第14章 インフィニティ
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この国では魔法が存在せず、科学技術も決して発達しているとはいえない。だからモコナは毎日毎日、傷だらけで帰ってくる仲間をただ迎えることしかできなかった。
「みんな!!」
血塗れの『小狼』、ぐったりしたファイを抱えた黒鋼、そしてもう会えないと思っていたおなまーえ。
「おなまーえ!?おなまーえなの!?」
「ただいま、モコナ」
「っ!!よかった!!」
おなまーえはにっこりと微笑み、飛びついてきたモコナを受け止めた。黒鋼も『小狼』も口数が多い方ではなく、ファイもこんな調子だから表立って歓迎してくれるのはとても嬉しかった。
「……あれ?ねぇサクラ!サクラは!?」
「……」
イーグル含めて知らない人までもここにいるのに、最終戦に出ていったはずのサクラの姿だけが見えない。モコナは辺りを見回す。
――パァ
モコナの声に応えるように、額の石が光り、空間に映像が照らし出される。
「侑子!」
次元の魔女は細長い筒のようなものを持ち上げた。
「姫はこの中にいるわ」
砂時計の砂がなくなった入れ物のようなそれには、キラキラと光る欲しいの粒が入っていて、映像越しでも『別のもの』だとわかる。
「その中は…」
「店がある所と違う」
「そう、店とはまた別の場所。サクラ姫の魂はいま夢の中にある」
「なんのために?」
「これは姫が望んだことよ」
「ランティスさん、お願いできますか」
イーグルのお付きであるランティスに、おなまーえは視線を向ける。
「夢を視た。チェスの最終戦。あの姫が彼に刺され死に、仲間三人を殺した彼は壊れ、その後…」
「っ!やめて!!」
「……」
モコナの悲鳴で続きが遮られる。
「そんな酷いこと…」
「……その夢を姫は変えようとした。命をかけて」
珍しく侑子の表情は沈んでいる。
きっと侑子もサクラを一人で行かせたくはなかっただろう。けれど次元の魔女はお店の主人。願いと対価でしか動くことができないから、彼女の意思は介入する余地はなかった。
「姫はファイに自分を刺させたくなどなかった。そんな事になればファイがどうなるか、夢で視て分かっていたから」
「……」
「けれどそれは回避出来ない程強い呪いだったから」
ファイにかけられた呪いは、自分より強い魔力を持つものを殺すというもの。魔力が灯った羽根をふたつ取り込んだサクラの魔力は、半減したファイの魔力を凌駕した。
「姫は決心したの。ならばその後の未来だけでも変えようと。そして、己の強運を対価に望む世界を目指し、貴方達が死なないようにもうひとつの対価を支払うと」
「…あの右足か」
「足は怪我で動かないんじゃなかったの!?」
「治る可能性はあった」
東京国でサクラが負った傷。水の対価をとりにいった際に動かなくなった右足が治る可能性を、彼女は対価に差し出した。文字通り、己の身を削って。
「けれどもうあの足が二度と動かなくても、あなたたちを、そしてファイ自身を死なせないように、かけられた呪いを解きたかった」
「……知ってたんですね、サクラちゃんは。オレが、嘘をついていた事を」
ずっと黙って話を聞いていたファイがゆっくりと顔を上げた。
伏せた睫毛の奥には生気がなく、血色も良くない。まるで死人のようであった。
「オレが元いた世界、セレス国にサクラちゃんの羽根があるのを知っていた事を」
「え!?」
「……」
「なんだと」
唯一『小狼』だけがわかっていたような反応を見せる。
「昔セレスに落ちてきた二枚のうち一枚の羽根で、オレはチィを創った」
『フレイヤ』とは別の時空移動装置。サクラの体の方を持っていった個体の名称がチィという女の子で、それはファイが作り出したものだった。それがセレス国にあることを知っていながら、ファイは決してそれを打ち明けなかった。
そしてもう一枚の羽根は、最初の国・阪神共和国でのやり取りで手渡されていた。
『君にひっかかってたんだよ、一つだけ』
瀕死のサクラを救った、たまたま小狼の服の裾についていたという羽根。もしファイのいうことが本当なら、小狼のいた国の神官がなぜ羽根の存在に気がつかなかったか理由がつかない。
「だから君はオレと距離を取っていた」
「……」
嘘をつく理由があるから『小狼』はファイを警戒していた。
そして同じく侑子も、いくつかの嘘のことを知っていた。初めてファイが店を訪れたとき、侑子の周りだけ雨が降っていなかったのは、あの部分だけ別世界だったからだ。そうでなければ、自分より強いものを殺す呪いがかけられているファイは、優子を殺していただろう。
「自分より強い魔力を持つ者を殺すという、オレに掛かった呪いを知っていたから。知っていたのに、何故オレを一緒に行かせたんですか?」
「それが貴方の願いだからよ」
「それが仕組まれていた事でも?」
「そうだとしても、出逢って一緒にいて、そしてどうするか。選ぶのは貴方自身よ」
「……」
彼は変わった。サクラも、小狼も、黒鋼も、おなまーえも、この旅を経て大きく変わった。決して良い変化ばかりではなかったけれど、みんなで過ごした時間は確かに本物だった。
「……姫は、何の為にその中に行きやがった」
ずっと口を閉じていた黒鋼が問いかける。
「サクラ姫の羽根があるの、夢の中に」
「夢の中にまであるんですか?」
「夢もまた、ひとつの世界だから」
「それもサクラが夢で?」
「ええ。それを得る為にもう一人の小狼が夢の中に来ると」
「サクラ一人で小狼と会うなんて無茶だよ!」
「……」
モコナの言う通り。だから私は戦った。サクラを守るために。けれどサクラの想いの方が強かった。
サクラの思惑はふたつあった。ひとつはファイに仲間を殺させないために、自身を犠牲にすること。もうひとつは小狼に会うため、別世界へ行くこと。
「本当、身勝手でお姫様らしいですよね」
「……次会ったらぶん殴ってやる」
「え?」
シリアスな空気を壊すように、黒鋼はニヤリと笑って呟いた。モコナが思わず声を上げる。
「いいですね!私も一発いいですか?」
「おなまーえまで!駄目だよ!ふたりが殴ったりしたら、サクラ大怪我しちゃうよ!!」
「……そうしなさい」
「侑子!!」
冗談で済ますつもりはないけれど、黒鋼のおかげで、いつものちょっと暖かな光景が少し蘇った。