第14章 インフィニティ
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――パア
勝敗は決した。ならばあとは賞品の譲渡式のみ。
上空から眩い光が降り注ぎ、人型の影が舞い降りてきた。『フレイヤ』と呼ばれるオートマタは女性の形をしていた。
「次元移動能力を備えた、この国唯一のオートマタです。『彼女』があなたを他の世界へ連れて行ってくれます」
「っ…」
オートマタの背後には時空の歪みが生じている。
だめだ、行ってはいけない。サクラひとりでは小狼には勝てない。いや違う、サクラは小狼に勝つつもりなんてない。だからこそ危険なのだ。
「いっちゃだめ…!」
「っ!」
おなまーえの言葉を受けて、『小狼』が起き上がる。
サクラの身体がふわっと浮き上がる。彼女は手を上に伸ばして、差し出されたオートマタの手を掴もうとした。
――ガシッ
サクラの手がオートマタに触れるその瞬間、意識を飛ばしそうになりながらも『小狼』が反対の手首を掴んだ。サクラは驚き振り向く。
「『小狼』くん…」
引き留めたのは『小狼』。こんなにボロボロなのに、最後の力を振り絞って行かせまいと腕を掴む。サクラは顔を歪めた。
「姫を放すなよ!」
遠くで黒鋼の声がする。観客として外で見ていた黒鋼は、空を飛ばない限りこの盤上には上がってこれない。
――フォン
『フレイヤ』の他にもう一つそっくりな人型が現れる。彼女らが時空を繋ぐ接続点。異なる3つの世界が、サクラを中心に繋がろうとしていた。
「こんなことって…!」
おなまーえは目を見張る。
世界を繋ぐなんてこと容易にできるわけがない。モコナを使ってすら2つの世界をほんの一瞬繋ぐことしかできないのだ。それを3つもだなんて、無謀すぎる。それこそ神様くらいしか出来ない芸当だ。
『小狼』はサクラの腕をしっかりと掴んでいた。
「一人で別の世界へ行くつもりなのか!?」
「…放して」
「おれがいるからか!?」
「違うの。貴方のせいじゃない」
彼はもう一方の手もあげてサクラの手首を両手で捉えた。その肩はおなまーえに打ち付けられた時の痛み抱えていて、彼は顔を歪める。
「でも行かなきゃ。間に合わない」
「!?」
サクラは次元の扉を見据えて呟いた。その表情には少し焦りが見える。彼女は確かに、時間がないと告げた。
共鳴する二つの創られたものに封印されていたのは羽根。記憶と共に二つの羽に閉じ込められていたサクラの魔力は、極限まで引き上げられ、この場にいる誰よりも勝る。
誰よりも。
――とんっ
その男は静かに舞台に上がった。金色の髪をたなびかせ、虚な目を彼女に向けて。
「っ、ファイ!?」
吸血鬼譲りの身体能力で突如チェス盤に上がってきたファイは、明らかにいつもと様子が違う。瞳には何も映さず、足取りは緩やかで、でも真っ直ぐにサクラを目指している。まるで心を持たない人形のように、意思とは関係なしに歩みを進める。
(どうしちゃったの…!?)
漠然と感じる、このままいかせてはいけないという警告。だが近づこうとすれば、ファイを取り囲む風魔法が自動防御の役割を果たして全てを拒む。
――カランっ
運悪く『小狼』が使っていた剣がファイの前に転がった。まるで風がファイを導くかのように、自然な流れで。
そして彼はゆるりとそれを拾い上げる。
「だめっ!!」
その剣で何をしようというのか。
まだ回復も十分でない体でおなまーえは起き上がり、ファイに駆け寄ろうとする。
「いけませんっ!」
「っ!」
イーグルの止める声が聞こえ、ほんの少し足を躊躇した瞬間。
――ヒュオッ!
目の前を風が斬りつけにきた。あと一歩踏み出していたら、首が飛んでいただろう。イーグルには感謝しなければ。
だが勢い余った風圧でおなまーえの体は吹き飛ばされる。
「あっ!」
先ほどまで足をつけていたチェス版が遠い。上空に放り出された四肢は何も掴むことができず、重力に従い落下する。視界は速く、どこかに糸を巻きつけて掴まることもできない。こんな時、妙に頭は冷静で、おなまーえは階下にいる黒鋼の姿を認めて叫ぶ。
「着地お願いします!」
「ざけんなっ!!」
文句を言いながらもしっかりと受け止める体勢をとってくれる黒鋼。
――すぽっ
その筋肉質な腕に包まれ、おなまーえは体を打ち付けずに済んだ。ピッフル国でも同じように助けてくれたことを思い出して苦笑する。
「また助けてもらっちゃいました」
「自分でなんとかしろっ!」
舞台の上にはサクラとファイだけが残った。サクラは今羽根を取り込んだ直後で無防備だ。
「……」
「ファイさん…」
サクラが優しく呟いた次の瞬間。
――ザクッ
鮮血が宙を舞った。サクラの細い胸元を貫通する真っ赤な剣。それを突き刺したのは他の誰でもないファイであった。
「……え」
ファイは混乱する。震える手はまるで自分のものではないように感じられる。
血は見慣れてる。鮮血は、サクラの体からとめどなく流れている。
許せない。一体誰がこんなことを?
自分だ。いま剣を握っているのは、他の誰でもなく自分だ。
「っ…!!」
何が起きているのか理解できなかった。理解したら壊れてしまいそうだったから。
彼の頭の中でサクラの笑顔や決意の表情、そして先程の会話が蘇る。
『たった今これから、自分を1番大切にしたください』
また、大切にできなかった。傷つけてしまった。
春に散る桜のように、サクラは力なくうなだれる。
ファイはその剣を抜こうと力を入れた。
「剣を抜くな!」
「動かしちゃダメ!」
「さくら!!!」
3人が叫ぶ。だがその声はファイに届かない。
「〜〜〜っ!!!」
彼は声にならない悲鳴をあげると、ずるっとその剣を引き抜いてしまった。
号哭とともに、その身体から膨大な量の魔力が放出される。吐き出された剥き出しの魔力は全てを破壊する。
――ゴゴコゴッ
チェス盤は原型を留めることができず、崩れ始めた。
半分とはいえ、元の量を考えればファイの魔力は国一つ滅ぼすのに事足りる。このままではこの場にいる人たちだけでなく、このインフィニティそのものに危険が及ぶ。
魔力の暴走を止めさせるためには、使用者の意識を失わさせなければならないが、ファイは今近寄るもの全てを拒絶した。
おなまーえにも黒鋼にも『小狼』にも打つ手はなかった。
――パァッ
次の瞬間、彼の瞳に仄かな光が宿る。
血が流れるサクラの体から引き離された魂。彼女の心と呼べるものがファイの手に優しく触れる。魂と体の分離。
「間に合った」
サクラは優しく微笑み、ファイの手をそっと握った。
「大丈夫、わたしの命は消えてない。まだここにある」
「っ!!」
「忘れないで。これからも未来は変えられる」
優しく包み込む。それは全てを許す聖母のように。
サクラは視線をおなまーえに移す。
「ありがとう、そんな状態になっても帰ってきてくれて」
「……行くのね」
「うん」
サクラひとりで、どんな敵がいるかもわからない別世界へ行ってしまう。小狼に出会えたとしても彼はもう私たちの知る小狼ではない。けれど一度やると決めたことを途中でやめるサクラではないから。
「ファイさんをお願い」
「わかった」
魂だけの存在のおなまーえと、体から魂を引き剥がされたサクラ。ふたりのヒロインは互いの旅の幸運を祈る。
「「また、会えるまで」」
未来への約束。必ず会えると信じて。
――シュゥゥウ
サクラの体と魂は別々の世界に誘われた。
「……」
瓦礫の中、ファイが刀を振り上げる。
途方もない絶望感。腹の底が煮えくりかえる程の怒り。全てをかなぐり捨てたくなる後悔。
こんなことなら自身の命を絶ってしまおうと腕を振り下ろした。
――ガッ
だがその剣は彼の体を傷つけることはなかった。細い白銀の糸が、ファイの腕を引き留めている。その糸は罪人を縛り付けるものではなくて、救いを与えるものだ。
「ダメですよ、ファイ」
「…っ」
私がずっと守ろうとしたものを、サクラが守ってくれていた。それを断とうだなんて、私が許さない。
黒鋼がファイの手から剣を取り上げる。
「もう誰も傷つけるな。お前もな」
「……ごめん、な、さい…」
か細い謝罪。虚に潤んだ片目は緩やかに閉じていく。
――ドサッ
魔力は生命力に直結しているから、乱暴な魔力の放出をしたファイは意識を失う。
「未来は?」
イーグルが問いかける。
「変わった。あの三人は死ななかった」
「……良かったとは言えませんけど、最善ではありますね」
「どういう意味だ」
おなまーえとイーグルの知ったような会話に、黒鋼は訝しげな目を向ける。
「ご説明します。あの人と一緒に」
次元の魔女、侑子とともに。