第11章 東京国
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「こいつの左目はどうなる」
「…はっ」
黒鋼の言葉に我に返った。
「吸血鬼になる前の傷は治癒しない。抉られたなら空ろなまま」
「……」
「吸血鬼は不老不死ではないわ。それは伝説上だけの話よ」
太陽も聖水も弱点ではない。神威と昴流は原種だから驚異的な治癒能力を持っているが、後天的な吸血鬼は少し人間より丈夫で老化スピードが遅いだけ。
「ファイは元来強大な魔力の為に長命だから、それはあまり変わらない。既に黒鋼、貴方の何倍も生きてるしね」
「……」
「今までと違うのは、生きていく為に血を…餌の血を必要とするという事」
「そんな事も知らずに餌になる事を承知したのか。魔女の取引がおまえに有利かも分からないのに」
「……」
神威の言うことは最もだった。しかしすでにファイは瀕死の状態だった。
「あと数瞬遅れてたらこいつは死んでただろう。それに…」
黒鋼はファイを押さえつけながら、顔だけモコナに向けた。
「魔女が何を考えていようが、あれが信用してあの女に助けを求めたんだ。俺はあれを信じる」
「…黒鋼」
モコナはいつもいつも旅のみんなを笑顔にさせてくれて、誰よりも仲間のことを想っていた。
「もうひとつ」
侑子が思い出したかの様に口を開いた。
「奪われた左目を取り戻せば、ファイの魔力も戻る。そうすれば吸血鬼の血も打ち消せる。ファイの左目が戻れば、貴方の餌としての役目も終わる」
「ファイ、目が戻ったら血はいらなくなるんだね!!」
「よかった…」
モコナは声を明るくして言った。おなまーえもほっと胸をなでおろす。
「……オレを試したな」
楽しくないように黒鋼は侑子を睨みつけた。
――ズルッ
ファイが力なくベッドに手をつく。そして黒鋼の顔をじっと見つめ、荒い呼吸を繰り返したかと思うと、あっけなく倒れ込んだ。額の汗はグッショリと髪を濡らして、峠を越えたことを察する。
「ファイ優しいから、きっとこれからもっと辛い。でもね、やっぱり死んじゃったらやだよ」
「……」
「……」
『小狼』は静かに眼帯を差し出した。先ほどまで彼がつけていたものだ。この先ファイの左目は虚ろになる。
「……」
黒鋼が受け取りその目に巻きつけた。
「けれど左目が戻らなくても、ファイには貴方の血を飲まないという選択だって出来るのよ。どんな方法を使ってでもね」
「……」
黒鋼は答えない。
「これからも笑っているからといって、その子が納得したとは限らないわ」
「…分かってる」
黒鋼はファイを抱きかかえ立ち上がった。
「聞きたい事はまだあるが、まずは地下の水だな」
「モコナ、黒鋼と一緒に」
「うん」
「おい小娘、お前も…」
「は、い…」
立ち上がろうとしてくらりと目眩がする。
先の戦いで生命エネルギーを使いすぎて、体を動かすのも限界を迎えていた。こうしてファイの無事を確認できた今、緊張の糸が途切れたように意識が遠のく。
――バタン
おなまーえは勢いよく倒れ込んだ。
「!?」
「やめなさい」
黒鋼が駆け寄ろうとすると、侑子がそれを止める。
「触るのは危険よ。今のおなまーえはとても繊細なの。羽化しそうな卵と言えばいいかしら」
「こいつは何を孕んでんだ」
「今は答えられない。時がくるまでは本人にもわからないこと、と聞いているわ」
「誰の言葉だ?」
じろっと黒鋼は侑子睨みつける。第三者が彼女と関係しているのは明白だった。
「この旅に干渉している者ではないわ。あなたには全く関係のない依頼者。今は水についてが先よ」
「このまま放置しといて、戻ったらいなくなってるなんてことはねぇだろうな」
「ええ。まだ時間はあるわ」
「……」
黒鋼は納得のいかない顔をしたが、渋々地下へと足を向けた。
**********
「ちげぇ。もっと腰に力入れろ」
「はい」
窓の外では黒鋼と小狼が稽古をしている。季節は冬。彼らは半袖。おなまーえは部屋の中で身震いした。
「こんな寒いのによくやりますよね」
ひーっと効果音をつけて呟く。その手にはおたまが握られ、くるくるとシチューをかき回している。
「2人が戻った時のためにお風呂沸かしとこっかー」
「あ、私が行きます!」
「サクラちゃんは手べとべとだからいいよー」
ファイはお風呂を沸かしに行った。
サクラは頑張り屋だ。今だってパンを一生懸命に捏ねている。
「だんだん様になってきたね。パン職人にもなれるんじゃない?」
「ほんと?嬉しい!」
「モコナも職人なるー!」
「モコナは食べられる方でしょ?」
台所に暖かい笑い声が響く。
――ガチャ
「あ、お帰りなさい!」
サクラが部屋に入ってきた小狼に駆け寄る。
「怪我はない?」と彼の身体をペタペタ触るため、小狼の顔に小麦粉が付いていく。
「ひ、姫…」
「あれー?小狼くん粉だらけだー。お風呂先に入ってきていいよ」
「あ、ごめんなさい!」
ファイがへにゃんと笑ってその背中を押した。
黒鋼がカウンター越しにおなまーえの前に立つ。
「酒」
「もー、黒鋼さんはそればっかりですね!でも、ちゃんと用意しておきましたよ。あ・つ・か・ん!」
「気が効くじゃねぇか」
彼はニヤリと笑って熱燗を受け取る。
「おなまーえちゃんオレにはー?」
「ファイさんにはこちら。ホットワインです!」
「おなまーえちゃん最高ー!」
ファイはおなまーえの頭をうりゃっと撫で回した。
これはもう叶わない過去の記憶を継ぎ接いだもの。夢ですら叶わない、幸せな幻想。二度と戻らない、光に満ちた瞬き。何も知らず、何も考えず、ただ自国に帰ることだけを目的にしていた無知な私の、日常だったもの。