第14章 インフィニティ
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「……こうやって帰ってくるのはなんか恥ずかしいんだけど」
なんせあんなに盛大に出て行ったのだ。卒業パーティーの翌日にひょっこり顔を出すくらいには恥ずかしい。
「久しぶり、みんな」
おなまーえは精一杯のはにかんだ笑顔を向けた。
死んだはずの人間がこうして目の前に現れたんだから、幽霊か別人と思われても仕方ないだろう。だがこちらに向けられる眼差しは、驚きとそれ以上の喜びが混じっていて、こちらまでもがうれしくなった。
「おなまーえちゃん…」
ポツリとした呟き。聞き漏らしてもおかしくないほど小さな声を拾いあげる。
ふと場外に目を向けると、片目を失ったファイがこちらを凝視していた。右目からはつぅっと細い糸が垂れている。
「…ファイも元気みたいでよかった」
「っ!」
よかった。せっかく対価を払って苦労して帰ってきて、また居ないように扱われたらどうしようと思っていたから。その涙だけで全てを許してしまうのは、きっと惚れた側の弱みだ。
「みんないろいろと聞きたいことはあると思う」
「……」
どうして帰ってきたのか。魔女になったはずなのになぜこうして生きているのか。先ほどまでの人格はなんだったのか。そしてなぜ敵対しているのか。
何も話さないままここまできてしまったから、きっとたくさんあるだろう。
「でも今それをゆっくり話す時間はないから」
おなまーえは視線をサクラに向ける。
「!」
「サクラちゃん」
「……」
「あなたの願いを、私は許さない」
きっとサクラはこれからしようとしていることを誰にも打ち明けていないだろう。おなまーえがそれを知ったのは数日前に遡る。
**********
「彼らに会わせる前に、ひとつ耳に入れていただきたいことがあります。きっとこれを聞いたら、あなたは今すぐには、仲間の元へ戻れなくなるでしょう」
「…教えてください」
イーグルの含んだような言い方にはきっと意味があるから、おなまーえは素直に彼に従う。
サクラは夢見の力を発揮し『ファイにかけられた呪いが発動して小狼が刺される未来』を見たという。これを回避しサクラ自身が仲間と決別するために、彼女はチェスの優勝賞品を望んでいる。その優勝賞品とは、一度だけ異世界に移動できる技術『フレイヤ』。彼女は小狼に会いに行くため、1人でここを離れるつもりらしい。
「……サクラちゃんらしいですね」
一通り話を聞いたおなまーえは素直に感想を述べる。
「疑わないのですね」
「あなたが私に嘘をついていると?思いませんよ。そんなメリットもないこと、あなたはしないでしょう」
「聡明な方だ」
「過分な評価です」
「いえ、本当にそう思っていますよ。だからこそ、あなたに決断していただきたい」
「……」
「最終戦は私のピースと彼らのピースの一騎打ちを行う予定です。回りくどい言い方はやめましょう。私のピースとして出場しませんか?」
「……」
もちろんできるだけサクラの想いを汲み取ってあげたいとは思うが、そんな賭けのようなことはさせたくないし、叶わない可能性の方が高い。サクラの望みは優勝商品であるフレイヤを手にすることで叶ってしまう。なにより、彼女を一人にさせてはいけない。
ならば、とおなまーえは決断する。
「わかりました。私がサクラちゃんの壁になります」
障害となり、優勝を阻止しよう。
要は私が勝てば良いのだ。そうすればサクラはひとりでどこかにいくこともなくなる。
「あなたならそう答えてくださると思っていました。餞別としてこちらを」
差し出されたのは目元を隠すためのレースのパーティーマスク。
「このマスクは?」
「そちらは魔力や存在を隠すものです」
「存在?」
「つけた人のことを、よく似ているけれど本人ではないと錯覚させる不思議な魔法具。あなたがこの世界にいることが彼らに伝わると何かと不都合でしょうから」
**********
「絶対に、許さない」
もう一度、おなまーえは冷たく低い声で告げる。
「……知ってるんだね」
「うん」
それ以上の言葉は必要なかった。意地と意地のぶつかり合いは、言葉ではなく体で示す。どんなに説得しても、サクラは納得しないだろうから、力で勝負するしかない。
「そろそろワルプルギスに戻しますね。私よりもあの子の方が強いから」
『小狼』に勝つためには、もうひとりの私の力を借りないと、今の私の力だけでは及ばない。
「あの子、口調はアレだけど根はいい子だから仲良くしてあげて」
「…ちょっとちょっと、誰がいい子よ。頭沸いてるんじゃないの?尺取りすぎだし」
おなまーえがワルプルギスの夜について触れた次の瞬間には、別側面が表に出ていた。
「何度見ても面白いですね、あなた達の会話」
同じ声なのに、ひとり芝居をしているみたいに話し方が変わるから、イーグルも見ていて飽きない。
「茶番に付き合わせたわね、イーグル」
「お構いなく。本当のことを言うと、これが見たくてあなたを受け入れたところもありますし」
「最低♡」
「それほどでも」
ふたりはにっこりと微笑みあった。
ワルプルギスの夜は首をぐるりと回して『小狼』を見下す。
「『小狼』だっけ?それとも小狼?私にとってはどっちでもいいんだけど」
「……」
「お互いに時間がないでしょうから、次で決着をつけるってのはどう?」
「……わかった」
観客は十分に沸かせただろう。イーグルに視線を送れば快く承諾し、流れる水のような落ち着いた精神力でサポートに入ってくる。
小狼は魔力を解放させる。最大火力をもって、この場を終わらせる。
「いい魔力ね」
距離にして20メートル。盤上は決して広くないから、たったこれだけの間合いで最後の一撃を繰り出す。
小狼の指先からは青白い雷撃、ワルプルギスの振り上げた上空には風が巻く。雷と風の衝突。
「風よ!!」
「雷帝招来!!」
――ズドォン!!
ふたりの魔法が衝突した。
最大火力と最大火力のぶつかり合い。
魔力と魔力のぶつかり合い。
意地と意地のぶつけ合い。
少年はサクラに勝利を捧げるために。少女はサクラを守るために。
「あははははっ!」
自身のキャパを超えた放出に、体の至る所から悲鳴が上がっている。骨が軋み、皮膚が切れていく。だというのにワルプルギスの夜は愉快に笑う。
元来相容れぬ属性の魔力は拮抗する。
「っ!!」
――ドンッッ!!
チェス盤に大きな光の柱が上がった。天に昇る龍のように。空の雲が二分される。
「……はっ」
「…っ」
ふたりのマスターは体力を大きく持っていかれ、見るからに疲弊している。
時間にしてわずか13秒の出来事。
――シュウウゥ
おなまーえと『小狼』は砂煙の中、お互いに対峙していた。まだ続くのかという外野の声が聞こえる。
おなまーえの身体は修復が追いつかないほどで、『小狼』も気力だけで立ち上がっていた。
血と砂埃が付着した皮膚。乱れた髪。荒い息づかい。呼吸をするのもやっとだ。
「…はっ、はっ…」
「…くっ」
最後の我慢比べ。倒れたのは――
「…っ、ごめん、イーグル」
おなまーえの方だった。ワルプルギスの夜は力を使い果たし、後始末は任せたとばかりに眠りについた。
傾く体。その柔らかい肉が地面に打ち付けられる前に、いつの間に盤上に降り立ったのか、イーグルが彼女の体を受け止める。姫を抱きとめる王子のように柔らかく。
「あなたの覚悟は伝わったと思いますよ」
「……ありがとう」
どんなに気丈に見せても、この幼く脆い体で、少女は大きなものを背負って戦っていたのだ。
イーグルはおなまーえの身体を抱きしめる。彼女のことは気に入っていたから、その望みを叶えてあげられなかったことに、ほんの少しだけ悔しい気持ちがした。
視線を上に上げる。
「あなた達の勝ちです」
「っ、」
その言葉に安心し『小狼』は力を抜く。ギリギリの体力で立ち上がっていたため、その身体はチェス盤に打ち付けられた。
――ドサッ
「『小狼』君!!」
倒れた彼にサクラが慌てて駆け寄り、その体を支えた。『小狼』の目がゆっくりと細くなる。
「…ありがとう『小狼』君」
こんなになるまで戦ってくれてありがとう。
「それから…」
彼女は誰にも聞こえない様に小声で何かを呟いた。