第11章 東京国
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
――キィィイイイイ
突如、甲高い音が辺りに響いた。
「「「!?」」」
おなまーえと黒鋼はもちろん、これまで表情を一切変えなかった小狼も少し表情を歪ませる。まるで出会いたくないものに遭遇したかのように。
――フォンっ
音とともに彼らの間に現れた魔法陣は、みながよく知っている模様で、そしてそこから現れた人物もまた、みながよく知っている人物。翡翠色の綺麗な瞳を携えた彼は、青い瞳の地震と対峙する。
「小狼くんなの…?」
まるで合わせ鏡を見ているかのよう。同じだけど、同じではない。
そして全ては必然だから、タイミングよく物事は重なる。
「みんな…!」
「っ!」
『小狼』の登場に合わせるかのように、サクラが目を覚ました。彼女は貯水槽の中央の球体の中に囚われている。
「サクラちゃん…」
左目から血を流すファイ。拳を握り締めた黒鋼。回復が追いつかない傷だらけのおなまーえ。悲痛な叫びをあげるモコナ。そして、返り血に塗れた小狼。
「っ!!」
その光景はとても残酷で、レコルトの時に列車内で笑い合っていた仲間とはかけ離れた姿で、サクラは大きく目を見開き、顔を歪ませた。
「……」
小狼の胸から光の球が抜け、『小狼』の手に渡った。光の球はそのまま『小狼』に吸い込まれる。彼が眼帯を外すと、そこにはおなまーえの知っている小狼と変わらない、力強い目があった。
「心の半分。おれが昔おまえに渡したものだ」
「……」
「どういう事だ!?」
「…造られたモノだったってことなんでしょうね」
これまで一緒に旅をしてきた小狼は、『小狼』をもとに造られたクローンで、ただ羽を集めるだけの機械に過ぎなかった。それに心の半分を分け与えたのが『小狼』で、大事に育んできたのが小狼。たとえ与えられた偽物の心でも、その軌跡は紛れもなく小狼のものなのに。
「もう元には戻らないの?『小狼』くん」
「…一度封印が切れたものを、その魔術師があいつに戻そうとしたんだ。その奪われた左目と共に」
「……」
「けれど切れた封印はもうどんな方法を使っても戻らない。魔術師も分かっていた筈だ。それでも賭けたんだろう、可能性に」
ファイは手を尽くした。こうならないように自ら関わりに行ったのだ。初めから関係ないとよそ見をしていたおなまーえとは違う。
『小狼』は再び小狼に向かい合う。
「おれはおまえの右目を通してずっと見てきた。おまえが出逢った出来事や人達を。あのサクラを一番大事だと思ったのは『おれの心』じゃない!おまえだろう!!」
「……」
――ブンッ
小狼が『小狼』に回し蹴りをした。
もう彼の心には誰の言葉も入らない。サクラの悲痛な叫び声だって。
小狼と『小狼』は戦い方も力もほぼ同じだった。お互い脚で攻撃し、防いではまた攻撃をする。その繰り返し。
黒鋼が焦ったく思い、モコナに向かって叫んだ。
「刀!」
「え!?」
「刀出せ!!」
「う、うん!」
蒼氷は上に置いてきてしまったから、いっそ緋炎で戦いに参加しようとしたのだ。だが横目にそれを確認した小狼が、それを魔法で自身の元へ引っ張っていった。
「「!」」
「黒鋼に刀渡そうと思ったのに、小狼に魔法で緋炎取られちゃった!!」
武器を得たことにより、小狼の方が有利な状況となった。小狼は緋炎にファイから奪った魔力を纏わせる。そして一振りした。
――ゴォォ!!
何倍にも膨らんだ炎の塊が『小狼』に直撃する。当然周りにも被害が生じ、咄嗟におなまーえはファイに覆いかぶさり身を呈して守る。
「サクラ!黒鋼!ファイ!おなまーえ!小狼ー!!」
モコナが仲間の名前を叫ぶ。
「小狼くん!小狼くん!!」
殻の中にまでは炎は及ばない。サクラは目に涙を浮かべ、力一杯叩いた。
「っ…」
音と熱が収まる。おなまーえは顔を上げた。
なんとか『小狼』は無事のようだ。あちこちでまだ炎が上がっており、貯水槽は崩れかけている。
「……」
この国の事情は関係ない。でもここの大切な資源である水を無駄に使ってしまったのは私たちだ。関係ないと目を瞑り、痛い目を見るのはもう嫌だ。
おなまーえは貯水槽の隅から隅まで糸を張り巡らせ、崩れゆく水槽を補強した。
「……おれがおまえに心の半分を渡した時、『鏡』ごしにおまえに言ったな」
「……」
「右目の封印が切れておれの心がおまえから離れるまでに、おれのじゃないおまえ自身の心が産まれる事に、おれは賭けると。おまえが過ごした日々と人達の中で、おまえ自身の心が育つのを信じると』
小狼が過ごしてきた日々。
阪神国での正義、笙悟、プリメーラ。
高麗国での春香。
ジェイド国でのグロサム。
桜都国での譲刃、草彅、蘇摩、龍王。
沙羅の国での蒼石、鈴蘭。
修羅・夜摩の国での阿修羅王、夜叉王。
ピッフル国での知世。
そして旅を共にする黒鋼、ファイ、おなまーえ、サクラ。
みんな、小狼が出会って心を通わせた人たち。小狼の心には、もう彼らの想いは残っていない。
「けれど…」
風が巻き起こり、『小狼』の足元に見たことのない魔法陣が浮かぶ。
「もし右目の封印が切れる時が過ぎても間に合わず、おまえに心が無ければ…創ったものが強いるままにただ暴走を続けるのなら……」
彼は左の掌から一本の剣を引き抜く。
「おれが、おまえを消すと」
そして先ほどの小狼と同様に一振りした。
「雷帝招来!!」
――ドォーーッ
『小狼』の剣から雷のような閃光が走り、小狼の小さな体を吹き飛ばした。『小狼』が距離をつめ、追い討ちをかけようとその首に切っ先を当てがったとき。
「やめてぇ!!」
「っ!」
悲痛な叫び声がこだまする。サクラの涙ながらの訴えに、ほんの一瞬『小狼』が躊躇した。
「!!」
小狼はそれを見逃さず、『小狼』の太ももに緋炎を突き刺す。
「っあ!!」
そのまま剣を引き抜かれた『小狼』はどさっと倒れこむ。太ももからはドクドクと血が流れ出た。
「……」
小狼はゆっくりとサクラに向かって歩き出した。
――ずぷっ
小狼は球体に閉じ込められているサクラに切っ先を向けた。ポタリと『小狼』の血が滴り落ちる。彼は球を斬りつけると、中にある繭に向かってもう一振りした。
「!?」
――ポゥ
サクラの羽根が出現した。嫌がるサクラの腕をグイッと引っ張ると、その胸に羽根を押し当てた。羽根はいつもと同じようにサクラに吸収され、彼女は意識を失う。
「羽根は取り戻す、必ず」
小狼は冷たく呟くと、サクラの体を片手で支えた。
「……この世界にもう羽根はない。ならこの世界に留まる必要もない。次の世界で羽根を探す」
サクラの呼びかけも、『小狼』の決死の攻撃でも彼には届かない。
――キィィイイイイ
再び甲高い音が響く。小狼の前の空間が切り裂かれた。時空の切れ目だろう。小狼はサクラから手を離し、その切れ目に向かって歩き出した。
――きゅ
サクラが最後の力を振り絞って、小狼の腕を掴む。彼の足が止まった。
「小狼くん……行か、ないで」
「……」
サクラの泣き顔に、一瞬だけ小狼の頬がピクリと動いたが、彼はその手を振り払い切れ目に向かって再び歩き出した。
「しゃおら…」
サクラが手を伸ばすが、小狼には届かない。彼が隙間に入ると、切れ目はすうっと閉じてしまった。
――ドサッ
何かあったときのために、ギリギリまで体力を残していたがどうやら限界のようだ。おなまーえは力なくその場に倒れる。
「おなまーえ!大丈夫!?」
「なんとかね…」
モコナの呼び声に意識半分で応対する。魔力を、生命エネルギーを短時間で使いすぎた。でもまだ大丈夫。魔女にはならない。
次の瞬間、モコナの額の石が光った。
――ピカッ
空間に映し出されたのは次元の魔女、侑子の姿だった。
「みんな無事かしら」
「侑子!!」
モコナが声を上げる。
「黒鋼!ファイが!おなまーえとサクラも『小狼』もみんなみんな怪我してるよ!」
モコナの目から涙が溢れる。
「……」
「…後で聞かせろ魔女。全部な」
「……」
黒鋼の言葉に、侑子は辛そうに目を閉じた。各々が負った傷はあまりにも大きかった。