第14章 インフィニティ
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――バサァッ
各々の疑いは晴れず。
審判が旗をあげた。
「READY GO!」
開幕の合図と同時に、ワルプルギスの夜は大きく跳躍して『小狼』に向かってかかとを振り下ろす。
「うふふ!」
「っ!」
彼はそれをすんでのところで躱す。
速い。目で追いかけるのがやっとなくらいだ。目まぐるしく跳び回り、死角から確実に攻めてくる。
距離をとったワルプルギスの夜は再び跳躍し、その足を『小狼』の顔めがけて落とそうとするが、今度は剣のツカの部分で彼は受け止めた。
――ガキンっ
ヒールと刃がぶつかる。散った火花に照らされた女はとても楽しそうで、赤い唇が弧を描いている。
――バッ
女をはじき飛ばし、そこから『小狼』の反撃が始まった。ワルプルギスの夜はひょいっひょいっとそれを軽くいなしていく。ドレスを着ているとは思えないくらいの身軽さだ。
「ふぅん。剣の筋とセンスは悪くないわね」
「っ!」
突然『小狼』の動きがぴたりと止まった。剣を振り上げたまま、体が動かなくなる。サクラの精神力のせいではない。これは別の要因だ。
「なんで…!」
「ただ避けているだけだと思った?甘いわね周りをもっと見なさい」
「!!」
ステージ上に張り巡らされた無数の糸。縦横無尽にこの会場の天井まで編み上がった不規則な巣が『小狼』を捉えていた。動こうとすれば鋭く皮膚に食い込む。
「一つ一つは大したことのないただの糸だけど、磨けば刃物になるし、こうして絡みとれば動きを封じることもできる」
「この技は…」
『小狼』はこれを右目を通じて見たことがある。目の前の女とそっくりな女性が使っていた技だ。
「他にもいろいろできるけど、あなたはもうこれで終わりかしら」
「……」
呆れた様子で女は背を向ける。戦意が削がれたようだった。
その飽きっぽい態度を見ると、どうしてもあの人がおなまーえだと確信できない。これほどまでに外見的特徴は一致しているのに、どこか決定的な部分が違うと感じる。
(あの目元のマスクが原因か?)
紫色の目を綺麗に縁取るレースのマスク。豪華絢爛な衣装に身を包んだ彼女から感じる魔術的なものはあれだけだ。やってみる価値はある。
――ボォッ
炎魔法で糸を燃やす。簡単に千切れない針金のような糸であれば、燃やしてしまえば良い。鮮烈な赤は瞬く間に糸を伝い全てのトラップを燃やし尽くす。『小狼』の機転は効果があったようで、戦意を喪失していたワルプルギスの夜も嬉しそうに跳ねる。
「お見事」
「…あなたは誰ですか」
「さぁ?」
自由の身になった『小狼』は再び女に斬りかかる。女は糸で作り上げた短剣を片手にそれをいなし、避ける合間に魔法を放つ。
ワルプルギスの夜の流れる髪は、まるで流星の如く『小狼』に襲いかかる。
相手の一挙手一投足を先回りして、自らの動作を繰り出す。相手が仕掛けてくる攻撃のその一手先まで読み合い、刃を打ち付け合う。
「ああ、楽しいわ!生きているって実感できる」
「っ!」
「本当はいつまでもこうしてたいんだけど、生憎私にもリミットがあるの」
「……すまないが、こちらも時間がない」
そのマスクに何か仕掛けがあることはわかっているから、『小狼』は首元を狙う。それが避けられることは計算済みで、僅かに逸れた軌道で彼女の目元を薄く斬りつけた。
――ハラリ
簡単に布は切れて、薄いレースが銀の髪と共に散っていく。
「「「!!」」」
露出された素顔を、その透き通るような紫色の目を、『小狼』は、サクラは、黒鋼は、ファイは知っている。どうして今まで気がつかなかったんだろう。どうして今までにている誰かだと錯覚していたのだろう。
「あら」
マスクが音もなく盤上に落ちる。彼女を知る者にとっては一つ一つがスローモーションのように鮮明に見えて、だが同時に視界が歪むほど脳が興奮を覚えている。
「隙あり」
「くっ!」
サクラが動揺し、『小狼』が身体を止めた一瞬を、ワルプルギスの夜は見逃さなかった。すかさず彼の肩と顎に打撃を与え、受け身をとった『小狼』が反撃をしようと剣を大振りすると、彼女は瞬時に後ろに下がった。
ふたりは駒は盤上のポールの上に降り立つ。
「あなたは!」
『小狼』が叫ぶ。
女は盤上に落ちているレースのマスクを見下ろして、興味深そうにイーグルに視線を向けた。
「……あのマスクの効果ってすごかったのね」
「もちろんですよ」
イーグルが渡した特注のマスクは存在そのものを隠す魔法具。たしかに本人であるのに、似ている他人と錯覚させる幻覚じみた魔法だ。
「決着つけるまで隠しておきたかったのに」
「それは彼女の意向ですか?あなたの意向ですか?」
「どっちも。だってさぁ、その方が楽しいじゃない?」
「…ふふ、そうですね。ですがこれもまた一興です」
「本当にいい性格してる。私があの子なら迷わずあなたみたいな男性を選ぶのに」
「お世辞は結構ですよ。あなたたちの好みは共通してると聞いてますから」
イーグルと女は楽しそうに笑う。
美しい白髪。マスクの合間から覗いていたアメジスト色の目。折れてしまいそうなほど華奢な体。どうして今の今まで気がつかなかったのか。
「おなまーえさん!!」
「……」
彼女こそまさに、仲間から外れて行ってしまったおなまーえであった。『小狼』の声に、女は緩慢な動きで視線を向ける。ぞくりとするほど妖しい眼差しだった。
「…え?」
その様子に妙な違和感を感じた。姿形と感じる魔力は紛れもなくおなまーえのそれなのに、どこか別人のような刺々しい雰囲気を感じる。それでいて恐れ多い神々しい気。
親しみやすいのにどこか他人行儀。彼女のことを知っているのに知らない。
「おなまーえちゃん…じゃない?」
サクラが代表しておそるおそる問いかけた。
「いいえ。この体は紛れもなくあの子本人のもの。まぁ私のものでもあるんだけど。少しだけ交代しましょうか」
「…?」
少女は目を閉じる。
次に目を開けた瞬間、纏っていた刺々しい雰囲気がふっと柔らかくなった。まるでひとつの体に人格がふたつあるようだ。
「……こうやって帰ってくるのはなんか恥ずかしいんだけど」
「っ!」
頬を染めた姿は、つい先日まで共に過ごしていたおなまーえと同じで。
「久しぶり、みんな」
もう二度と戻らないと思っていた笑顔だった。