第10章 レコルト国
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――カツーン
――カツーン
足音が響く。一行の立てる物音以外はせず、何かが居る気配はしない。しかし、こんな狭いところで襲われたらひとたまりもないのも事実。
「国宝だとか言ってた割には、入り口の仕掛け以外は何もねぇのかよ」
「そんなわけないでしょー。ほらさっそく登場ー」
お約束通り、この狭い通路を形成している土や岩が動き出した。
――ピキッ
それらはドラゴンを形作り、四方八方に現れる。生物ではない。使い魔のようなものなのだろう。
「…黒鋼さんがフラグ立てるから来ちゃいましたよ」
「俺のせいかよ」
「姫、下がっていて下さい」
「は、はい」
サクラを後ろに下げさせ、小狼はオブジェに足を叩き込んだ。物理的な攻撃は効くらしい。だがこのドラゴンを形成しているのは岩と土。ここにはその資源が無限にある。
一匹倒したと思ったら二匹、三匹とわらわらと湧いて出てくる。
「小狼君かっこいいー!ぴゅーーっ」
小狼に続き黒鋼が応戦する。ふたりとも素手であの怪物を倒しているから不思議だ。
おなまーえも自身に襲いかかってくるものはなんとか紙一重で避ける。
「あ、今ちょっと口笛っぽい音出てなかったー?ねーねー黒たんってばぁ」
「ちっとはお前も手ぇ出せ!!」
「ファイも手伝ってください!!」
「やー、三人が対応してくれれば十分かなーっと」
「あぁもう!」
「ぴーっ、ぴゅーーっ♪」
小狼と黒鋼が十分に応戦してくれているためファイは手出ししない。
それどころか口笛の練習の成果が出たと喜んでいる。
――ピキピキッ
おなまーえはファイに気を取られ、背後から迫りよる怪物に反応できなかった。気がついたときには岩でできたクチバシが目の前まで迫っていた。
「っ!」
「小娘!」
黒鋼に腕を引っ張られ、間一髪避ける。頬をかすってしまったらしく、ぬるりとした血が流れる。
怪物は黒鋼のカウンターを喰らい粉々に散った。
「あっぶな…。ありがとうございます、黒鋼さん」
「油断すんじゃねぇ」
「みたいですね。ちょっと本気出します」
受付のお姉さんが、侵入者は全て捕まえたと言っていたから油断した。捕まえたということは生け捕りされたということ。でもこの防衛機構はこちらを安全に確保するつもりはない様子。
本気で襲いかかってくる敵を簡単にこなせるほど、私は強くはないから、本気でやらなくては。足手まといが2人よりは1人の方が幾分かマシだ。
なりふり構っていられないと判断し、ソウルジェムに意識を向ける。綺麗な白い光が身体から溢れる。生命エネルギーが高まり魔力になる。
「……」
「お前、こんなとこで成ってていいのか」
「こんなことが起きたときのために、とっておいてるんですよ」
だってもう出し惜しむ必要はない。
私は魔女になる。それが早かろうが遅かろうが関係ない。元の世界に帰るという願いも、魔女になった途端に強制送還させられるから私にはもう関係のない話。
関係ない。関係ない。関係がないのだ。
「はっ!」
再びこちらに向かって来たドラゴンに糸を巻きつける。私の糸は鋼より硬い。指先に絡めた細い糸を手繰り寄せれば、簡単に怪物を粉々に切り刻んだ。
一同は身を寄せ合い、背中を合わせる。
「わー、ピンチっぽーい」
「…囲まれた」
倒しても倒しても次から次へと湧いて出てくる。
消耗戦になればこちらの負けは必須。時間をかけないためにも、ここは相手にするより逃げて先に進んだ方が良いかもしれない。
「私が突破口を開きます。ほんの少しの間だけだから」
「わかった」
「まあ、相手するより逃げちゃった方が早いよねぇ」
奥の方を突破口に定めて、おなまーえは素早い動きでドラゴンに白銀の糸を絡める。動かなくなった敵は、まるで蜘蛛糸に捕らえられた虫のよう。
視線だけで皆に合図を送る。コクリとうなずいたのを確認し、指を一気に引き寄せた。
――ドゴォン!!
ガラガラと崩れ落ちる破片。
「今です!」
一行は一斉に走り出す。黒鋼はサクラを抱えているから、殿を務めるのはおなまーえだ。
「モコナ!」
「うん!サクラの羽根に近づいてるよ!」
進行方向、奥には透明な膜の壁がある。安全かどうかもわからないそこに、小狼は飛び込むことにしたようだ。
おなまーえは背後に糸の壁を出す。阿修羅王に教えてもらった防御魔法。大きい分強度は低いが、ほんの少しの足止めにはなるだろう。
小狼とモコナ、黒鋼とサクラ、ファイ、そしておなまーえの順に膜へ飛び込む。
「うわっ!?」
地面に足を取られて思わずバランスを崩す。攻撃されたのかと思ったが、どうやらただ砂に足を取られただけのようだ。先ほどまでは硬い地面を走っていたから、急に柔らかい砂に足を突っ込み転び方になった。
なぜ急に砂が現れたのか。
辺りを見回すと一面の砂漠が広がっていた。前だけでなく、後ろにも丘陵は続いている。そしてただ一つだけ、目印となる建物がある。砂の中から生えたニ対の塔。その先端は鋭く尖っていた。
空は高く、日差しは少しジリジリする。どこからどうみても私たちは外に出たように感じる。
「ここは…?」
「玖楼国の遺跡…!?」
「くろうこく?」
「玖楼国って小狼とサクラがいた国だよね」
「ええ…」
聴きなれない単語を繰り返す。そういえば玖楼国の神官の話を聞いた記憶がある。
「玖楼国に戻って来たのか?」
「モコナ、移動してないよ」
「してたらあのふわふわした感覚があるもんね」
時空移動はしていないが、小狼とサクラの反応を見るにここはそっくりそのままコピーされた世界ということ。
「これは『記憶』だよ」
「サクラちゃんの?」
「うん。『記憶の本』の中にある記憶。あの本はサクラちゃんの羽根の力で出来てる。だから、本を守る為の仕掛けもサクラちゃんの記憶で出来てるんだよー」
「ファイすごい!よくわかったね!」
「んー…これ魔法の一種だからねぇ。ちょっと勉強してれば、ね」
「……」
「記憶の範囲はさっきの膜のところまでみたいですね」
いくら足止めをしたからと言って、あの程度の壁であれば10秒と持たないはず。それが追ってこないということは、あれらはここに入れないということだ。
ホッと一息をつく。
歩きにくい砂地を小狼とサクラはひょいひょいと進む。さすがに地元なだけ、砂漠の歩き方は慣れているようだ。二人とモコナに続き、ファイと黒鋼とおなまーえも辺りを見回しながら進む。
「よかった、しばらく休めますね」
「いつまた襲われるのかわかんないんだろ」
「ここは大丈夫だと思うよー、黒りんた」
「……」
襲われる心配がないと確信を持ったように言うファイを、黒鋼は厳しい目で見つめる。
「…なんか言いたいことありそうな感じだねぇ」
「……さっきの壁といい、お前何隠してやがる」
「……」
「黒鋼さん…?」
「小娘は入口の壁には何もないと言った。魔法とやらが使えればわかるもんでもねぇってことだ。第一、かじったくらいでわかっちまったら『守り』の意味がねぇだろ」
「あ…」
二度防衛機構を見破るたびにファイは、魔法の勉強を少しすればわかること、と答えていた。その程度の仕掛けがこんな白昼堂々仕掛けられていたら、この国のほとんどの人たちが見破ってしまう。それでは『守り』の意味がないのだ。国宝級の書物を守るにはあまりにもお粗末過ぎる。
「……」
「仕掛けを見破るには仕掛けた以上の力が要る。それも魔法とやらは使っちゃいねぇみたいだしな」
「…買い被りすぎだよぅ」
「嘘くせぇ」
「…まぁまぁ黒鋼さん」
おなまーえは黒鋼を宥める。
ファイが何を隠していようが、どう考えていようが、それは黒鋼には関係のないこと。だって私たちはただの同行者。それ以上でもそれ以下でもない。相手の心に土足で踏み込めるほどの間柄ではないはずだ。
「お前もだ、小娘」
「え?」
だが仲裁に入ろうと思ったおなまーえに、思わぬ飛び火。矛先はファイだけでなく、彼女にも向いた。
「私ですか?」
「前より魔法を使うのを躊躇わなくなったじゃねぇか。グリーフシードってやつはまだ手に入ってないんだろ。どうして急に出し惜しみしなくなった?」
「…やだなぁ、あのくらいならそうそうダメになったりしないですよ。まだ猶予はありますから」
「『まだ』な。じゃあ頬の傷はどうだ?さっき血流してただろう」
「!」
先ほど岩のドラゴンに傷つけられた頬は、今は跡形もなく治っている。今は血の流れた跡、黒ずんだ液体が乾き、頬に張り付いているだけだ。
(変なところでよくみてる。私のことなんて放っておいてくれていいのに…)
ピリッと空気が張りつく。居心地が悪くて黙っていれば、黒鋼はこちらににじり寄った。
「……」
「答えられねぇか」
「……」
「……」
「…答えたところで、黒鋼さんには関係ないじゃないですか」
精一杯の強がり。口に出してから後悔をする。思っていても口に出すべきではなかったかもしれない。
「…ふん」
言いたいことは大体済んだようで、黒鋼は先に進む小狼たちを追いかける。
「はぁ…」
「ほんっとに…」
どっと疲れが押し寄せる。
ファイとふたりで顔を見合わせて困ったように笑う。互いに隠し事があるのはわかっているから、妙な連帯感が湧くのだ。
「黒様っていらないトコばっか見てるんだから」
そう呟く彼はどこか嬉しそうに見えた。黒鋼の追求は彼にとって都合の悪いものだろうが、実は誰かに指摘されることを求めていたのかもしれない。
「……そうですね」
無遠慮で無邪気な私だから、きっとこんな体でなければ、黒鋼同様あなたの隠し事に踏み込もうとしていたのだろう。
救いたいと思った。
救われたいと思った。
救われるべきだと思った。
たとえその行為が、あなたの心を花のように踏みつぶし、幾粒もの涙を注ぐようなものだとしても、あなたを救いたかった。
それは私の紛れもない本心であり、今はもう叶わない夢なのだ。