第9章 ピッフル国
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
本戦当日。
おなまーえとサクラは会場内で知世に呼び止められ、更衣室の付いているトレーラーに引きずり込まれていった。
15分後。
「お待たせ致しました」
知世が出て、それにサクラとモコナが続く。
「可愛いねー」
「………」
小狼はサクラの姿に顔を赤らめた。
サクラの天使のようなコスチュームは彼女の雰囲気にとっても合っていて、ウィング・エッグ号にふさわしいデザインに仕上がっている。花美な装飾は一切ないが、シンプルゆえに、素材の良さを引き出す。
「もう一人の子はー?」
「あら?おなまーえさーん?」
「え、ちょっ」
知世にトレーラーの中から引っ張り出されたおなまーえはへっぴり腰で皆の前に立つ。
サクラとは対極に、黒を基調としたコスチュームは彼女の髪と肌の白さを一層際立たせる。サクラがミニスカートなのに対して、おなまーえはロングスカートで、大胆に入ったスリットから覗く脚がなんとも艶かしい。
「おなまーえ、セクシーなの!」
「モコナやめて!恥ずかしい!」
「えいっ!」
モコナのパンチでよろけたおなまーえはファイの方に倒れこむ。もちろん彼は受け止めてくれた。倒れ込んだおなまーえはすかさず顔を上げ謝罪をする。
「ご、ごめん、ファイ」
「っ!」
「ファイ…?」
「あーえっと…すごく似合ってる?よー」
「え、なんで疑問形…」
「馬子にも衣装ってやつだな」
「ど、どういこと!?」
貶されてるのか褒められてるのかわからない。が、余程おかしいわけではないのだろう。太腿あたりが心許ないが、フライトにはなんら支障はない。
『まもなくレース開始となります。選手の皆様はホールにお集まりください』
「ささっ!スタート位置の抽選ですわ」
「抽選?」
予選の不正を踏まえて、今回はスタート位置を抽選にしたらしい。知世に促されるがままに一行はステージに上がる。
「このレースはひいた番号順なんだねぇ」
「おなまーえが一番いいトコだね。4番だったもん」
「うん、でもきっと…」
おなまーえはステージ上に立つサクラを見上げた。
『出ましたー!!』
「「「わーーー!!!」」」
会場が本日最高の盛り上がりを見せた。当然、サクラの手には1と書かれたボールが握られている。
『No.1ですーー!!!』
「やっぱりー」
「サクラさすがー」
「羨ましいですね」
彼女の幸運は最早才能だ。神様に愛された故の、特別な才能。
普段何もできないくせに、こういう時だけチヤホヤされるなんて、お姫さまって気楽でいいよね。
「え?」
ふと我に帰る。
(私、いま何を…?)
一瞬、思ってもいない事を口にしそうになった。思ってない、そんなこと。サクラは今誰よりも頑張ろうと意気込んでいる。そんな彼女に気楽だなんて。
(思って…ないよね…)
胸の中にどうしても突っかかりがある。手を添えても、とくとくと正しく波打つ心音しか感じなかった。
「では、そろそろお時間ですね」
「いくか」
「うん。ドラゴンフライレース本戦に」
「ほらおなまーえちゃんも」
「あ、はい」
おなまーえは引きつった笑みを浮かべた。No.4のスタート台におなまーえは向かう。
最近気が滅入りやすい。毎晩練習をしていたため、睡眠不足なのだろうか。
「あんなの私考えてない。サクラちゃんはそんな子じゃない。そんなこと、考えるわけないじゃない…」
ブツブツ言いながら歩いていると、カイルに似ている人物とすれ違った。
「…?」
おなまーえは足を止めて振り返る。
確か彼はおなまーえの1つ後ろのNo.5だった気がする。それなのになぜ先頭の方から歩いてきたのだろうか。それにすれ違いざま、心なしか彼が笑ったような気がした。
(……考えすぎかな。見えるものすべてが敵に見えるなんて、相当精神参ってるのかも)
今日は決戦。今は目の前の試合に集中しなければ。これを終えてしっかりと休めば、きっと心も体も回復するはずだ。
キュッと手袋をつけておなまーえはキュウべえ号に乗り込む。
『ドラゴンフライレース本戦!!これがスタートタワーです!!現在我がピッフル国公式レース使用車で最も軽いマシン。それがドラゴンフライ!史上最も豪華な優勝賞品が用意された今回のレース!あの充電電池を手に入れるのは誰だーー!?』
実況は本日も好調。
そのまま決戦の簡単なルール説明を行う。今回は単純な速さを競うだけではなく、3つのチェックポイントでバッチを手に入れるというルールが追加されている。おなまーえにとってそのルールが吉とでるか、凶とでるかはわからない。
(でもやってみなきゃね)
会場中央に大きな映像が流れ、知世がドアップで映る。彼女の持つカードがカウントダウンを始めた。それに合わせて会場の声が上がる。
『3!』
『2!』
『1!』
『…GO!』
『三つのバッジをゲットして目指せ!栄光のゴールへーー!!』
おなまーえは好調なスタートを切った。途中サクラの乗るウィング・エッグ号を抜かしたが、迷わず正面を見る。
おなまーえとて既に何機かに追い越されている。これ以上順位は落とすわけにはいかない。明らかに予選よりも周りのスピードが速いのだ。
『さあ!その間に先頭はーー!?』
実況の声に耳を澄ませる。
『黒たん号だー!本当に速い!さすが予選第一位!!それに少し遅れてデウカリオン1号、2号!ガルーダ号にキュウべえ号!さらに遅れて4機ダンゴ状態だー!!』
ファイと小狼とサクラはまだまだ後ろにいることがわかった。そして自分は現在5位だということも。しかし油断ならない、とおなまーえはハンドルをギュッと握った。
『さあ!そろそろさしかかって参りました!建物、看板が密集した一般空路です!予選と違って本選はこの一般空路もコースの内です!速さだけでは勝利は掴めません!!障害物をどう避けるか、どうコース取りをするかも鍵となります!』
その実況におなまーえは口角を上げた。
カーブならレーシングゲームでお手の物だ。杏子としのぎを削った成果を見せてやろう。
おなまーえは障害物をギリギリに、最短ルートでかわしていった。
『キュウべえ号のドリフトが火を噴くー!乗っているおなまーえ選手は密かにグッツ化が検討されているほどの美少女!!そして今日のコスチュームは大胆にも脚を強調したデザイン!んーー!目が離せません!!』
実況の声が耳に入らない程度にはおなまーえは集中していた。ひょいっひょいっと看板や建物を避けて、次々と先頭組みを抜かしていく。障害物エリアを抜けるとトップの黒鋼と同列にいた。
『ツバメ号も素晴らしい操縦です!両者とも一気に先頭グループに踊り出ましたーー!!』
「黒たん、おなまーえちゃん、やほー」
「ファイも早いですねー」
「おなまーえちゃんに会いたくて早く来ちゃったー」
「お父さんに、の間違いじゃありません?」
「おまえら!真面目にやらねぇと落とすぞ!」
――ピコーン
腕につけられたコンパスが反応した。示す先には星マークの書かれた球体が浮かんでいる。
『さあ!さっそく第一チェック地点です!!』
「で、どこでバッジとかをもらやぁいいんだよ」
バッジをもらうチェックポイントに差し掛かったのはわかったが、周辺にそれらしきものは見当たらない。
「ひょっとして、あれーー!?」
ファイの声に正面の球体の中をじっと見てみると、小さなものがたくさんつまってキラキラと光っている。
「あの球体の中でキラキラしているのがー?」
『さあ!あのボールの中に煌めいているのが第一チェックポイントのバッジです!』
「どうやって取れってんだ!」
「あの風船っぽいの破くんですかね?」
「とりあえず、行ってみるかー」
ファイと黒鋼が高度を落としたため、おなまーえもそれに倣って機体を下げる。
――ポーン
ツバメ号があと5メートルで球体にぶつかる、というところで、その球体が弾けた。容れ物を失ったバッジが風に舞う。
「えぇ!?」
おなまーえはとっさのことにすぐに反応できなかったが、たまたま舞ったうちの一個が腕のバッジホルダーに引っかかったようだ。
獲得したことを確認し、すぐさま高度を上げる。
「あっぶなかったー」
「ぼーっとしてやがるからだ」
「黒んみ厳しー」
「私、バッジ持ってる?大丈夫??」
「おまえは反応が鈍い」
「黒鋼さん厳しー」
黒鋼とファイも無事にバッジをゲットできたらしい。
ファイがちらりと後方のチェックポイントを確認する。
「なるほどー、ドラゴンフライが近づいた時だけボールがなくなってバッジが取れるんだー」
「取り損ねたヤツはそのままか」
「後の人、可哀想ですね」
ギュインと風を切る音がする。黒鋼に抜かされた。
やはり直線はスピードが出しにくい。
「おなまーえちゃん、先行くねー」
「あ、はい!」
ファイにも置いていかれ、おなまーえは内心焦る。
(あとほんの少しだけ、強めても大丈夫かな)
勢いがあるとその分風に煽られるため自分の中で制限速度を設けていた。だがもう少しだけ早くしても大丈夫だろうか。アクセルに置いてある右足をほんの少しだけ強めた。
――ブルン
「!?」
途端キュウべえ号が煙をあげた。
こんな時に機体故障かとおなまーえは焦り、アクセルを緩めたり押し込んだりを繰り返すが、一向にスピードが出る気配がない。それどころか高度が勢いを増して下がっている。
(電気が通ってない…!)
このドラゴンフライは電池と風力のハイブリッド。電子回路がショートしたのだろうか。電気が通っていないそれは風の力だけでは飛ぶこともままならない。
「っ!あいつ…!」
次々と抜かされていく中、おなまーえは一瞬カイルと目が合った気がした。
『後方でのハプニングが収まりませんが、3位を走っていたキュウべえ号がまさかの失速!?高度が下がっていることからエンジントラブルでしょうかーー!?』
まずい、地面にぶつかる。おなまーえはギュッと目を瞑り、衝撃に備えた。
――ガッシャーーン
『キュウべえ号、ここで墜落――!!』
「「「「!?」」」」
前を走っていた黒鋼とファイ、途中でおなまーえを追い越した小狼、そして後方を走っていたサクラとモコナはアナウンスに衝撃を受けた。
『機体の故障のように見えました!キュウべえ号のおなまーえ選手の安否は現在取れておりませんが、レースは続行です!!後ほどこちらに情報が入り次第、報告致します!!』
ファイは迷うようにスピードを緩める。それを黒鋼が嗜めた。
「あいつはそんな簡単にくたばるようなやつじゃねぇ。前を向け」
「……でもおなまーえちゃんのドラゴンフライは、オレたちが整備してた。オレらのには問題はなかったんだから、誰かにエンジンを弄られたと考えるのが妥当じゃないかなー」
「……だとしても、今はどうにもできねぇ」
ファイは眉間にシワを寄せてアクセルを踏み込んだ。
『現在第1位はツバメ号!第2位は黒たん号です!』