第11章 東京国
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――サァァァアア
雨が徐々に強くなってきた。
「よかったー、あの建物雨宿りできそうだよー」
黒鋼、小狼、ファイ、おなまーえの順に建物の中に駆け込む。一同はふぅと息をついた。
雨は煙のように降り注ぎ、一寸先ももう微かにしか見えない。
「もうちょっと遅れてたら穴だらけになってたねぇ」
「セーフだ!」
モコナがぴょんぴょんと跳ねる。
「……いや、そうでもねぇぞ」
一時的な雨宿りに喜ぶのも束の間、黒鋼は奥を見て否定的な声を出した。促されて一行は目を奥に向ける。
「「!!」」
「……」
ファイと小狼の顔がひきつるのに対し、おなまーえは無表情にその赤から目を逸らさなかった。
赤、赤、赤。とても綺麗な赤色。
瓦礫とともに積み上げられた人の死体。ボウガンのようなもので刺され、命を落とした人の山。血の痕跡から日が経っているものも真新しいものも混在していて、まるで死体をかき集めて見せ物のように晒しているよう。
ここは危険だ。でも人の形をしたものがあるということは、この国は無人ではない。そこだけは唯一安心できるポイントである。
冷静に分析するおなまーえの前に黒鋼が立ちはだかる。
「黒鋼さん?」
「おまえは見るな」
「別に、平気ですけど」
「いいから見るな」
広い背中。守るべきものがあって、帰るべき場所があって、やりたいことがあって。そんな黒鋼はきっと恵まれているのだと思った。全てを失った彼の過去を知らないから。
視界を遮られても、漂う腐臭は凄惨な死の匂いだった。
「ホンモノだね」
「あぁ、殺されてる」
「サクラちゃんが眠っててくれて良かったよ」
「モコナ、中に入ってていいから」
「……」
小狼が気を使って中に隠れるように勧めたが、モコナは首を振った。
「サクラの羽根の気配探さなきゃ」
「…ありがとう。羽根の気配、感じるか?」
「わからない。でもすごく大きな力を感じる」
「どこから?」
「…下」
モコナの言葉に一同は下を見つめる。砂利と砂埃で覆い尽くされたコンクリートタイルの下。遥か地下に羽根の気配はあるという。
ひとまず建物を見てみないことには始まらない。小狼とモコナが様子を観察しに奥へと進んだ。
「ご遺体の様子的に、バリケードみたいなものですよね、コレ。安易に中に入って良かったんですか?」
「だとしてもここでただ雨があがんのを待ってるわけにもいかないだろ」
「地下に行く階段も見つかるかもしれないしね」
「……」
この酸性雨の中で、視界に入る限り唯一残っていた建物。人が住めるくらいは十分大きな建物だし、電気やガスは使えないだろうが、水はおそらくあるのだろうと予想していた。
まさかその水がこの国争いの種であり、貴重な資源だとはこのとき思ってもいなかった。
「小狼!!」
「「!」」
小狼の進んで行った方向、建物の奥からモコナの悲鳴じみた声が聞こえる。何かあったのは明確だ。
――ダッ
すぐに黒鋼が応援に向かう。おなまーえとファイはサクラを引き受けて物陰に隠れながら進み、様子を伺った。
小狼と対峙しているのはフードを目深に被った者たち七人。背丈は異なるが、薄汚れた布は分厚く、頭から足の先まですっぽりと覆われている。わずかに露出しているその手に握られているボウガンは鋭く光っていた。
「あっ」
小狼がバランスを崩し、足に矢が突き刺さる。血が飛び散った。
「小狼!!」
モコナが悲痛の叫びをあげる。足からダラダラと鮮血を流す小狼。黒鋼はまだ様子を見ている。
「さっきの蹴りカッコよかったなー」
「何悠長なこと言ってんの、侵入者よ」
「その上泥棒」
「で、どうする?神威」
「……」
先頭に立つ人がフードを脱いだ。黒髪の、幼い顔立ちの青年が顔を出す。酷く美しく、物憂いげな表情が印象的だった。
神威と呼ばれた青年は真っ直ぐに小狼を見下す。
「…お前『エ』か」
「『エ』?」
「……」
彼の言う『エ』がなんなのか分からず、首をかしげる小狼。だが神威と呼ばれた青年はそれに答える気は無いようだ。
「殺す」
「っ!」
彼は有無を言わさずボウガンを放つ。狙いは正確で、足を痛めている小狼は避けられない。先程の矢とは威力が違う。
――ガッ
矢は黒鋼が投げた瓦礫に弾かれた。
「黒鋼さん!」
「ちょっとうろついただけでこれかよ。白まんじゅう、刀」
「うん!」
モコナの口から現れる大きな剣。レコルト国では出せなかったそれも、防御魔法がないこの場所ではいつも通り取り出すことができる。
蒼氷が黒鋼の手に渡った。
「手出しして来たのはそっちだぜ」
彼は刀を構える。
「まだいた」
「あの武器もかっこいー」
「どこの区よ」
黒鋼が出たことで向こうのギャラリーも騒つくが、慌てる様子は一切ない。それほどまでに青年の強さを信頼しているのか。
青年は瓦礫の上から飛び降りて黒鋼に襲いかかる。
あろうことか、青年と黒鋼の実力は互角、またはそれ以上だった。
「あの黒鋼さんが押されてる…?」
指先で黒鋼の刀をしなやかに交わす神威。見たこともない体術だ。
「……」
2人が戦っているのをいいことに、相手のギャラリーのうちの1人が小狼の頭を狙ってボウガンを構えた。
「!!」
「小狼くんっ!」
おなまーえは咄嗟に引き留めようとするファイの手を振り払って、小狼の前に飛び出した。
小狼は今足を怪我していて動けない。彼の脳天が突き破れるよりは、私が身を挺した方が幾分かマシだ。
――ズグシッ
ボウガンは彼女の左腕に刺さる。痛覚を遮断したため痛みは感じないが、垂れ流れる赤い液体は非常に不快だ。
「…全く、なにやってんの」
「おなまーえさん…?」
こんなところで油を売ってる場合ではないだろう。羽根を探してさっさと次の世界に行くのが目的で、そのためであれば多少の荒ごとはこなしてきたじゃないか。
つまりあいつらを全員殺せば早く解決することだろう?
「おなまーえさんその血っ!!」
「!」
おなまーえが身を乗り出そうとすると、ダラダラと流れる血を見て小狼が声を上げたため、我に帰る。
今何を考えてたんだっけ。夢うつつだったから、よく覚えていない。
「大丈夫。すぐ治るよ」
「でも!」
「小狼くんも『見た』でしょ」
「……」
レコルト国で炎に包まれた私になんの傷も残っていないことは知っているはずだ。私に治療は必要ない。この入れ物は魔力を注げばいくらでも動くと、薄々気がついていることだろう。
矢を引き抜くと血が止まる。服の袖で皮膚に付着した血を拭った。
「腕で受け止めた」
「痛みがねぇのか?」
突如現れたおなまーえに、フードを被った男たちはにわかにざわつく。
「痩せ我慢かもしれないよ」
「もう一発打ってみりゃわかるだろ」
大男がこちらに矢を向けた。
――ひゅっ
「っ!」
放たれたボウガンを、糸を器用に扱い、縦に引き裂いた。真っ二つに裂けた矢はおなまーえと小狼の両脇に力なく落ちる。鉄でできている先端ですら綺麗な断面になっている。
「なになに?矢が真っ二つになったよ」
「すげえ、あの女何者だ」
「見ねぇ顔だな」
弛んだ白い糸は彼らには見えなかった様子。彼らはただ武器を持っただけの力ない人間だ。
「神威みたいなやつだな」
「俺らで相手できるかな」
7人はあからさまに警戒の色をあらわにしてこちらに矢を向けた。神威とは異なり、彼らは精鋭というわけではなかった。身体能力の強化されたおなまーえにしてみれば、彼らの矢はスローモーションに見える。
――ドゴォォン
「「「!?」」」
突如激しい音と埃が舞い、一同の意識は黒鋼と神威に注がれた。
黒鋼が刀をふるい、神威を突き飛ばした。勢い余った神威はコンクリートの壁にめり込むほど痛々しい音を立てる。
小狼とおなまーえに構っていた7人も、思わず駆け寄ろうと前のめりになる。
「か、神威!!」
「…寄るな。そっちにも手を出すな」
土埃がパラパラと落ちる。劣化していたとはいえ、コンクリートにあれだけ体を打ち付けて、血の一滴すら流していない神威。
平然と地面に降り立ち、まるで痛みを感じていないような仕草に、先程の人たちの「神威みたいなやつ」という言葉が繋がった。
「……」
彼は人間じゃない。私と同じ、化け物なんだ。
にわかに覚えた親近感は他人事だ。私は私で化け物らしく生きている。向こうにも相応の悩みの種があるのだろうが、それは私には関係のない話。まるで似たような境遇の俳優をテレビ越しに眺めているような気分だ。
ただ、人ならざる者の存在は、彼女に少なからず安心感を与えた。
――フィィィィイ
あたりに不思議な音が響く。耳をつんざくような高音だ。
「タワーの奴らだ」
地面に降り立った神威は黒鋼から目を逸らす。幸いにもこちらに対する殺意は消えた様子。最早眼中になしとでもいうように、彼はマントを翻す。
「おい、まだ終わってねぇぞ」
「……」
「神威飽きっぽいからなー」
「あぁ?なんだそりゃ!?」
「ちょっと神威、1人じゃ駄目よ!」
「……」
「聞いてねぇし」
「あぁ、もう」
ボウガンをもった人たちはバタバタと忙しそうに動き始めた。この国にはこの国なりの事情があるようだ。泥棒呼ばわりされたことは心外だが、その不審者よりもずっと恐れている敵がいる様子。
こちらにとっては都合が良い。