかければ、店から少し離れたところから神田がこちらをみていることに気がつく。放置されるかと思いきや、意外と『見る』ことだけはしてくれているようだ。
「さて、おなまーえさん…でしたっけ」
「はい」
「この街について知りたい、とのことでしたが…」
「あ、でもその前にロゼリアさんのお話が聞きたいかな」
「私のことですか?いいですよ」
人の良い笑みを浮かべて、彼女は紅茶に一口つける。
「何からお話ししますか?」
「じゃあ、ロゼリアさんはなぜ、その、パブリック教会ってものに入ってるんですか?」
「ふふ。ちょっと重たい話になってしまうのだけど。私ね、両親がいなくて、幼い頃から妹と2人で生きてきたんです」
ロゼリアの明るかった瞳に影が落ちる。
あの子がいれば、どんな辛い仕事もこなせた。
あの子がいれば、どんな空腹でも耐えられた。
あの子がいれば、どんなことでも頑張れた。
「でも、ある日。妹は病気で亡くなりました。私気がつかなかったんですよ、あの子が日に日に弱っていくことに」
妹の元気がないのは、お金がないせいだ。
妹の元気がないのは、空腹のせいだ。
妹の元気がないのは、私が頑張っていないからだ。
そう言い聞かせていた。妹のことをまるで見ていなかった。
後悔を謳うロゼリア。
壊れ物を扱うように、砂糖の塊を赤茶色の液体に落としていく様をみて、私はほんの少し後悔した。
初対面でいきなり聞いていいことではなかった。
「……ごめんなさい」
「いいえ、気にしないでください。辛かったけれど、それを乗り越えて今の私があるんです」
それはロゼリアが強いからだ。
「絶望の最中にいるとき、声をかけてくれたのがパブリック教会の教祖様でした。教祖様は徳を積みなさいと仰りました。善行をすれば、必ず望みは叶うと。」
「そう、ですか…」
目を逸らして、運ばれてきたケーキにフォークを立てる。
善行で望みが叶うなら、ロゼリアは最初から何も失っていないだろう。
徳を積むだとか、善行するだとか、聞こえはいいけど所詮綺麗事だ。
「妹が生きていたら貴女と同い年くらいなんですよ。だから広場で見かけたとき放って置けなくて」
「本当に助かりました」
「…なぜこの街に来たか聞いても?ただの旅人さんとは思えなくて」
ロゼリアが身の上話を明かした以上、こちらも明かすべきだろう。でも一般市民に『アクマ』と言っても、通じる人はごく僅か。彼女に全てを話すわけにもいかない。
真実と虚偽を織り交ぜて、慎重に言葉を選ぶ。
「……姉を探しながら旅をしているんです。だから行方不明事件とかを聞くと、どうしても気になって」
嘘ではない。姉を探すという目的は、ティエドール師匠についていくと決めた理由でもある。
『行方不明事件』と聞くと、今度はロゼリアが視線を落とした。
「おなまーえさんの聞きたいことは、この街で起きている事件についてですね」
「はい。なんでもいいんです。些細なことでも手がかりになるかもしれない」
ロゼリアは少し緩くなった紅茶をソーサーでかき混ぜる。
溶け残った砂糖がカップの底に沈んだ。
「……2年ほど前からでしょうか。酒場を出た男の人が家に帰らない、というのが発端でした。最初はみんな気に留めていなかったんですけど、だんだんと人がいなくなる頻度も高くなってきて。事件は夜だけではなく、昼間に起きることもあります。」
「これまで何名ほどの方が?」
「全部で30…いえ、40名ほどでしょうか」
「そんなに…」
「私たちの同志も何名か戻っておりません」
「自警団の人たちは?」
「最初のうちこそは夜中の警備などに当たってくれていましたが、その人たちが行方不明になり始めてから取りやめたようです」
ミイラ取りがミイラになる。笑えないことわざだ。
もう一歩踏み込んだ質問を試みる。
「ロゼリアさん、失礼を承知で聞かせてください。教祖の方はこの事件について何か知ってたりしませんか」
「そうですね……教祖様を胸を痛めてらっしゃって、街の警備を厚くするように手配をしてくださったり、自ら巡回に行かれたりしております。もしかしたらその過程で何か手がかりになりそうなことを知ってるかもしれませんが…」
回りくどい言い方では彼女の心に響かない。
砕けることを覚悟して、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「私を、その教祖様に会わせていただけませんか」
「……教祖様はお忙しい方です。いつもはそんな時間、とてもとても取れないのですが」
ロゼリアは先程見せてくれたチラシを一枚差し出す。
「明日はパブリック教会の公開セミナーの日。もしかしたら少しお時間をいただけるかもしれません」
「行きます」
本音を言うと、セミナーなんてちょっと胡散臭いと思っている。でも手がかりに繋がるなら話は別だ。
ティエドールがやってくるのは明日の夜。
タイムリミットまでの間にできる限りのことはやっておきたい。
「こんな形で勧誘はしたくなかったのだけど」
「すみません…」
「いいえ、むしろ来てくれて嬉しいの。明日は私が祈りを捧げる日だから」
青い空を見上げるロゼリアの顔が、ほんの少し恍惚の表情を浮かべているように見えた。
▲▼
日が沈み、人の姿もまばらになる。
ロゼリア以外の人にも聞き込みを試みたが、残念ながら有力な情報は得られなかった。得られた情報はごく僅か。
犯人はまだ捕まっていないということ。
複数人でまとまっていても、神隠しに遭ったかのように全員いなくなってしまうということ。
この事件のせいか、パブリック教会の入信者が後を絶たないこと。
どれもありきたりで、目ぼしい手がかりはない。
(…そろそろ宿とった方がいいよね)
ティエドール元帥と旅をしていれば野宿することもままあるけれど、欲を言えばフカフカの布団で体を休めたい。
おなまーえは足早に宿を探す。
「……あんたいくつだい?」
「あ、えっと…」
だがここで難関が待ち受けていた。
見た目10歳そこいらの女の子が一人で宿屋に来るなど、普通に考えておかしい。宿屋の女将の反応は至極真っ当だ。
今日一番、頭をフル回転させて言い訳を組み立てる。チラリと後方にいる神田に視線を投げた。
「あ、兄と一晩だけ泊めていただきたくて」
「……」
「あ、明日迎えが来るんです」
値踏みするかのように、頭から足の先までじっくりと観察される。
ダメ押しとして、信頼してもらえるように先にお金を渡す。
「……なら明日は親御さんと一緒に来な」
渋々と言った様子で鍵を投げ渡される。
今日一晩は泊めてくれるようだ。
「ありがとうございます!」
「部屋は三階だよ」
女将はぶっきらぼうに言い放つと、そのまま奥へと引っ込んでしまった。
「あ、神田さん…」
「……」
咄嗟に兄弟と告げたが、欲を言えば別室が良かった。
きっと多分神田もそう思ってるから不機嫌なんだ。
ビクビクと背後を伺いながら、冷たい鍵を握りしめて、階段を登る。
得体の知れない未成年を泊めてくれるだけありがたいことなのだと言い聞かせて。