第8章 沙羅の国・修羅の国
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光が見えた。今度こそ腰を打ちませんようにと祈ること何十回目。
――ぽすっ
なんともマヌケな音がした。確かに腰から落ちたが痛みは感じない。下を見てみると色とりどりの花がクッションになっていた。
「ここは…」
「紗羅ノ国ー?」
着地した場所は陣社の一角だった。以前の厳かな雰囲気とは打って変わって、華やかな雰囲気が漂っている。
「着地!100てーん!!」
「痛くなかったよモコナ。今度から同じ感じでお願い」
モコナが両手を広げて叫んだ。ファイが拍手を送る。
「戻って来たの?」
「そうだけど、なんだか…」
雰囲気が違う。小狼の言葉は女性に遮られた。
「あら、お客さんね。どこから来たの?」
「え?」
「あの…」
女性たちはおそらく遊花区の一員の人たちだろう。小狼とサクラの様子を見るに知り合いのはずだが、どうやら認識されていないらしい。
「あ、あの、陣社の人達と遊花区の人達って…」
「おう、見ての通りだ」
見ての通り、男女関係なく和気藹々としている。ついこの前まであんなにいがみ合っていたというのに。
「あたし達、すぐ近くの遊花区って所を根城にあちこち興行して回ってるんだけどね、困った事があったらいつも陣社の男衆に助けてもらってるの。」
「おう!俺達で出来る事があったらいつでも呼びな!」
「いよ!色男!」
態度が180度違うことに、一行は混乱する。
「……仲良しだー」
「ここは前いた紗羅ノ国とは違うのでしょうか?」
「同じだけど、また別の次元ってことー?」
「一理ありますね」
見た目は一緒。国の名前も一緒。
こんな偶然はあるだろうか。
――わぁ
歓声が巻き起こった。
「なんだ?」
「旅の人達、運がいいわ!」
「今日は結婚式だからな!」
「結婚式?」
皆が見ている方向をみると、蒼石と可愛らしい女性が仲良く歩いていた。
「鈴蘭さん!」
「神主じゃねぇかよ」
「あの服…!」
女性が着ているものは、いつしかに見かけた花嫁衣装だ。すなわち2人の恋が叶ったのだ。揉みくちゃにされながらも幸せそうな笑顔を浮かべている2人をみて、おなまーえは少しだけ羨ましく思った。
「ちょうどいい!今日はめでたい日だから、うちの神様も御開帳だ!」
「見てってよ!うちの守り神だ!」
陣社の氏子と遊花区の女性が、御神体の入っている扉に手を向けた。
「阿修羅王…!」
感極まるとはこのこと。おなまーえの目から涙が溢れてくる。そこには隣り合って鎮座する阿修羅王と夜叉王の像があった。
その瞬間全てを悟った。未来が変わったのだ。
愛し合っていた2人が望んでいたこと。元の世界で、血の涙を流すくらい悲しんでいたこと。それが叶ったのだ。
阿修羅王は幸せになれた。
「出来た時から、ずっと一緒なんだよ!」
「おう。離しちゃいけないって言われてるからな。」
「紗羅ノ国が安泰なのも、この神様二人のおかげさね!」
涙を拭うおなまーえの頭をファイが撫でた。
「ねぇねぇ、これ」
不意にモコナが声をあげた。見るとかつらと桜の髪飾りが丁寧においてある。おなまーえはこれを一度だけ見たことがあった。
「「あーーー!!」」
案の定、小狼とサクラが驚きの声をあげた。ふたりが修羅の国に落ちた時に身につけていた衣服だ。
「こ、これって」
「おれたちがつけてた…」
「神器だよ」
女性が説明する。
「昔からこの陣社に祭られてる」
「「え!?」」
「昔から…ですか?」
「おう!」
驚きで2人はぽかんとしている。
「何か理由があるんだよね」
「おう!その辺りはうちの陣主に!って、今は無理か」
鈴蘭と蒼石は仲良く階段を上っている。あのとき蒼石は何を思って花嫁衣装をおなまーえに貸すと言ったのだろうか。本当は鈴蘭さんが着ているところを見たかったのだろう。
もう余計なしがらみなく隣り合う2人の姿は、阿修羅王と夜叉王に被ってみえた。
「新郎新婦の鏡割りだー!」
辺りがどっと賑やかになる。
「行こうぜ!」
「祝い酒よ!一緒に飲みましょ!!」
説明してくれていた女性と氏子はお酒をもらいに行ってしまった。
「これ、二人が着けてたのなの?」
「!」
――こくこくっ
ファイの問いかけに、小狼とサクラは大きく頷く。
「紗羅ノ国で遊花区の人達に着けてもらって」
「修羅ノ国で着替えた時に外されて、そのまま…」
「修羅ノ国に置いて来た、と」
――こくこくっ
一行は首を傾げる。しかしおなまーえだけはにやりと笑った。
「皆さんわかりませんか?」
「おなまーえさんは分かってるんですか?」
「もちろん。修羅ノ国は、紗羅ノ国のずっとずっと昔の姿だったんですよ」
「どういう事だ?」
「そうか!」
おなまーえの説明に合点が入った小狼が、時間軸の変化についてより詳しく説明をする。
「でも、どうしてこんなに紗羅ノ国の様子が違うんでしょう」
「なんか男の人と女の人、すっごく仲悪かったよね」
「ひょとして…」
「……未来が変わった、か」
「……」
ファイの答えに黒鋼が怪訝な顔をする。
再び小狼が説明してくれた。彼の最後の一言が、この世界を大きく変えたのだと。それが果たして良いことなのかはわからない。今回は結果的に平和なルートを辿ったが、過去を変えるのはリスクが大きい。
でも今は、今だけは阿修羅王と夜叉王を祝福したい。
「…ありがとう、倶摩羅様」
あの馬鹿正直な倶摩羅は、ふたりの形見の刀をちゃんと一緒に奉ってくれたのだ。
「おい、白まんじゅう。最初から修羅ノ国に落ちりゃ良かったんじゃねぇかよ。じゃなけりゃ、夜叉族がいた夜魔ノ国でも…」
――がばぁ
モコナが大口を開けた。
「げっ!!」
黒鋼が身構える。
モコナはものすごい風を巻き起こした。像の中から本体とも思える剣が出てきて、モコナの口に入る。
「阿修羅王と夜叉王の剣!」
「ちょ、ちょっと、モコナ?」
「おお?」
剣を2本とも飲み込んだモコナは、可愛く座るり
「モコナ108の秘密技のひとつ、超吸引力なの♡ダイソンにも負けないよ♡」
「秘密でもなんでもねぇだろ!」
黒鋼のツッコミが入る。もう数ヶ月見ていなかった、懐かしい光景だ。
「守り神の中身を吸い込んで…」
「い、いいのかな」
「まずいんじゃーないかなー」
「ずらかります?」
人混みからひときわ大きい歓声が上がった。振り向くと火の粉が待っている。触ってみると不思議と熱くなく、幻想的な空間を作り出していた。蒼石と鈴蘭は幸せそうに手を取り合っている。
「……いいなぁ」
おなまーえの呟きにファイが反応した。
「おなまーえちゃんだってあの男の人といい感じだったじゃんー」
「え?」
ファイの示すあの男についてしばらく思案してみる。
「もしかして…倶摩羅様のことですか?」
「うん。だって最後告白されてたしー、盛大に」
「あの人は、その、気の合うお友達のつもりでした」
「でもその気にさせちゃったんでしょー」
「そ、それは否定しませんけど、私、その…」
諦めたとはいえ、あなたのことが好きだから。なんて言えるはずもなく、歯切れの悪い返事しかできない。
「あの場に残りたかった?」
「…それはないです。私は自分の世界に帰るのが何よりもの目的なので」
忘れてはいない。置いてきてしまった友のことを。そのために恋心は封印したのだから。
「……」
ファイはふぅとため息を一つつくと、いつもの笑顔に戻って言った。
「じゃあ、今度からオレのことも名前で呼んでよ」
「なまえ?」
「そー。『さん』は要らないー」
「え、でも…」
「できないー?」
「……できます、けど」
ファイはふにゃっと笑った。
「じゃあ早速ー」
「えぇ!今ですか?」
彼はニコニコして待っている。
「……ファイ…さん」
「だめー」
「ふ…ファイ…」
「……はい、よくできましたー」
彼は満足そうに笑い、おなまーえの頭を撫でた。
「てめぇらは何やってんだ」
黒鋼の声で我に帰る。ハッとしてみるとサクラと小狼が困ったように俯いて顔を赤くしている。途端おなまーえの顔も赤くなる。
「い、今のはファイさんのせいで!」
「はい、おなまーえちゃんだめー」
「今のはファイのせいで!」
「…へいへい」
黒鋼はもうこちらに興味がないらしく、人混みの方を見た。
「それより、祝い酒っつってたな」
「黒ろん、飲む気満々ー」
――ばっ
「「「「「え!?」」」」」
黒鋼が一歩踏み出した瞬間、彼の頭の上にいたモコナが大きく翼を広げた。移動の合図だ。驚く一同に構わず、がばぁと大きく口が開かれる。
「もうかよ!一杯くらい飲ませろよ!」
未練がましく叫ぶ黒鋼の服をファイが掴み、もう片方の手でおなまーえの腰に手を回す。おなまーえは赤面しつつもその真意を察し、小狼の肩に手をのせた。
「ほら、小狼くんはサクラちゃんを」
「離れちゃわないように、ね」
小狼はキョトンとしていたが、すぐにサクラの手を優しく握った。
――シュルン
《第8章 終》
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