第11章 東京国
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〜Another side〜
「っ!こないで!!」
「!」
蹲み込んだおなまーえに駆け寄ろうとした黒鋼を、彼女は強く拒絶した。声が震え、体を縮こませた彼女はきっとリミットを迎えたのだろう。
「……おなまーえ?」
「……」
モコナが駆け寄ろうと立ち上がるが、オレはそれを静かに止めた。
「うふ、うふふふふ」
聞き覚えのある声で、聞いたことのない笑い声を出すおなまーえ。そんな邪悪な笑い方、見たことがなかった。彼女は静かに笑っているのが似合うのに。
「あっ、は」
足元から伸びる影が無数に広がり、彼女を包み込み始める。
「おなまーえちゃん、どうしちゃったの…」
「……」
戸惑うサクラの手を握る。けれど視線はおなまーえに向けたままに。だってこれはオレの犯した罪だから、目に焼き付けなければならない。
乱れた髪の隙間から覗く紫色の目はゆらゆらと、楽しそうに、だがどこか悲しそうに細まった。
「やっと!やっと手に入った!この身体は私のものよ!!」
声は溌剌としているというのに、しかしそう叫ぶ彼女の顔は絶望に満ち溢れていた。ぐるりと彼女はオレに視線を向ける。
「感謝するわ、魔術師さん!あなたのおかげでやっとこの子は体を手放してくれた!」
「……」
「本当に人間って愚かよね。愛だの恋だの、ほんっとくだらない!」
そして視線がわずかに下がる。サクラを狙っているのだ。
黒鋼と『小狼』がオレたちを守るように前に立つ。
「…ごめんね」
小さく呟いた言葉は、近くにいたサクラですら聞き取れないほどの贖罪。
恨まれる覚悟はできている。引導を渡したのは紛れもなくオレで、いずれこうなることを知っていて何もしなかったのもオレだ。
なのに。
――ガクンッ
こちらへと歩みを進めたおなまーえの足は、突如動かなくなった。
「…?」
楽しそうに笑っていた女は急に動かなくなった足を見つめて苦々しく顔を歪める。
「…ここまで我慢強いのは流石に気持ち悪いわよ、ワタシ」
「……っ」
女の足を止めたのはおなまーえ自身だった。わずかに残った意識がそれをさせまいと引き留めているのだろう。
ああ、いっそオレをもっと恨めばよかったのに。なんで彼女は最後まで真っ直ぐに生きようとするのだろうか。
阪神共和国で見たときの透き通るようなソウルジェムは、彼女の心そのものだった。他のどの宝石よりも綺麗で、オレなんかが触れてはいけないくらい崇高なものだったのに。
「……ねぇ侑子さん。なんでこんなことになっちゃったんだろうね」
彼女の頬に雫が伝う。口角は上がっていても、その表情は歪んでいる。まるで助けてと手を伸ばすように細腕が伸ばされたが、それは空を掴んだ。
「モコナ」
侑子が静かに呟くと、おなまーえの足元に魔法陣が浮かび上がる、
「うふふふふふ!!あはははははは!!!」
「……」
彼女の願いを知っていて、彼女の運命を知っていて、彼女の成れ果てを知っていて、見て見ぬ振りをしてきた。最後の最後、爪の先一つまでおなまーえからは目を離さずに。
――シュルン
不敵な笑い声とともに、彼女は魔法陣に吸い込まれていった。痕跡は何一つ、ソウルジェムすらも残らず、砂煙だけがたった。
「……え?」
姿のなくなった彼女に、一行は騒つく。移動魔法を使ったモコナ本人ですら混乱していた。
「おなまーえどこ行っちゃったの!モコナ自分でやってない!」
「……」
「おい魔女、まだ話せねぇとか抜かすのか」
「……」
侑子は少し考え込むように黙った。そしてゆっくりと口を開く。
「契約は彼女を送り届けるまで。それ以降については制限されていないわ。話しましょう」
侑子はおなまーえとインキュベーターと魔法少女の真実について語り出した。
「元々、あの子は魔力をもたない普通の女の子だった」
「……」
「普通に暮して普通に死ぬはずだった運命を曲げたのは、この旅とは何ら関係のないインキュベーターという生物たち。彼らと契約することで、おなまーえは魔法を使えるようになったの」
「魔力をもたないのに魔法とやらをどうやって使う?」
「……命を削るんだよ」
普通は魔力が備わっているから魔法を使うことができるけど、無理に使おうとすれば生命エネルギーを削られてしまう。彼女の体はそれを前提として造られたものだった。
「ファイ、あなたは彼女の本体がソウルジェムであることに気づいてたわね」
「……」
傷がすぐに治るのも、致命傷を受けても生きていられるのも、彼女の体が入れ物に過ぎないからこそ。
「生命エネルギーには限度がある。体はただの器に過ぎないから、彼女がソウルジェムと呼んでいた宝石、つまりおなまーえの魂は少しずつ穢れていく。それが溜まり切ると…」
「ああなるってわけか」
「ええ。彼女は今後、永遠のときを絶望と悲しみに苛まれて生きていく存在になるでしょうね」
「元に戻す方法は?」
「一度羽化したら、それは元の卵には戻れないわ。それにこれでやっと『元通り』なのよ」
「……どう言う意味だ」
「……」
侑子の言わんとしていることを察した『小狼』とファイは黒鋼から目を逸らす。きっと黒鋼はこの後に続く言葉を許さない。
「モコナは別として、小狼、サクラ姫、黒鋼、そしてファイ。この4人が本来あるべき旅のメンバーだったのよ」
「……」
「飛王・リードのシナリオには、彼女の存在はカウントされていなかった。もちろん私の差し金でもないわ」
「だからイレギュラーの4人目…」
「…ええ」
『小狼』の言葉を肯定して、侑子は口を閉じた。行き場のない怒りを、黒鋼は拳にぶつける。
脳裏に蘇るおなまーえの姿。初めの頃は無邪気に旅を盛り上げてくれていたけれど、近頃は思い詰めた顔をすることの方が多かった気がする。先程人間らしいと告げた言葉は、きっと真逆に受け取られていたのだろう。
「あいつはずっと耐えてたんだな」
「ええ」
「小娘がこれを知ったのは、ピッフル国でか」
「いいえ、レコルト国よ。魔法少女について記された書物を見つけてしまったようね」
「……」
「それでもたったひとつの楔を頼りに彼女は転化せずに済んでたのよ」
「……」
羽化した彼女は、ここまで我慢強いのは気持ちが悪いと言っていた。本来であればもっと早い段階で羽化していたものを、抑えて抑えて、そして最後の頼みの綱に裏切られた。
黒鋼はファイを見やる。
「最後の楔がテメェだって気付いてたのか」
「…うん」
「知ってて無視してたのか」
「……」
黒鋼はズカズカと歩み寄ると、ファイの胸倉を掴みかかった。先ほどまでのおなまーえに対する態度には不満があった。すべてを理解してあの態度をとっていたのであれば、拳のひとつふたつ入れないと気が済まない。
「……これが、オレの考えた結果だよ」
ファイは修羅の国で黒鋼が放った言葉を返した。
『そこの小娘のこともちったぁ考えてやれ』
そう。考えた結果、ファイは彼女を救う選択肢を切り捨てた。彼女を救えば、他にもっと多くのものを失うから。
「っ!!」
胸倉を掴む拳が震える。
黒鋼は、そういうことを言いたかったわけではないのに。
「黒鋼さん、やめてください」
「……」
サクラが制止の声をかけた。
「おなまーえちゃんはきっと遅かれ早かれ成っていたから、ファイさんのせいではありません」
「……」
「ありがとう、サクラちゃん」
「…でも。だからといって、ファイさんが許されるわけでもありません」
「……そうだね」
でもこれは誰が何と言おうと、オレのせいなんだ。
黒鋼は震える拳をゆっくりと下す。きっと不本意だろうに。せめてもの悪態として、今一番ファイが堪えるであろう告白をする。
「…小娘は、お前のこと慕ってたぞ」
「……知ってたよ」
そんなこと言われなくたって、知ってた。
思い出があった。魂のない体でも生きているという温かみがあった。これはなるべくしてなった必然ではない。オレが招いた結果だと。
――ザァァァアア
酸性雨の音がやけに大きく響いていた。
《第11章 終》
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