第10章 レコルト国
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【インキュベーター】
彼らは地球外知性体であり、その生態や文化は我々とかけ離れている。
彼らにとって、感情とは極一部の個体が稀にかかる精神疾患としか認識されていない。
そのため個という概念が薄く、死は『いくらでも変わりはいるけどもったいない』程度の認識でしかない。
彼らの高度な文明は、我々の科学や魔術では不可能とされたエントロピー(エネルギー変換においての無駄)の減少を可能にする技術を発明した。
【魔法少女】
インキュベーターは願いを一つ叶えることを前提に人類に近づいてくる。その本来の目的は、エントロピーの増大とそこから来る避けられないはずの宇宙の熱力学的な死を回避する事。
また、彼らは魂のエネルギー(感情などの強い想い)を他のエネルギーに変換する技術を開発した。 しかし、彼らは感情を持ちえていなかったため、宇宙中から強い魂のエネルギーを有する生物を探していた。
そして白羽の矢が立ったのが人類、特に多感な第二次成長期の少女だった。彼女たちの魂は身体から引き抜かれ、管理しやすい結晶体・ソウルジェムにされる。
その身体は心臓を貫かれようが、全身の血を抜かれようが、魔力で修復すればまた動かせるようになる。ソウルジェムと身体の接続限界は100メートル程度と言われている。
【魔女】
祈りから生まれる魔法少女に対し、呪いから生まれる存在が魔女である。
彼女らは異次元に結界を作って閉じこもり、自分たちのやりたい事をやっている。 魔女に目をつけられた一般人は魔女の口づけを受け、自殺や交通事故などへ駆り立てられる。
――その正体は、魔法少女の成れの果て。
ソウルジェムは濁りきったあと、グリーフシードへと転化される。
**********
「……は?」
最後の一文まで読み切ったおなまーえは同じ文章を繰り返し繰り返し読む。何度も何度も単語を反芻すれど、内容はなかなかに理解し難いもので、理性がそれを知ることを拒否しているのかとさえ感じる。
「……落ち着け」
情報を整理する必要がある。
キュゥべえが感情を持ち合わせていないことはなんとなく察していた。親切心で願いを叶えて回っているわけでないこともわかっていたから、彼らの目的を知ってもなんとも思わない。
ソウルジェムの正体も最近薄々理解した。自分の魔力がどこから湧いてくるのか、そして私の体はどうしてすぐに治るのか、少し考えたらわかることだった。確信はなかったが、ある程度予想は立てていたから驚きはしない。
でも。
「魔女の正体…」
成れの果て。
魔法少女の、成れの果て。
私が行き着く、成れの果ての姿。
それを自覚した瞬間、血の気が失せ、唇がわなわなと震える。
「っ…」
慌ててコンパクトの中のソウルジェムを取り出す。もとの透き通るような水晶は跡形もなく、濁った灰色が渦巻いている。
これが濁りきった時、私は魔女になるらしい。
けれどまだ穢れは溜まりきっていない。まだ大丈夫だ、時間はある。
「……」
ほっと胸を撫で下ろする。
どんな対価を払ってでも良いから、今すぐ風見野に帰ろう。帰るべきだ。そしてグリーフシードに穢れを移さなくては。杏子に一つもらうのが確実だ。そこらの魔女を適当に倒したところで、使い魔だったら骨折り損になる。
――パタン
本を閉じ、棚に戻す。
私も、いつか魔女になるのか。
全てを忘れて、呪いと憎悪で魂を磨き、悲劇でこの身を彩るように。あの悲しき生き物に成り果てるのか。
「……」
お姫様になりたいと望んだ。そんなこと到底叶わなかったけど、魔女になりたいなんて望んではいなかったのに。
その身の運命が、どうしようもなく悲しかった。
**********
モコナを借りて人気のない所に歩みを進める。
小狼は黒鋼と話があると言って医務室にこもっている。ファイとサクラは今日泊まる宿を探しに行ってくれている。だから一人になるならこの時が一番都合が良かった。
「モコナ、侑子さんにつないでもらっても良い?」
「侑子に?」
「あと、モコナは話を聞かないでほしい。その方が…きっと良い気がする」
「……わかった。じゃあ侑子と繋いでいる間、モコナ寝てるね」
入り組んだ路地裏。こんな所誰も来ないから、モコナを壁にかざす。
『…あら、おなまーえひとりなの』
「……はい」
こちらの様子を見て、侑子は何かを察したようだ。いつもみたいにおちゃらけたことは一切言わない。
「急なお願いだとは思うんですが、私を元の世界に返してください」
『それはできないわ』
「対価が足りないならなんでも払いますから」
『……』
いっそ記憶でも魔力でも、なんでも構わない。早く、一刻も早く帰りたいのだ。
だってのに、侑子は落ち着き払って首を振る。違う。そんな返事が聞きたいわけではないのに。
「なんでも払うから、お願いですから…!」
『…対価というのは、価値を持って初めて対価と呼ぶの』
「え…」
『その様子だとだいたいの事情は知っているようね。あなたの体は今やただの骸。どれをとっても世界を渡るための価値には満たない。あなたの魔力も偽物。あなたが魔法と呼んでいるものは命のエネルギーを消費してるに過ぎないわ。サクラの羽根のようなエネルギーをね』
「っ!なら記憶!記憶は…!」
『残念ながら、あなたの記憶…というより精神かしら。そっちには先客がいるのよ』
「先客…?」
先客がいるから、侑子が対価として取ることはできない。私の心を欲しがっている誰かがいる?
『なぜあなたは世界を渡る旅に出ることになったのか。それを考えてみなさい』
「なぜって、私は不本意で旅に参加することになって…」
『それが誰かに仕組まれたことだとしたら?』
「!」
最初に次元の魔女の店に行ったとき、私は退治し損なった魔女の仕業かと考え、ずっとそう思い込んでいた。そう見せかけた誰かの企みだなんて気がつかなかった。
誰が仕組んだかなんてすぐにわかる。普段魔女退治についてきたりしないのに、なんであの時だけ一緒についてきたのか。
「……キュゥべえ、なんですね」
『……私が教えられるのは今はここまで』
無言は肯定として捉えた。
『時が来たらまた教えられることも増える』
「……わかりました。もう一つ、お願いがあります』
私の意思で先に風見野に帰ることはできない。
けれど私の体は、着火線の短い爆弾のようなもの。いつ穢れきったソウルジェムがグリーフシードに転化するかわからないのだ。
魔女となる運命を受け入れたとしても、その後に起こる悲劇は未然に防ぎたい。大切な仲間を、私の絶望に巻き込みたくない。
「私は、そう遠くない未来に魔女になります」
『…ええ』
「そうなった時は…」
少し寂しいけれど。
「…みんなのことは巻き込みたくないから、私のことどこか知らない世界に飛ばしてください」
『……わかったわ』
迷惑はかけたくないから、誰もいない場所でひっそりと死にましょう。
ソウルジェムを砕くという方法もあるが、私はそこまで勇敢ではない。
周りに何もなければ魔女となった私は、自分自身を呪い続けるだろう。それで良い。それが良い。他人に迷惑をかけるよりずっとマシだ。
そうして果てることが、今の私の救いであり願い。
通信を切り、ずるずると壁にもたれかかる。
「……はは。私って…」
普通の女の子ですらなかったんだ。
この体は空っぽで、本体はこっちの石ころで、なんの価値もない。臓器を売る覚悟での交渉は、私に値段が付かないという結果で終わた。
なんて、無力で無価値で無意味な人生。
でもこれは私とキュゥべえの問題。私の世界の問題。この旅の仲間は巻き込みたくないし、巻き込まない。
だから、何も知らないふりをして戻らなくては。