第9章 ピッフル国
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『さあ!ついに決まりました!』
『ドラゴンフライレース、優勝者はー!』
『誰よりも可憐に、そして誰よりも早く空を駆け抜けたウィング・エッグ号だーー!!!』
花火、紙吹雪、鼓笛隊。全てがサクラを祝うためのもの。会場も最高潮の盛り上げをみせる。
これからエネルギーバッテリーの入ったトロフィーの授与が行われる。
(だってのに…どうして…)
体調は悪くなる一方。
みんなが全力でサクラをお祝いしていて、それはとても喜ばしいことだし自分も同じ気持ちのはずなのに。
胸の突っかかりが気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
花火の音も鼓笛隊も会場の歓声も、ぜんぶぜんぶ耳障り。頭にガンガンと響く。
(……セレモニー終わるまで保たないかも)
花吹雪の輝きがクラクラする脳には一層眩しく映る。サクラの持つエネルギーバッテリーをぼんやりと眺める。
(……あの羽根…私がバラバラに引き裂いて燃やしたら、サクラちゃんどんな顔するのかな)
一生懸命にがんばった結果得られた賞品だ。きっとサクラは悲しむだろう。ああそうだ、悲しめばいい。
「っ!」
またよくない思考が回っている。レースの最中は大丈夫だったのに、あの幻聴が聞こえてから背筋がぞくぞくする。
『役立たず』
……いやはや全くもってその通り。
阪神国では巧断すら憑かず、役に立たなかった。
高麗国では魔法少女化したのに秘妖を1人で倒せず、役に立たなかった。
ジェイド国では抵抗むなしく襲われ、役に立たなかった。
桜都国では星史郎相手に手も足も出せず、役に立たなかった。
修羅の国では戦争にほとんど参加できず、役に立たなかった
ここピッフル国ではレースでなんの功績も収めることができず、役に立たなかった。
「「「わーーー!!」」」
サクラがトロフィーを高らかに掲げる。
会場の明るさとは対照的に、おなまーえの思考はどんどん暗くなっていく。
それを遠巻きに眺める。ただ眺める。まるで良くできた舞台を観るかのように。
ああ、耳障り、目障り。全部うるさい。
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。
「おなまーえちゃん?」
「っ!」
ファイがおなまーえの顔を覗き込んで来た。彼女は思わず仰け反り、だがそのおかげで我に帰る。
「知世ちゃん主催の祝賀会があるんだってー。いこうよー」
「ぁ…」
だめだ、今のこんな感じじゃ私、何をするかわからない。
祝賀会なんて明るいところに行っちゃダメな気がする。
私は、私は、私は…!
「…すみません、さっき墜落した時に頭打ったみたいで、先に戻っててもいいですか?」
「大丈夫?医務室行く?」
「…大丈夫です。多分…休めば治ります」
「そっか。ごめんね、気がついてあげられなくてー」
「いえ…」
「先に送るよ」
「…少し一人になりたいので」
「…おなまーえちゃん?」
きっと顔色が悪いのだろう。ファイが心配している。
「……すみません」
ほとんどその場から逃げるように、おなまーえは走り出す。
ファイが追いかけてくる気配はない。一人になりたいと言ったから当然だろう。黒鋼と小狼にも事情を話すだろうし、追いかけてこないのはわかりきっている。そう望んだはずだ。
『本当は追いかけて欲しかった?』
「っ…!」
体調が悪いわけではないから走る。助けを求めるように。
この矛盾する心を、どうにか助けてください。
**********
翌朝。
おなまーえはモゾモゾと布団の中で動く。帰宅して、布団に突っ伏して、そのまま半日以上が経過した。
「……」
気分は良好。昨日の幻聴はもう聞こえない。昨日の荒れ具合が嘘のように思考がクリアだ。
やはり疲れていたのだ。慣れない旅の疲れのしわ寄せもあったのだろう。
「よかった…」
コンパクトからソウルジェムを取り出し、天井に掲げる。
穢れがかなり溜まっている。
修羅ノ国でいくらか浄化してもらったが、こんなに長い期間グリーフシードを使わずにいたことなんてなかったから、少し不安はある。グリーフシードが穢れきったら、一体何が起きるのだろう
――コンコン
遠慮気味に扉がノックされる。起き上がり、だが立つ気力はまだなくて声だけで訪問者を招き入れる。
「…どうぞ」
「お、お邪魔します」
サクラが何かを抱えて持ってそっと入ってきた。そういえば昨日はサクラの優勝を祝った祝賀会だったはずだ。
「サクラちゃんごめんね、昨日は祝賀会に参加できなくて」
「それよりおなまーえちゃん体は平気?ファイさんから辛そうだったって聞いたから…」
「うん、もう大丈夫」
彼女はそっと抱えていたものをこちらに差し出してきた。随分と見慣れたおなまーえの制服だった。
「あれ?それ…」
「次元の魔女さんにお礼を渡したから、返してくれるって」
「サクラちゃんが渡してくれたの?」
「知世ちゃんに手伝ってもらいながらだけどね」
「そっか…。ありがとう」
嫌だな。何もできなかったサクラが、私たちのためにできることを頑張っている。その努力は讃えられるべきで、そこに負の感情を抱くのは性格が悪いのはわかっているのに。
どうしても、胸につかかりがある。
「そろそろ移動するみたいだから、おなまーえちゃんも着替えたら降りてきてね」
「うん」
パタパタと小走りの音が遠ざかっていく。
「……」
閉めた扉にズルズルと寄りかかる。
彼女は何も悪くないし、私はもう十分に休んだ。大丈夫、大丈夫と自身に言い聞かせる。
サクラの持ってきてくれた制服はほのかに暖かかった。
**********
着替えを終えてリビングに戻ると、待っていたと言わんばかりにモコナがツバサを広げた。
「昨日は大丈夫だったー?」
「はい。ちょっと最近寝不足だったみたいで、寝たら楽になりました」
「遅くまで練習してたもんね〜。なんだかんだ面倒見が良いんだよね、黒様は」
「…ふん」
そっぽむいた黒鋼もおそらく自分のことを心配してくれていたのだろう。小狼もほっとした表情をしている。
「この国には次元を渡る設備はありませんが、我が社が必ず作ってみせますわ。だからきっとまたお会い出来ますね」
サクラと知世は微笑み合い、互いの手を離す。
別れを惜しみながら、次の世界へ進むために。
――シュルン
《第9章 終》
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