第11章 東京国
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もっと力があれば。もっと機転が効けば。もっと運が良ければ。こんなことにはならなかっただろう。
欠けた宝石は決して元に戻らない。落ちた花弁は決して元に戻らない。人生とは、得てして後悔の連続なのかもしれない。
東京
――シュルン
慌ただしく移動してきた割には丁寧に着地した。全員揃っているようだ。
「姫は…」
黒鋼がサクラを平らなところに降ろした。小狼がそれに駆け寄る。
「ひとまず大丈夫みたいですね」
周囲に危険がないことを確認し、おなまーえは変身を解いた。
「なんとか逃げられたねー」
ファイがいつもの調子で話す。
「…でもファイ、魔法は使わないんじゃなかったの?」
ここにいるみんなが抱いている疑問をモコナが問いかけてくれた。
「……」
自分の命か危険に晒される場面でも魔法を使わなかったファイが、あの場から逃げるためだけに魔法を使った。
本来であれば何も憂う必要はないはずなのに、それがとんでもないことのように思えて、3人は険しい顔でファイに注目する。
「一応今まで使ってた魔法とはちょっとだけ違ったんだけどねぇ。音を使った魔法で、オレが習ったのとは別系統の魔法なんだけど」
「…魔力は魔力だろ」
「かなぁ」
「……」
「すみません、おれが図書館からの脱出方法をもっと考えてれば…」
「いえ、私が力不足でした」
ソルダートの防衛機構を侮っていたわけではないけれど、あそこまで念のいった警備体制とは思っていなかった。もっと私に力があれば、ファイも魔法を使わずに済んだのかもしれない。
「小狼くんとおなまーえちゃんは精一杯やったでしょー。ちゃんと記憶の羽根、とってきたし」
「……」
「でも魔法を…」
「オレが魔法を使ったのはオレの判断。おなまーえちゃんのせいじゃない」
「……」
「この話はおしまい、ね」
「…はい」
ファイはサクラの様子を見るために離れていく。
彼の言う通り、私のせいではない。だが私にもっと力があればできたかもしれないことだ。
また役に立たなかった。それはおなまーえの中で大きなカセとなる。
役に立たない。役立たず。この体に価値はなく、この命に意味はない。
「……はぁ」
俯き、手のひらを見つめる。にぎにぎと指を閉じては開く。
不思議なものだ。こうして思考しているのは確かに自分で、今指を動かせと体に命令しているのはこの脳味噌なのに、この体に魂はない。魔力にも知識にも価値はないのだ。
思い悩むおなまーえの様子を横目で伺った黒鋼は、苦々しい顔をした。
「……どいつもこいつも」
小狼、ファイ、おなまーえ。自覚がない者もいるが、皆何かを隠し、だが既に隠し切れる段階ではない。片鱗を見せながらも何も言わない仲間に対して、黒鋼は眉を潜めてため息をついた。
「さて、今度はどんなところかなぁ」
そこは見渡す限りの廃墟。砂埃が舞い、人の気配はおろか生物の気配も感じないほど荒れた国だった。虫一匹も見当たらない、何もない土地。
黒鋼と小狼はひょいひょいと瓦礫を駆け上る。おなまーえは一つ一つ手をかけて登った。彼女の前にスッと目の前に手が差し出される。ファイの手だ。
「危ないからオレの手つかまりなよー」
「っ…」
あぁ、なんの価値もない命だけれど。私はまだこの人のことが好きなんだ。気持ちに蓋はできなくて、溢れ出る想いは確かにファイへの恋心。その何気ない女の子扱いが、今はとっても苦しくて、とっても嬉しい。
伸ばされた腕を、おなまーえは躊躇して手に取った。
**********
砂と瓦礫でできた地面を歩く。草木すら見当たらない、人工物のガラクタの山。
「しかしなんなんだ、ここは」
「壊れた建物ばっかり」
「小狼くんの治療ができるようなとこあればいいんだけどー」
「サクラちゃんも横にさせてあげたいですよね」
その方が足手まといがいなくなるから。
羽根を取り戻し、意識を失ったサクラ。彼女があの小狼を見なくて良かったと安心する。
ふと小狼が足を止めた。彼は近くの瓦礫を拾い上げる。
「どうしたのー?」
「この廃墟、瓦礫の角が丸いんです」
「ほんとだ」
「それがどうした」
「風化したにしても、風だけでこうなるものなのか」
おなまーえも真似をして瓦礫を拾い上げる。滑らかな表面は、スポンジのようにすかすかで軽かった。
――ポツ
――ポツ
曇天だったから、いつ雨が降ってきてもおかしくなかった。
だが手近に雨宿りできる場所は見当たらない。
「降ってきた…」
「いたい!いたいよぉ。なんでぇ?」
「…?」
モコナが小狼の肩の布に包まる。たしかに雨はピリピリとして痛い。
――ジュウッ
おなまーえの肌が火傷したように炎症を起こした。
「焼けた!?」
「これお水じゃないよう」
「高麗国のときみたいなやつですね」
秘妖が同じような液体を操っていた。酸性雨は雨足を強める。
「このまま雨に当たってるとちょっとまずいねぇ」
「あの建物はまだ倒壊してないみたいです!」
小狼が指差す先にはぼんやりとビルが見える。
「黒たん急いでー」
「また走るのかよ」
「ほんの少しなら雨除けの結界張れますけど」
「おれたちは大丈夫なのでサクラを」
「わかった」
サクラを抱える黒鋼の上空に傘の様に結界を張る。あの建物まで全員分の雨除けをすることはできないから、無防備なサクラだけを守るように。
ファイがスピードを緩めておなまーえの歩調に合わせる。
「おなまーえちゃんはこれ被っててー」
レコルト国で買ったトレンチコートを脱いでおなまーえの頭に被せた。
「私大丈夫ですよ。どうせすぐ治ります」
「…いいから。女の子はお肌大事でしょー」
「……そうでしょうね」
普通の女の子は。
私はもう普通の女の子ではない。まだ蕾にすらなっていない魔女の種をこの身に宿している。いつ開花するのかは当人である私にもわからない。
ファイに促されるまま、コードを頭に被る。
「さっきは助けてくれてありがとー。でももうやんないでね、心配しちゃうから」
「……」
番犬の炎を浴びた時の話か。体は痛くも痒くもなかったからすっかり忘れていた。ファイはきっと私の体のことを知っている。それが私が自覚するより前からなのかはわからないけど、知ってて口に出さないということは、ファイにはどうしようもないということ。
(そりゃそうだ)
自ら魂を差し出したのは私の都合だ。半ば騙されたような契約とはいえ、それを望んだのは紛れもなく私で、全て自己責任。
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