第11章 東京国
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部屋に戻る前に小狼とすれ違い、モコナを貸してほしいと言われたのでまだ寝ていたモコナを手渡した。
ずいぶんと時間が経ってしまっていたようで、窓枠の外から鈍い光が差し込んでいる。部屋には黒鋼とサクラの姿しかなかった。
「…小狼くんとファイはどこに行ったんですか?」
「狩りだとよ」
「あぁ…食べ物の調達ですか」
郷に入れば郷に従え。世話になる以上、この国のルールには従わなくてはならない。もっとも、この荒廃した土地でマトモな生命は残っていないだろうから、果たして何を狩ってくるのかわかったものではないが。
「小狼くん、怪我してるのに大丈夫ですかね」
「……お前もだろ」
「腕の怪我ならもう治りましたから、大丈夫です」
「……」
昨日矢を受け止めるために犠牲にした左腕には、傷の跡すらも残っていない。いくら魔法に疎い黒鋼でも、これが魔法の類でないことは分かっているはずだ。
「…生まれつきの体質じゃねぇな」
「まぁ。なんていえばいいんですかね。力を得るための犠牲…ですかね。まぁ便利なので困ってはいません」
「……」
「気持ち悪いですか?」
「あ?」
「火傷しても、心臓を突き抜かれても、私の体は魔力で補修すれば動くんです。バケモノみたいですよね」
傷がすぐに治るだなんて異常だ。自分のことですらそう感じているのだから、魔法のない国で生まれ育った黒鋼には、一層奇妙なものに感じられるだろう。
「……」
聞かなくてもわかることをわざわざ尋ねる程度には、私は彼に期待をしているのだろうか。ファイを糾弾していたように、私のことももっと聞いてほしいって。
「お前は…」
「?」
ゆらりとおなまーえに影が降りる。大きな体は彼女を見下していて、頭二つ分違うからその分圧力がある。
「え、ちょっと…」
顔を上げたおなまーえが思わず後ずさった瞬間。
――ゴツンッ!!
「イッ!?!?」
鋭い拳が頭に降り注いだ。感覚は遮断しているはずなのに、脳奥まで響くそれは本気で殴られた痛みだ。思わず頭を抱えて顔をしわくちゃにする。
「イッッたいなぁ!!何するんですか!!」
痛みをそのまま文句に変換して、未だ拳を握り締めている黒鋼に向かって声を荒げる。
前々から言葉より暴力に訴える人間だと思っていたが、こうもストレートに殴られるとは思ってもいなかった。仮にでもこちらは女の子だ。一見どこからどう見ても普通の女の子を殴るなんてどうかしている。
「痛みは感じるんだな」
「遮断してたけどすっごく痛かったんです!!黒鋼さんの馬鹿力はなんなんですか!」
「感じるってこたぁ、便利でもなんでもねぇな、その体質は」
「私の話聞いてる!?!?」
「あーうるせっ」
「黒鋼さん!?」
突然殴られたかと思いきや、便利でもなんでもないなんてディスられて、決して温厚ではない性格の私の怒りは最高潮に達した。
「本当に横暴なんだから!女の子殴っておいて謝罪のひとつもないんですか!?」
「ああ、そうだな。悪かった」
「っ!だから!!」
「普通の小娘なんだろ?お前は」
「………はい?」
「『はい?』じゃねぇだろ。散々自分で言ってただろ」
黒鋼の思わぬ発言に拍子抜けする。
確かに旅の途中途中で、おなまーえは「普通の女の子」宣言をしていたが、そんな前のことを覚えているのは少し意外だった。旅の仲間というものに最初から興味なさげにしていた彼だから、そんなこと忘れているものと思っていた。
「殴られれば痛みは感じる。戦いになれば恐怖も感じる。慕ってる奴に声かけられたら嬉しくもなる」
「!」
黒鋼に、ファイへの想いは気づかれているとは思っていたが、こうして直接口に出されるのは初めてだったから、恥じらいに頬を染める。
「ハッ、そんな顔もできるじゃねぇか」
「っ!だ、だから何が言いたいんですか!?」
「オレは日本国で化生と戦っていたが、そいつらに比べればずっと人間らしいと思う」
「…っ」
悪気がないというのはわかっているのに、黒鋼の言葉が痛くて心がヅキヅキする。
やめてください。それ以上は言わないでください。それは私を救わない。それは私を傷つける。やめてください、お願いだから。
だが黒鋼は善意で続きの言葉を告げた。
「どっからどう見ても普通の小娘だ、お前は」
「っ!」
ひゅっと息を吸う。
今の私には、なんの慰みにもならない言葉。
黒鋼は魔女がどんなものか知らないから、自国の化生と比べて人の形をしている私は人間だというけれど、本当の私の姿を知って同じことは言えないだろう。
「……」
人間らしいだなんて、今更そんなことを言われても。
魔女になる方法を回避できる可能性がある段階であれば、彼の言葉はとてもとても嬉しいものだっただろうに。もう私は普通の女の子ですらないのだから、彼の善意による言葉は裏目に出た。
「……ありがとうございます」
震える声で、心のこもっていないお礼を述べる。バケモノになるしかない私の運命は、太陽のような彼にはきっとわからない。
黒鋼は何も悪くない。彼は見て得た情報から、私の欲しいであろう言葉の最適解を導き出したに過ぎない。それが少し遅かっただけで。
「……」
よろよろとサクラが横になっている寝台に腰をかける。ちらりと横目にサクラの顔を覗く。彼女のように普通になれたら、どんなに良かった事だろうか。
白い肌、ツヤの入った焦茶色の髪。横になった彼女はまるで死んだように眠り続けている。
「……あれ?」
死んだように眠り続けている。
「何かあったか?」
「えっと、その…」
体をピクリとも動かさず、お腹すら上下に動いていなかったから違和感を覚えて、サクラの手首を掴む。氷のように冷たいそれはまるで血が通っていないようで。
おなまーえの表情を伺った黒鋼もハッとして駆け寄り、サクラの肩を掴み起き上がらせた。
「サクラちゃん…?」
「おい姫!」
「サクラちゃん!!」
「おい!!」
どんなに呼びかけてもサクラは起きない。いつもと明らかに様子が違う。黒鋼が彼女の口元に手をかざした。
「…息してねぇぞ」
「っ!?」
昨日、ここに運ぶまでは普通に息をしていたはずだ。寝ている間に襲われたのであれば小狼が真っ先に気がつくだろうし、第一外傷が見られない。
衰弱死も考えられたが、これよりずっと長い間寝ていたこともある。レコルト国では栄養のついた食べ物を摂取していたから、このタイミングは考えにくい。
黒鋼はサクラを抱き上げる。
「医者に!」
「でもここにお医者さんは…!」
「……いいえ、それは治療で治せるものではありません」
「「!?」」
半分パニック状態になっている黒鋼とおなまーえを諫めるように、冷静な声が部屋に響いた。
入口から遠慮気味に入ってきたのはこの国の女性だ。昨日他の人を説得して、ここに止まる許可を取るのに協力してくれた人で、牙暁という名前だった気がする。比較的穏やかな女性だった。
「サクラちゃんのこと、何かご存知なんですか!?」
「全てはわかっていませんが、少しだけなら」
牙暁は落ち着き払った様子でまっすぐ話す。
「貴方達は異世界、別の次元から来たんですね」
「…何故そう思う」
「夢で視たんです、貴方達が来るのを。未来が視えるんです」
「未来?」
「いつもじゃありません。ただ時折、何かこの東京に大きな変化が起こる時に。神威が来た時も視ました」
「…おまえ『夢見』か」
「貴方の国ではそう呼ばれているんですか?」
「ああ。結界を張る姫巫女の中に夢で先を見るものが希にいる。その巫女を『夢見』と呼んでいた」
黒鋼は誰かを思い出すように語った。
「その子は眠っています」
「寝ているだけで息は止まらねぇ」
「体ではありません。眠っているのは魂です」
「魂…」
魂が離れた体は眠りにつき、機能を停止する。それは魔法少女とて同じこと。魔法少女でも、ソウルジェムから離れて行動できるのはせいぜい100メートルが限度。だからサクラの魂はそれよりずっと離れたところにあるということ。
「戻す方法はあるんですよね」
通常の人間であれば、魂が体を離れた時点で死んでいるはずだろう。それでも牙暁は「眠っている」と表現した。即ち蘇生の余地はある。
「サクラちゃんの魂は今どこに?」
「……」
牙暁は静かに首を振った。
――ドォンッッ!!
「「!?」」
「今度は何!?」
突然建物の崩壊音が鳴り響いた。ピリピリとした大地の揺らぎに一同はよろめく。
この『都庁』はなんらかの力によって、酸性雨や他生物からの攻撃に耐え抜いてきていた。コンクリートでできた建物の一部が崩壊しているということは、その力が無くなったということ。
「牙暁さん、これって…!」
「……『都庁』を守っていた結界が消えました」
「!」
「何が起きてんだ!?」
黒鋼はよく分かっていないようだが、おなまーえの頭の中で歯車が噛み合うように全ての情報が繋がった。
この荒廃した世界でほぼ唯一無事だった建物。生命線ともなる水。牙暁の発した『結界』という単語。意識の戻らないサクラの身体。行方の分からなくなったサクラの魂。そして、モコナが感じた地下からの羽根の鼓動。
「っ!牙暁さん!地下には何が!?」
「貯水槽です」
「そこに私たちを連れて行ってください!」
「…わかりました」
牙暁に、おなまーえと黒鋼も続く。走りながら黒鋼が問いかけてきた。
「おい小娘、おまえは分かってんのか」
「推測でしかありません」
「いい。言え」
まだ確証は得ていないが正解に限りなく違い答えは持っている。階段を転がり落ちるように降りながら、おなまーえは一つの可能性を示唆する。
「おそらくここを守っていたのはサクラちゃんの羽根です。モコナが言ってた、地下にある不思議な力。でもその守りが消えたってことは、誰かが持ち去ったか…」
「姫に取れこまれたかってことか」
「はい」
「でもここにある身体は何ともないぞ」
「羽根を必要としてるのは、彼女の身体ではなくて、魂なんじゃないですか?」
「別のモンなのか?」
「少なくとも経験則では」
「経験?」
「でもまだわからないことだらけです。とりあえず行ってみないことにはなんとも」
地下に行けば、サクラの魂があるかもしれない。そのとき、おなまーえはその程度の考えでしかなかった。貯水槽であんな悲しいことが起きてるだなんて、知る由もなかった。