第14章 インフィニティ
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「っと、忘れるところだった」
黒鋼はくるっとおなまーえの方を向いた。
「?」
「てめぇにも一発いれねぇとな」
「えっ!」
逃げようと後ずさると、肩を掴まれた。イーグルだ。裏切り者と罵倒するより先に、黒鋼の拳が振り下ろされる。
「っ!」
痛みに耐えるために身を縮こませる。東京国で殴られた時は本当に痛かったから。
――こつん
だが意外にも、つむじを叩いた拳は本当に軽いものだった。痛みなんて感じないほど柔らかい手。けれど痛いくらい伝わる感情。
「……」
「……なんで帰ってきたんだ」
「歓迎の言葉も無しにそれですか」
「あとで説明するって言っただろ」
「…わかりました」
少し微笑んでため息をつく。
「ただどこから説明したらいいか…」
どうやって説明しようか、シュミレーションは何度かやっていたのだけれど、どうもうまく話せない。魔女になったと思ったら、別の子がその概念を消し去って魔女というものがなくなって、と伝えても彼らには想像がつかないだろう。
うんうんと悩むおなまーえを見て、痺れを切らした侑子が先に口を開けた。
「その子はただの出来立てホヤホヤの神様よ。以上」
「ちょっと説明雑すぎません!?」
「神ってどういうことだ」
この旅で私たちは本物の神に会ってきた。阿修羅王と夜叉王。でもおなまーえは神になれるほどの偉業も功績もあるわけではない。
「えっと、神様っていうのは間違っていないんですけど、私はその一部に過ぎないんです。魔女の概念については、もう侑子さん話してますか?」
「ええ」
「よかった。私の世界の話になってしまうんですけど。ある女の子が、その魔女という概念を消し去るために、自身の存在そのものを対価にしました。言ってしまえば世界を作り変えた。だからその子が神様になったんです」
呪いから生まれる魔女なんて存在せず、全ての魔法少女が希望を抱いたまま消滅する世界を鹿目まどかは望み、叶えた。自分自身ですらその願いで守りきり、絶望を打ち砕いた。
「世界を作り変えるなんてことが簡単にできるんですか」
『小狼』にはそれがどんな途方もないことが良くわかっている。概念を覆すには相応の対価が必要だ。それは飛王・リードも同じこと。
「もちろん簡単じゃないよ。でもその時はたまたま条件が揃ったの」
鹿目まどかを救うために何度もタイムリープしてきた明美ほむら、彼女に守られながら因果を纏い続けた鹿目まどか、そして異なる世界の概念をその身に纏わせたおなまーえ。
「…たまたまなんてぬるい言い方はやめよう。そうなることが必然だった」
飛王・リードがサクラの器を欲する理由と同じように、おなまーえは図らずしてその役目を果たした。利用した人が違うだけで、本質は同じことをした。
「世界を変えるため器は使ってしまったから、魂は元に戻れず、神様の一部として生まれ変わった。前と同じ…いや、言ってしまえば前以上に化け物じみてますよ」
死ぬこともない。けど生きてるわけでもない。ただ魔女を滅ぼす概念として、私は存在する。神様って響きはたしかに壮大に聞こえるけれど、要はそういうことだ。
「……」
一部始終を黙って聞いていた黒鋼は、拳を握った。
この小娘はわかっていない。東京国で身体が気持ち悪いかどうか聞かれた時、自分がどういう意味を込めて『普通の小娘』と言ったのか理解していない。言葉で言っても伝わらない奴には、体で分からせるしかない。
みっちりと隆起した腕を、黒鋼は白い神様に振り下ろした。
――ガツンッ!!
「ったぁ!?!?」
さっきの手加減はなんだったのか。きっちりと頭の奥まで響く力強いゲンコツが空から降ってきた。
「っ〜〜!!」
あまりの痛さに涙がでる。今度は本当に痛い。物理的に痛い。よろけて、背後にいたイーグルに支えられる。
前から思っていたが、黒鋼の私に対する当たりの強さはなんなんだ。傷が治るとわかってから遠慮がなくなってきたけれど、痛いものは痛いし涙だって出てくる。
「何すんですか…」
あまりの理不尽に、強く言い返す気にもならない。
「神だか魔女だか知らんが、おまえはただの普通の小娘なんだろ?」
「……普通の女の子は傷が消えたりしませんよ」
頭を押さえて弱々しく返せば、それすらも気に食わなかったらしく胸ぐらを掴まれる。
「っ!」
抵抗はほとんど意味がなく、おなまーえの小さな足が床から離れた。
「乱暴はやめて!」
モコナが叫ぶ。
「辛気臭せぇのは相変わらずだな。そうやって自分の気持ちにフタし続けるのか」
「……人の気も知らないで」
「ったりめぇだ。俺は気を遣うなんてできねぇからな。だがお前はそんなやつじゃなかっただろ」
「変わったことと変わらないことがあるんです」
「……」
ドサッと地面に降ろされた。
「おい」
黒鋼は今度はファイを睨みつける。
全てを聞いていたファイはそれでもおなまーえに視線を合わせなかった。
「おまえに責任があるのはわかってんだろ。おまえがなんとかしろ」
「……オレには声をかける資格なんて」
「…つべこべ言ってんじゃねぇっ!」
その罵倒に一同はすくみ上る。
「どいつもこいつも勝手にしやがって。どうせ旅するなら楽しい方がいいって言ってたのはどこのどいつだ!」
「!」
その言葉におなまーえは目を見開く。蘇るは旅の始まりの記憶。
『もうちょっと協調性持ってください!どうせ旅するなら、楽しい方がいいでしょ!』
『そーだそーだ』
阪神共和国の時から変わったもの。
変わらなかったもの。変わらない方が良かったもの。でも意味のないことなど1つもなかった。この旅で何も得られなかったことなど、一度もなかった。全てに意味がある。
「…っ」
多くの人がおなまーえの幸せを願ってくれた。
『おまえは、幸せになれ』
誰の言葉だったか。優しくて気高い女性。私を最後まで面倒見てくれた阿修羅王もそう言ってくれてたのに。
あぁ、自分は何を恐れていたのか。まどかとも約束したではないか、幸せになると。
「……」
おなまーえはふっと笑った。久々に心から笑った気がした。
もう大丈夫。この魂だけとなったからだで、私はなんでもできる。恐れる必要はないんだ。
「……さすがお父さん、娘のことをよく知ってらっしゃる」
「るせぇ」
黒鋼は目の色を変えたおなまーえを見て満足げに笑った。
ジンジンと響く脳奥の振動がほんの少し暖かい。
本当はみんなに合流すべきかずっと迷っていた。一度はいなくなった身だ。こんな体で戻っても、なんで今更帰ってきたのだと言われそうで怖かった。
それでもみんなの前に立ちはだかったのは、数日前に彼らの顔を見てしまったから。双眼鏡越しのもので、みんなの顔は決して明るいものではなかったけど、直接会いたいと心臓のない体が高鳴ってしまったから。
「……」
この旅が好きだった。お父さんがいて、お母さんがいて、でも今は弟と妹がいない。
「家出した弟と妹のことも、捕まえないとですね」
「ああ」
話題を再びサクラのことに戻す。
「体と魂、か」
「分体のスペシャリストから言わせてもらいますと、体の方を優先した方がいいと思います」
「飛王の思惑を考えても、体を優先した方がいい」
「でもでも!追いかけるにしてもモコナ次に行く世界は選べないよ!」
「……」
世界を渡る対価はみんなで支払った。その結果得たものがモコナだったが、次に行く世界を選ぶことはできない。だからこれまでいろいろな人たちと出会ってきた。
セレス国行くためには別の対価を支払わなければならない。
「お願いがあります」
ファイがゆらりと立ち上がった。
「オレがいま使える魔力では足りないだろうから」
「…対価がいるわ」
彼は眼帯で覆っていない方の目元に触れた。
「オレの右目を」
「「!?」」
重すぎる対価に一同は目を見開く。
「本当は眼球ごと抉って渡せればいいんですが」
「ファイ落ち着いて」
「これはオレの魔力そのものだから。両目共に無くせば、さすがに死ぬでしょう」
「落ち着いてってば」
「でもまだ今は死ねない」
「ファイ!!」
おなまーえの声は届かない。
「この目に見える、全てを対価に」
「右目の視力を渡すと?」
「はい」
「その対価で、何を望むの?」
「セレス国へ戻ります」
「だめ!絶対だめ!そんな事したらファイ、何も見えなくなっちゃうよ!!」
おなまーえが引き留めても、モコナが抗議しても、ファイは言葉を続ける。
わかってない。ファイは全然わかってない。もし仮にそれを対価にしてセレス国に行ったとして、サクラは悲しむ。これ以上私たちは何かを失ってはいけない。
「オレが渡せる対価はそれくらいしかもう…」
ああ、黒鋼が私のことを殴った時、こういう気持ちだったんだとわかる。つい数分前の出来事で立場が逆転するなんて思わなかった。
――ガッ
だから、もちろん彼も同じ気持ちだった。
「っ!?」
「黒鋼!!」
「黒鋼さんナイスです!」
既に口頭は能わないと。振るう拳は一割の叱咤と、九割の八つ当たりだ。先程おなまーえを殴った時よりも痛々しい音がした。
「ぶん殴るっつっただろうが」
「っ…」
そう言う彼は悪人の顔をしている。殴り飛ばされたファイは弱々しく見上げた。
「なんでおまえだけが対価を払う。姫の体がそのセレス国とやらにあるなら、行くのはおまえだけじゃねぇだろ」
「でも…」
無理やり立ち上がらせるように胸ぐらを掴み上げる。
――グイ
「自惚れんなよ。これまで姫とおまえの好きにさせたんだ。今度は俺の好きにする」
彼はバッとその手を離した。
分からないとタカを括って、何も言わないままここまできた。既に関係のないことではなくなってたのに、相談することすらしなかった。それが黒鋼の一番気に食わないこと。