第12章 三滝原
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これもまた一つの断片。
過ぎ去りし記憶は胸に淀み、束の間だけ漂っては流れに抗えずに去っていく。
心だけでは留まれず、体だけでは足跡も踏めない。
訪れなかった春は、せめてこの桃源郷で。
今も人知れず冬の終わりを願っている。
見滝原
絶望の炎で願いを焚き上げる。
愛して欲しいとは言わなかった。
ただ、頭を撫でてほしかった。
ただ、名前を呼んでほしかった。
ただ、私を見て欲しかった。
大空に抱かれて白馬のゆりかごに揺蕩ったことも。眠れない夜を過ごしたことも。美しい花を手折るように一つずつ思い出が消えていく。
最後の瞬間に頭に浮かんだのは、どうしようもない失望感と、宝石のような彼の蒼い瞳だった。
――シュルン
今宵は一世一代の大舞台。
主役は私とワタシ。でも役者は孤独なお姫様がひとりだけ。王子も召使いもいないから、そんな舞台、全部全部壊してしまってもいいよね?
**********
『本日午前7時、突発的異常気象のため、避難指示が発令されました。住民の皆様は速やかに最寄りの避難所へ………』
黒髪の少女、明美ほむらは淀んだ川沿いに立つ。
荒れ模様の空。不穏な風。ところどころに落ちる雷。
少女とソレは何度目かの会遇だった。
「…くる」
白い霧に包み込まれた少女は、一歩一歩ゆっくりと歩き出す。
彼女の横を、摩訶不思議な生物たちが通り抜ける。この世界ではない、別世界の生き物。色とりどりに飾られた様子は、まるでサーカスか舞台のよう。
舞台装置の魔女。
その性質は無力。回り続ける愚者の象徴。この世の全てを戯曲へ変えてしまうまで、無軌道に世界中を回り続ける。
―――何度目かの、戦闘の幕が上がる。
「今度こそ……」
少女は自身の腕についている円盤型の盾から爆弾や大砲を繰り出す。
「決着をつける」
その円盤は収納庫としての役割だけでなく、時間干渉の能力も兼ね備えている。
――ピタッ
時を止めた彼女は、ワルプルギスの夜に向かって次々と大砲を撃ち込んだ。優に50は超える玉を撃ち込むと、その円盤を稼働させる。
――ドンッ
――ドドンッ
大砲はワルプルギスの夜に命中し、少しずつ高度を下げていく。これで倒したと油断することなかれ。
追撃弾を加えつつ、少女は走り出す。
電波塔の爆破スイッチを押した。根元から倒れる電波塔はワルプルギスの夜を押し出し、狙い通りに橋へと誘導する。
――ドンッドドンッ
ガソリンが詰まっているであろうタンクローリーに飛び乗った彼女は、橋のアーチ型に沿ってそれを走らせる。
少女が飛び降りると、タンクローリーはまっすぐ進んでいき、ワルプルギスの夜の顔面に直撃する。
少女は海に降り立つ。海から地対艦誘導弾が現れ、ワルプルギスの夜の顔面に照準を合わせる。
――ドドドドドン
軍隊で使われるそれの威力は凄まじく、先ほどからゆっくりとしか動いていなかったワルプルギスの夜が勢いよく吹き飛ばされた。
目的の場所には、無数の設置爆弾が仕掛けてある。それらが一斉に赤く光る。
――ズドォーン
炎と砂煙があがり、ワルプルギスの夜の姿が見えなくなった。
橋の反対側から、少女は砂煙をじっと見つめてる。今度こそ倒したか。そんな期待が頭をよぎる。
**********
痛い。痛い痛い痛い痛い痛い。壊すはずが壊されている!
この願いのために何年もずっとずっと耐えてきた。このときのためにいろんな世界を回って因果律をかき集めてきた。
もう誰かの手のひらの上で踊るのはたくさん!
**********
未だ晴れない爆発の煙の中から、ワルプルギスの夜の使い魔が一直線に飛び出す。糸に繋がった使い魔は小さな人形のようでありながら、宇宙のような色をしていて顔がなかった。
「あぁーー!!」
明美ほむらは反応に遅れ、それに吹き飛ばされた。
「くっ…」
ただの使い魔ですらこの威力。敵わないのはわかっているけれど、ここでやめるわけにはいかない。
**********
たのしい、たのしいわ!よかった、私以外にも役者がいたみたい!
うふふふふふ、あははははは!!
まだそっちにたくさん観客がいるわね。
もっともっと私をみて!拍手を頂戴!もっと!もっともっと!!!
**********
「Ahーーーー」
「っ!?」
清らかな声。何もかもを捨てた、舞台女優の叫び声。
それは愛の歌。魂の底から捻り上げた、崩壊と絶望を知らせる死の歌。
ワルプルギスの夜はさらに勢いを増してただ一点を目指す。
(まずい、このままでは避難所が…!)
黒髪の少女は、避難所にいるであろう鹿目まどかの彼女を思い浮かべて唇を噛んだ。ワルプルギスの夜に追いつこうと脚を早める。
(どうにかして、ここで食い止めないと…!)
この世界もまた無駄になってしまう。
**********
あれ?まだついてくる。あなたの出番はもう終わったのに。
まあ、舞台にハプニングはつきものよね。
あなたのために、特別なステージを用意してあげる。
**********
太古の大演出装置は舞台を整える。
――ゴォッ
とてつもなく強い風が吹き荒れ、瓦礫やビルが空中に浮かび上がった。
邪魔をしてくる使い魔を難なく撃退し、黒髪の少女はワルプルギスの夜に向かって大きく跳躍する。ビルの上に降り立った少女に、これまた大きなビルが降りかかる。
「っ!」
明美ほむらは咄嗟にその腕の円盤で回避しようとしたが、こんな時に限って魔力切れで動かない。
「そんな……ハッ!?」
ビルが目の前に迫る。
――ズシィーン
「あぁーーつ!!」
少女はビルの奥に吹き飛ばされた。頭からは血を流し、満身創痍な様子が伺える。少女は瓦礫に足を挟まれ、動くことができない。
(どうして、どうしてなの。何度やってもアイツに勝てない)
彼女の視線の先には、楽しそうに空に浮かぶワルプルギスの夜の姿が。ぼやけた視界に彼女は喝を入れ、円盤を動かそうとした。
しかし、そこでインキュベーターの言葉が蘇る。
(繰り返せば、それだけまどかの因果が増える。私のやってきたことは、結局……)
円盤をつける腕の力を抜いた。
自身のやってきたことが無意味なことであり、まどかの運命を変えることはできない。それこそが彼女の絶望であり、悲劇。
彼女の目には涙が溢れ、手の甲のソウルジェムが徐々に穢れていく。
「……くっ…ひぃ…」
勝てない。あいつをひとりで打ち勝つことができない。このまま諦めてしまおうか。
「っ…」
少女が目を瞑る。一粒の涙が床にこぼれ落ちた。
――パシ
諦めかけていた少女の手を、握るものがいた。
「…え」
明美ほむらは驚いて目を開ける。桃色の髪をした鹿目まどかが、諭すように彼女の手をぎゅっと握りしめる。
「もういい。もういいんだよ、ほむらちゃん」
「まどか?」
まどかはハンカチを取り出してほむらの顔の血を拭うと、スクッと立ち上がった。
まっすぐにワルプルギスの夜を見据える。その彼女の足元にはインキュベーター。揺るぎないその瞳は、決心を固めた。
「…まさか」
交互にそれをみたほむらは声を上げる。
「ほむらちゃんごめんね。私、魔法少女になる。」
そう言う彼女は決意に満ちた顔をしていた。
「そんな!」
「私やっとわかったの。叶えたい願い事を見つけたの。だからそのためにこの命を使うね」
「やめてぇ!」
ほむらの悲痛な叫び声が響く。
「それじゃあ!それじゃあ、私は何のために…!」
「……」
涙を流すほむらにまどかがゆっくりと歩み寄り、その頭を抱きしめた。
「ごめん、本当にごめん。これまでずっと、ずっとずっとほむらちゃんに守られて望まれてきたから、今の私があるんだと思う。本当にごめん」
まどかはゆっくりと立ち上がる。その目は慈愛に満ちていながらも、決意が現れていた。
「そんな私が、やっと見つけ出した答えなの。信じて。絶対に今日までのほむらちゃんを無駄にしたりしないから」
「まどか…」
彼女はキュウべえに向かい合った。
「数多の世界の運命を束ね、因果の特異点となった君なら、どんな途方のない望みだろうと叶えられるだろう」
「本当だね?」
「さぁ、鹿目まどか。その魂を対価にして君は何を願う?」
「……私は」
すーはーと、彼女は大きく深呼吸する。そして拳を心臓の位置に当てた。
「全ての魔女を生まれる前に消し去りたい。全ての宇宙の過去と未来全ての魔女を、この手で!!」
「!」
まどかの握った拳、心臓の部分が淡く光った。
「その祈りは、そんな祈りが叶うなんてしたら、それは時間干渉なんてレベルじゃない。因果律そのものに対する叛逆だ。き、君は、本当に神になるつもりかい!?」
感情のないはずのキュウべえが動揺している。それほどまでにまどかの決断は大きなもので、そして信じがたいことだった。
「神様でもなんでもいい。今日まで魔女と戦ってきたみんなを、希望を信じた魔法少女を、私は泣かせたくない。最後まで笑顔でいてほしい。それを邪魔するルールなんて壊してみせる。変えてみせる」
まどかの身体はピンク色の光に包まれる。
「これが私の祈り、私の願い。さぁ叶えてよ!インキュベーター!!」
まどかを中心にまばゆい光が降り注いだ。
**********
呼んでもいないのに、また新しい役者さんね。懲りない連中だこと。主役が誰かわかっていないのかしら。
『…待って』
なによ、ここは舞台よ。プリマドンナは2人もいらない。引っ込んでなさいって言ったでしょ。もうじきこうやって話しかけてくることもできなくなる。早く諦めなさい。その方が早く楽になれるんだから。
『あの光…』
それがどうしたって言うのよ。
『暖かい…』
**********
光が徐々に弱くなり、その中心には魔法少女となったまどかが立っていた。神々しく光り輝きまっすぐ空を見上げている。
空に魔法陣が浮かび上がる。それは魔女という概念が具現化したもの。
「……」
彼女は弓を空に向け矢を放った。
――ヒュッ
――パキン
――ザァアア
矢を中心に淀んだ空は一気に晴れ渡った。更にそれは分裂して四方八方に飛び散る。現在の、過去の、そして未来の魔法少女へと向かって。
**********
優しい声が聞こえる。
砂糖菓子みたいに甘くて、ほんのりと暖かくなるような、そんな声が。
「あなたたちの祈りを絶望で終わらせたりしない。あなたたちは誰も呪わない、祟らない。因果はすべて私が受け止める。だからお願い。最後まで自分を信じて」
「うふふふふ、あははははは、うふふふふ」
青い空の下、青いドレスを着た私、わたし、ワタシ。
お姫様のドレスが青色だったのは、きっと王子様の瞳の色に寄せたかったのでしょうね。
風は清らか。星は瞬き。道しるべは確かに。輝きは消えることなく。
(なんて綺麗なんだろう…)
ワルプルギスの夜である私の身体が少しずつ崩れていく。崩れる体に対し、心はやけに穏やかだった。
「もういいの、もういいんだよ。もう誰も恨まなくていいの。もう誰も呪わなくていいんだよ。そんな姿になる前に、あなたは私が受け止めてあげるから」
「ぁ…」
走る。走る。夢見たものが止まって、光を失ったとしても。あの蒼い瞳だけは覚えているから。走る。走る。走る。
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