第14章 インフィニティ
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マスターをサクラに据え置き、ピースは『小狼』、黒鋼、ファイの三名が務めれば、チェスに参加している程度の敵は難なく倒すとができた。
迎える最終戦当日は、ゲームマスターとの直接対決。
――カンッカンッ
チェス盤に向かって階段を上る。黒鋼と『小狼』が先行し、ファイがエスコートをしてくれる。
目を閉じて目蓋の裏に浮かぶのは、もうここにはいない小狼とおなまーえの姿。
「……」
小狼くんの不器用なくらい真面目なところが好きでした。
おなまーえちゃんの考えすぎなくらいの優しい気遣いが好きでした。
――カンッ
最後の一段というところでサクラは彼の手をキュッと握った。
「…サクラちゃん?」
ファイが私の表情を窺う。
「……」
黒鋼と『小狼』がこちらを見ている。
これが最後の戦いになる。この最終戦に勝てば、私はひとりで旅立つ。この後起こる悲劇を、ファイが彼らを殺すという、最悪の未来を回避するために。きっと彼は優しいから、私がこんな選択をしたと知ったら自分を責めてしまう。
「……ファイさん」
「なぁに?」
「言ってくれましたよね、私の望み通りにと」
「それが我が姫の望みならば」
ファイは優しく微笑む。
嘘だ。そんなにも柔らかい笑みを向けたいのは私ではないだろうに。
私はおなまーえちゃんの代わりにはなれないし、彼女も報われないから。せめてあの子が守りたかったものだけでも伝えたい。
「ではたった今これから、自分を一番大切にすると約束して下さい」
「サクラちゃん?」
「……あの子が守りたかったものを、忘れないであげてください」
「っ!」
ファイは笑顔を引きつらせてで、一歩後ずさった。
ずっと考えないようにしていた。おなまーえの最後の楔のこと。それが自分だって知っていたのに、何もしなかった。
「……」
おなまーえが守ろうとしたものは不変の平穏だった。旅の仲間が穏やかに健やかに過ごせるように。そして何よりファイが笑顔でいられるように。
楔を断ち切る決断をしたことは後悔はしていない。思い出も記憶も、この手で抉り手の届かないところに投げ捨てた。もう二度と元に戻ることはなく、拾い上げに行くことすらもできない。
「……」
最期までオレを守ろうとした少女を、オレは殺した。罪を昇華しようとするのは更なる罪を犯していることと同じ。許しを乞うてはいけない。永遠に。
「準備はよろしいですか?」
タイミングを見計らってイーグルが声をかけた。ゲームマスターであるイーグルは、2人の護衛を従えて敵陣地のマスターの席に腰掛けている。
「最後のマスターは貴方ですか」
「一応責任者ですから」
サクラの問いかけに、イーグルはにこやかに返した。
「さて、最後の『チェス』はピースは互いにひとりで行きたいと思うんですが、いかがですか?」
「…おれがやる」
話し合う間も無く、『小狼』が名乗り出た。他も異論はないという顔つき。
「了解しました」
イーグルは笑顔を崩さずに答えた。
――ジャララララ
――ガコン
マスター席が鎖で引き上げられ、空中にセットされた。もう逃げられないし、逃げるつもりもない。
「武器ですが、それはいつも使っているものではないのでしょう?」
「……」
イーグルは小狼の双剣にチラリと視線を向けた。
「貴方の最も得意とする武器で闘いましょう。魔力とやらも使用可で」
「!」
この国に魔法なんてものはない。あるのはごく一般的な武器や、生物兵器といった科学的なものだけ。旅をしているとは伝えたが、異世界を渡る旅と伝えたことはないのに。
「その力もマスターの精神力次第ですが」
「……」
イーグルは挑発的にサクラの目を見る。けれど迷いはない。
『小狼』は双剣を場外に向かって投げると両手を合わせる。左手から引き抜いた剣は炎とともに現れ、それは緋炎を彷彿とさせた。
舞台は整った。
「ではこちらのピースを」
――バッ
上空に影が現れ、一同は顔を上に向けた。
「やっとね!」
――シュタッ
鎖の擦れる音と甲高い声とともに少女が降りてきた。
「ねぇねぇイーグル!好きにやっていいのよね!」
「怒られても知りませんよ、ワルプルギス」
嬉しそうに、溌剌と話す少女。
白色の長い髪には宝石のベール。まるでウェディングドレスのような美しい衣装には金糸の装飾。そして目元を縁取る白いレースのマスク。どこかミステリアスで、それでいてあどけなさを感じさせる細い体。
「おなまーえちゃん…?」
ファイがそう呟くのも訳なかった。艶めいた長い白髪も、マスクの奥の紫の瞳も、どれをとっても幻覚かと思うくらいおなまーえにそっくりだった。
けれど漠然と感じるのは、彼女が別人であるという直感。確信なんてないのに、あれはおなまーえではないと脳が認識している。
「ありゃちげえな。異なる世界の、魂が同じってやつか」
「……」
おなまーえはあんな笑い方をしない。
期待の眼差しが落胆に変わる。それは場外にいた黒鋼とファイだけでなく、サクラにとっても同じだった。
「知り合いに似ていましたか?」
「…いえ」
「ご挨拶させましょう。ワルプルギス」
「ええ!」
ドレスを着た女は、嬉しそうに裾を持ち上げてお辞儀をする。体に巻きつけられた鎖がなければ、まるで一国の姫のような気品と仕草だ。
「初めまして。私はもう1人の
「…何言ってんだテメー」
「ギャラリーは黙ってて。私はこの坊やとお姫様にお話ししてるんだから」
「ワルプルギスの夜…」
ワルプルギスという単語に場外のファイが反応した。
「知ってんのか」
「オレもそこまで詳しくはないけど…」
あくまで本で読んだ程度の知識。自国の文化ではないから御伽噺のようなものと思っていたが。
「北の寒い地方で、春になるとお祭りがあるんだ。その前の夜に魔女が蔓延るって言い伝えがある。その夜のことをワルプルギスの夜と呼んでいるって」
「……魔女か」
ますますおなまーえと似ていて、だがやはりあの女は小娘ではないと認識する。
それは淡い期待。彼女はもう戻らない。
「あら詳しいのね、魔術師さん。伊達に長いこと生きてないわ」
「え?」
「……なんであの女、お前が魔術師だって知ってんだ」
「……」
魔法のないはずのこの国で、イーグルもあの女性も魔法の存在を知っていて、さらにファイが長寿であることを見抜いた。この国で魔法は使っていないから、彼女が知る由もないというのに。