第10章 レコルト国
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一行は遺跡の中に入る。大きな広間には一対の翼の模様が描かれていて、その下から羽根の波動を感じるとモコナは言う。
「なんだか、とても広いですね」
広間には何もなく、ただ空間だけが存在する。ちょっとした一軒家ならすっぽり入ってしまうほどの広さだ。
小狼が確認するため一歩踏み出したその瞬間、何かに反応するかのように地面が揺れ出した。
――ゴゴゴゴゴッッ
「うわ!?」
「なに?地震!?」
「違う!」
大広間の床の模様がどんどん崩れ落ちていく。足を前に踏み出していた小狼は慌てて引っ込めて後退りをする。瓦礫は底なしの地下に吸い込まれ、落下音すら聞こえない。
「地下…?」
揺れが収まり、各々落ちないようにそっと大穴を覗き込む。
「真っ暗だねぇ。この下、何があるかサクラちゃん覚えてる?」
「いいえ…」
「でもサクラの羽根の波動、ここから感じる」
「降りるしかなさそうだけど、ちょっと深すぎます」
おなまーえは手頃な石を下に落とした。やはり落下音はしない。生身の人間が降りるにはリスクが高そうだ。
風の音が反響している。
「おれが行きます」
小狼が穴のふちギリギリに立った。
「っ!私が行く!」
「姫は待っていて下さい」
「でも!」
「おれが行きます」
サクラの説得にも耳をかさず、小狼は頑なに戻ろうとはしなかった。この下にはどんな危険が待ち受けているかわからない。サクラには向いていないステージなのは誰が見ても明らかだった。
「どうして?どうしてそんなにまでして、私の羽根を探してくれるの?」
「……」
「……」
「姫をお願いします」
サクラのその疑問に答えてあげることはできない。小狼でさえも、それは教えられない。教えたところですぐに忘れてしまうだろうから。
1人で暗闇に飛び降りようとする小狼を挟むように、黒鋼とおなまーえが立った。
「黒鋼さん、おなまーえさん…」
「この世界にはあの蝙蝠の刀のヤツはいねぇようだからな。だったら用はねぇ。羽根が手に入りゃ白饅頭は次の世界へ行くだろ」
「魔法使える人、1人くらいいた方がいいでしょ。いざというときは梯子作って登ることもできるし」
おなまーえは魔法少女に姿を変える。
ここまで岩のドラゴンに襲われて以降、ここに来るまでソルダートが手を出してくる気配はなかった。本命の守りはこの下にあるということだ。警戒するに越したことはない。
「行くぞ」
「はい!」
「よっと」
「小狼くん!黒鋼さん!おなまーえちゃん!」
続けて飛び降りかねない勢いのサクラの肩をファイが掴んだ。
「ったく、困ったお父さんたちだねぇ」
ファイはおちゃらけていうが、その目には心配の色が浮かんでいた。
**********
――トンっ
地面に足をつく。あたりは暗くて、どのくらいの広さのところにいるかわからない。かろうじて隣に黒鋼と小狼の気配はする。
「真っ暗」
「結構落ちたように思ったんですけど…」
「叩きつけられた感じはなかったな」
風当たりから落ちていることは確かなのに、着地の際に打ち付けられる感覚がなかった。まるで少しジャンプして着地しただけのような感覚だ。
――ぽうっ
穏やかな桃色の光とともに一冊の本が浮かび上がる。その表紙に挟み込まれている羽根を私たちは知っている。
「サクラの羽根!」
小狼は駆け足で本を手に取った。
――ズシン
不穏な音と地鳴りが響いた。入り口で出会った翼の生えた狼のような生き物がこちらを見下ろしていた。改めて見ると大型のトラックよりもずっと大きくて、迫力がある。燃え盛る青白い炎のたてがみは威嚇するように逆立ち、研ぎ澄まされた牙と爪は今にもこちらに襲いかかる勢いだ。
「ソルダートとやらはあれか」
「入り口にいた番犬ですね」
「おれがやります」
「二対一は不利でしょう。右側のは私が。黒鋼さんは小狼くんの援護をお願いします」
「お前勝手に…!」
黒鋼が引き留める声を無視しておなまーえは走り出す。
番犬との一対一。糸をたっぷり手のひらに手繰り寄せ、向こうが飛びかかってきた瞬間に一気に放つ。
岩のドラゴンよりは知性が優れているようで、番犬は素早い動きで回避していく。
――グァオォ!
獣の咆哮は空気を振動させる。その微弱な振動ですら、糸のたゆみに繋がり、てんで絡まってくれない。先ほどと同じ先方ではダメだ。そう直感して、おなまーえは空高く舞い上がった。
(やってみるか…)
昨夜ファイに教わった炎魔法。全ての魔術の基礎であるそれを習得するのにまるまる一晩費やした。付け焼き刃でも使い方次第では大きな武器になる。
落下するまでの一瞬でおなまーえは次の手を講じる。
獣はこちらを噛み砕こうと頭をこちらに向けた。
「
今がチャンスとばかりにおなまーえは番犬の目に向かって炎魔法を繰り出す。目を封じれば、いくら素早いとはいえこちらの攻撃を全て回避するのは無理だろうと考えたのだ。
まだこの手の魔法は使い慣れていないから、ほんの一握りの火の玉。けれど弱点をつけば少量の魔力でもダメージは通るだろう。
――グオオォォォ!!
効果はあったようで番犬は頭を振って痛みに耐えている。多少暴れてはいるものの、さっきよりは狙いやすくなった番犬の足元に向かっておなまーえは一気に距離を詰めた。
あやとりのように前足に糸を絡ませ大きく振りかぶる。鞭のようにそれを振り下ろせば、その巨躯は瓦礫に塗れた床に叩きつけられる。
――グオォォォ…
番犬は完全に沈黙した。エグい方法だが、手段を選ぶ余裕はなかった。
「よし、うまくできた!」
久々の戦闘だったが無事に勝利することができ、おなまーえは満足そうな笑みを浮かべる。
息を整えて小狼の様子を伺う。どうやらあちらも決着がついたらしい。怪我はないだろうか。
「小狼くん!」
「待て」
「…黒鋼さん?」
だが歩み寄るより先に、黒鋼がおなまーえの細腕を掴んだ。くんっと引っ張られおなまーえは足を止める。
「よく見ろ」
「え?」
黒鋼の視線の先では、小狼が羽根の標本のガラスを叩き割っていた。そして彼は用済みとなった本を床に投げ捨てる。
「小狼くんが、本を投げ捨てた…?」
私の知っている小狼は礼義を大切にし、本が大好きな心優しい少年だ。他人が傷付いたら、それと同じくらい心を痛めるお人好しな少年。しかし目の前の小狼はそのどれにも当てはまらない。冷酷な目は、まるで別人のようだ。
「……おまえ…誰だ?」
「……」
小狼は答えない。息を飲む音すら聞こえる緊張感に、おなまーえは思わず後退りをした。