第11章 東京国
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「水の対価、確かに受け取ったわ」
先ほどサクラが命をかけて持ってきた卵をモコナの口の中に入れて侑子に渡した。きっと楽な道のりではなかったはずだ。たくさんの命を奪って、サクラはあの卵を手に入れた。
「……」
ファイの希望で、サクラは彼に膝枕をされている状態だ。おなまーえはそれをなるべく視界に入れないように侑子をまっすぐと見た。
「私が語れる範囲のことを伝えましょう」
侑子は静かに語り始める。
サクラの記憶を奪い、各次元に散らばせたのは飛王・リードという人物らしい。彼の目的は飛び散ったサクラの羽根を『願い』のために集めること。 この願いについては「誰もが夢見る、でも誰も叶えられない夢」と侑子は付け加えた。
目的達成のためには、玖楼国に埋まっている遺跡と世界を巡ったサクラの躰の記憶が必要なのだという。
「その為に飛王はサクラ姫の記憶を羽根にして、それぞれの次元に落とした。それを広い集める旅を貴方にさせる為に。既に飛王の企みを知っていた『小狼』を攫い、何も知らないけれど羽根を集める事を何よりも優先するもう一人の小狼を創り、黒鋼の母上を殺め国を滅ぼした」
「……何の関係がある」
黒鋼が訝しげに顔をしかめて問いかけた。
「貴方が諏倭を出て日本国の忍びになり、知世姫に仕え、いつか旅立つように。日本国で人を異界へ送れるのは知世姫しかいないから」
「俺が知世に仕えてたのは自分の意志だ」
「ええ、知世姫もそう信じている。だからこそ飛王の思惑を知っていても貴方を送り出した」
「……」
侑子が視線を黒鋼からファイに移す。釣られて、ファイの方を見てしまった。
「ファイ、貴方も同じよ」
「………」
「仕組まれた事とそうでない事、貴方はもう分かっているでしょう」
俯いたファイに、サクラが手を添える。彼の表情はとても穏やかになった。
「っ…」
ドロっとした醜い感情が溢れそうになる。おなまーえは慌てて下を向いた。
侑子は視線を正面に戻す。
「サクラ姫が様々な次空を越えてより安全にそれを『記憶』出来るように、もう一人の小狼、黒鋼、ファイ貴方達が集められた」
「モコナは?」
「モコナ、貴方達はあたしともう一人の魔術師クロウ・リードが創ったもの。飛王の思惑を阻止し、そして二つの未来のために」
全ては必然。ここに集った者たちには意味がある。だからこそ、名前を挙げられていないただひとりが残った。
「ちょっと待て」
黒鋼が声を上げる。
「この小娘はなんなんだ」
「……」
彼は俯くおなまーえを指差した。
飛王・リードの思惑に一切関係のない彼女は、誰かに頼まれてここにいる。
「彼女はイレギュラーの4人目。飛王の思惑とは全く別の理由でこの旅に連れてこられた」
「……」
「私の口からはこれ以上のことは言えない。契約違反に当たる上、干渉値を超えてしまうもの」
「なんだ、その干渉値ってのは」
「世界は一見無秩序のようで、揺れ幅を許しながらバランスを保つ事で維持されている。飛王が貴方達に旅をさせる事で既に崩れ始めているものもある。例えば過去が変わってしまった紗羅ノ国もそうよ。けれど崩れて生まれた新しいものにもまた意味が在る。全ては必然だから」
「必然、ね」
とても残酷な言葉だと思う。
私は、必然なんてもののせいでこんな体になったのか。
サクラが身体を起こす。
「……旅を続けます」
ファイがそれを支えた。
ああ、そのばしょは私のとくとうせきだったのに。
「小狼くんを、探す為に」
「小狼を追いかけて旅を続ければ飛王の思惑に添う事になるわ」
「……それでも行きます。小狼くんの心を取り戻す為に」
サクラの目は、初めて侑子のところに行ったときの小狼の目と同じだった。強い意志を宿した澄んだ目。
「オレ、一緒でもいいかなぁ」
ファイが口を開いた。
「今オレの左目は小狼くんの所にある。同じ魔力の源は引かれ合うから、小狼くん探すのに少しは役に立つかも。」
「…それはファイさんの本当の気持ち、ですか?」
サクラがおなまーえを一瞥して、ファイの手を掴む。
やめて、そんなあわれむようなめでみないで。
「私が行くっていったから、本当にやりたい事、隠してませんか?」
「……本当にしたい事だよ」
ファイの金色の瞳にサクラが映る。彼は乗せられていたサクラの手を優しく握った。
かれのめには、もう私はうつらないのかな。
「オレは治癒系の魔法は使えない。君の怪我も治せないウィザードだけど、一緒にいさせてくれる?」
かれからしてみたら、かってになおるじぶんは、ばけものなのかな。
「魔法が使えても使えなくても、ファイさんはファイさんです」
それを聞くとファイは優しく微笑み、握ったサクラの手を口元に持って行き、誓いの口づけをした。
「我が唯一の姫君――ヴィ・ラ・プリンシア」
「っ!!!」
それが決め手だった。
ギリギリのところで堰き止めていた感情が溢れ出す。
「っあ…」
「どうした!」
突然胸を押さえて蹲み込んだおなまーえに、黒鋼が駆け寄ろうとする。
「っ!こないで!!」
「!」
それがおなまーえの最後の叫び。微かに残った理性で彼を遠ざけ、彼女は は穢れに身を委ねる。ソウルジェムは完全なる闇に覆われた。
「……おなまーえ?」
「……」
モコナの怯えたような呼び声に、彼女は反応しない。蹲ったおなまーえはゆらりと立ち上がったかと思うと、口元をにやりとあげた。
「うふ、うふふふふ」
聞き覚えのある声で、聞いたことのない笑い声を出す。足元から黒い影のようなものが無数に生えてくる。
「あっ、は」
先ほどまで黙って俯いていたおなまーえは虚ろな目で立ち上がった。乱れた髪の隙間から覗く紫色の目はゆらゆらと、楽しそうに、だがどこか悲しそうに。
「やっと!やっと手に入った!この身体は私のものよ!!」
あれ、こんなこといいたいわけじゃないのに。
突然感じた膨大な魔力に黒鋼と『小狼』が身構え、ファイがサクラを庇うように立つ。可愛くてか弱いお姫様。ナイトがたくさんいて、さぞ気持ちが良いことでしょうね。
「感謝するわ、魔術師さん!あなたのおかげでやっとこの子は体を手放してくれた!」
「……」
「本当に人間って愚かよね。愛だの恋だの、ほんっとくだらない!」
くちがかってにまわる。
何を愛していたんだろう。何をもっていたかったんだろう。大切なものが少ないから、目的だけはちゃんと覚えたいと思っていたのに。
あぁ、もうまもってもらえないんだ。かれはさくらちゃんをまもるのか。
じっとこっちを見据える目は金色だった。敵意に満ちた目。あの大きくて温かい手がこちらに差し出されることがないなんて、わかっていたのに。
サクラに向かって一歩歩みを進める。
何やってるんだろう、私。
――ガクンッ
楽しそうに笑っていた女は、動かなくなった足を見つめて苦々しく顔を歪める。
「…ここまで我慢強いのは流石に気持ち悪いわよ、ワタシ」
私の願いってなんだったんだっけ。私の愛した人って誰だったんだっけ。姿は見えるのに、意識がおぼろげで何も思い出せない。
「……ねぇ侑子さん。なんでこんなことになっちゃったんだろうね」
頬を伝う。口角は上がっていても、その表情は歪んでいる。まるで助けてと手を伸ばすように。
白金の野原が見える。この完成された底で、どうしてあんなにも綺麗なものと繋がっていられたのだろう。
「……モコナ」
侑子が静かに呟く。終わりを告げる、断罪人のように。
おなまーえの足元に魔法陣が浮かび上がった。
「うふふふふふ!!あはははははは!!!」
楽しげで、だがどこか虚しい笑い声は、魔法陣とともに消え去っていった。
――シュルン