第14章 インフィニティ
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「ファイ」
傍に膝をついた少女の声にファイは顔を向ける。アメシスト色の瞳が前よりも輝いていて、こんなに大人びた表情をする子だっただろうか。
「やっとこっち見てくれた」
「……」
「お願いだから、一人で背負わないで。私は貴方に幸せになってもらいたい。そのためにここに戻ってきたんだから」
「っ…」
幸せだなんて。自分にはそんなもの受け取る価値もないのに。なんでこの神様は優しく接してくるんだ。心も体も弄び、あんなにひどいことをしたのに。
「おい魔女」
黒鋼が侑子を呼ぶ。
「失礼極まりない上に、センスの欠片もない呼び方ね」
「うるせえ。姫の魂のほうはどうなんだ」
「……追うとしても今は無理。夢の中には魂しか行けないから」
「それって私ならいけるんじゃ…」
――ジロリ
黒鋼の鋭い眼光が飛ぶ。
「なんでもないです、はい」
魂だけの存在ならば、おなまーえも夢の世界にいけるのではと提案しようとしたが、黒鋼が拳を構えたので撤回した。
「それにもう一人の小狼が来るにはまだ時間がある」
「…サクラ、夢の中で寂しかったり辛かったりしてない?」
「姫は独りじゃないわ。夢の中で出逢う者が、また未来を変える切っ掛けになる」
方針が決まった。
「やっぱり、急ぐのは体か」
「モコナも行く!」
「おう」
「もちろんお伴します」
黒鋼は満足げに頷いた。そして『小狼』に問いかける。
「おまえはどうする?」
「…セレスへ行く」
彼はまっすぐな目で返事をした。意志の強いその目は、旅の初めの小狼の目にそっくりだった。
「おれを閉じ込めていた者が姫の次元の記憶が刻まれた体を欲しているなら、何をするか分からない」
飛王の恐ろしさは、閉じ込められていた『小狼』が一番よくわかっている。モコナはおなまーえの腕から飛び出し、ファイに抱きついた。
「ファイ、一緒に行こう」
「…っ」
彼の蒼い目が見開かれる。
「ファイと黒鋼と『小狼』とおなまーえとモコナ。みんなで5分の1ずつ対価を払って、一緒に行こう。サクラを助けに」
「けれど…」
「おれが」
まだ迷っているファイの言葉を『小狼』が遮る。彼はファイの前に立ち、その目を見上げた。
「おれが知っていたのに、何も言わなかったのは。姫が貴方を信じていたからだ。嘘をついていたとしても、その嘘ごと姫は貴方を信じてた」
夢で未来が見えたサクラはなにもかもお見通しだった。その上で彼女はファイを側におき、あまつさえ救おうとした。
「あの時、あなたを頼むと姫は言った。だからおれもあなたを信じる」
ファイは無気力かつ情けない顔で『小狼』を見つめ返す。彼の胸元のモコナが口を開く。
「ファイが独りだったらサクラきっと悲しいよ。みんなと一緒だったら、サクラきっとすごくすごく喜ぶよ」
「……その前にぶん殴るけどな」
良い雰囲気だったのに、黒鋼の一言で台無しになる。
「だから、だめだってば!」
「そうですよ、私今もまだ痛いんですけど!」
「もー!黒鋼、野蛮人!!」
「うるせえっつうんだ。白まんじゅう、小娘」
おなまーえとモコナが黒鋼のことをポコポコと殴る。
「てか私せっかく帰ってきたのに、誰も喜んでくれない上殴られて、すっごく悲しいんですけど!」
「モコナ嬉しいよ!」
「モコナだけだよー、私のこと大事にしてくれるのは」
ヒシッと抱き合う一人と一匹。ファイと『小狼』がそれを呆れたように、微笑みながら見つめた。
**********
イーグルたちは一行に、怪我の治療と食事と服を与えてくれた。黒鋼と『小狼』とモコナは黒いロングコート、おなまーえには真っ白のロングコートを。
「……お洋服、もらっていいの?」
可愛らしいサイズのコートを着たモコナが、イーグルに問いかける。
「ええ、次に行かれる国はかなり寒い所だと聞きましたから。それに、貴方達の情報を知っていて黙っていたお詫びです」
ニッコリと笑った。
「監視していた件もな」
「やっぱり気づいていましたか。でもそちらのお嬢さんも共犯ですよ」
「イーグルさん、それは言わない約束」
むすっとしたおなまーえは恥ずかしいのか頬を赤らめている。
ガチャリの奥の部屋からファイが出てきた。モコナが真っ先に飛びつく。
「ファイ!大丈夫?」
「大丈夫だよ」
元いた国、セレスの服を羽織ったファイルは弱々しく応える。あのコートにも思い出はある。
――ポゥ
モコナの額から映像が投影される。セレス国に行くための対価を払うのだ。
「みんな用意出来たよ」
「…では、五つの対価を」
「……」
魔力か戦う力か、はたまた関係性か。侑子の前ではどんなものでも価値として品定めされる。どんな途方もない対価を要求されるかわかったものではないから、一行は難しい顔つきで侑子の次の言葉を待った。
「……チェスの優勝賞金を、寄越しなさい」
「え?」
一同は目を見開いた。そんな俗物的な対価は誰も想像していなかった。もっと重いものが来ると考えていた一同は拍子抜けする。
「チェスは姫だけじゃない、貴方達みんなで参加したもの。己の力で勝ち取ったものだから対価になるわ」
モニター越しに見ていた彼らの死闘。そうして得た賞金は対価になりうるという。
「モコナは参加してないよ」
「いや、ちゃんと一緒だった」
「!」
「待ってくれてると分かっていたから、帰る為に頑張れたから」
「『小狼』…」
待つ人がいるから帰ろうと思った。待つことしかできないけれど、その分だけ時間を費やした。実際に戦ってはいないが、モコナも一人の選手として獲得した賞品だ。
「あとひとつ、条件があるわ」
「……」
侑子はおなまーえ、そしてファイを見やった。
「モコナが移動する時、2人も一緒に移動魔法を使いなさい」
「……」
「え、でも侑子さん、ファイの魔力世界を渡れるのは一回くらいだって…」
おなまーえは神様になったから、その分だけ魔力は向上している。チェスに参加せず、あまつさえ最終戦で敵対したおなまーえにとっての対価は十分に理解できるものだったが、なぜファイも同様の条件を課せられたのかわからなかった。それに阪神共和国での『オレの魔力総動員しても、世界を渡れるのは一回くらい』という発言を覚えているから、なおのことすぐに理解ができなかった。
「…ごめん、これも嘘ついてたね」
「……そうだったんだ」
おなまーえの純粋な言葉は、ファイがついた些細な嘘のひとつ。ファイの魔力はそんな程度ではなかった。その気になれば、彼は仲間を見捨てて1人で世界を渡ることだってできた。小さな嘘はしわ寄せのようにあとからあとから自身にのしかかる。
あれもこれも嘘と言われて傷つくけれど、本当のことがいつだって正しいとも限らない。
おなまーえはファイの手を取る。指先が冷たくて、それを包み込むように温める。
「じゃあお詫びに、魔法教えてください。私、世界の渡り方なんて知らないから」
「……」
「……ファイ、私のことを見て?」
「見てるよ」
「嘘。目が泳いでる」
背伸びをして、彼の頭を鷲掴む。無理やりにでも正面を向けても目を逸らそうとするから、ムッとして首をこちらに引っ張った。
「私のこと見て泣いてたのはどこのどいつですか」
「っ…」
「ウザいって言われても、ファイを幸せにするまで何度もあの手この手であなたを幸せにしてみせる。だから覚悟しててください。死んだって何度でも生き返って見せます」
「……」
一度蘇っているから、説得力のある言葉。
関係ないとこちらの領域に入ってこなかったおなまーえは、今や土足でずかずかとこちらに歩み寄ってくる。黒鋼とは違った叱咤。掴まれた暖かい手から愛を感じる。
(……ああ、君はこんなにも素敵な女性になっていたのか)
その華奢な身体を抱きしめた。その確かな温度を確かめるように、今ここに存在していることを実感するように、力強く。
「……ありがとう」
情けない。自分より遥かに年下の女の子に縋っているなんて。けれど彼女がいなければ立ち上がれなかった。
モコナが翼を広げる。移動の合図だ。
腕を解くと、少し頬を赤らめたおなまーえの背中にまわりこみ、右手を掴む。
「オレが指を動かすから、おなまーえちゃんはインクを出す感じで魔力を出して」
「やってみます」
一行の周りをファイとおなまーえの魔法が、そして上空ではモコナの次元移動魔法が展開される。
「さぁ行きなさい、セレス国へ」
サクラの体を取り戻すために。
――シュルン
残されたイーグルは最後まで手を振っていたおなまーえを想う。
「幸せそうでしたね」
魔法を習う彼女の顔は、恋する少女のそれだった。
《第14章 終》
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