第8章 沙羅の国・修羅の国
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――ゆらり
心地よい感覚でおなまーえは目覚めた。
「ここ、は…」
「目が覚めたか」
おなまーえの頭上に阿修羅王が立っていた。逆光で王の表情はよく見えない。彼女は岸に頭を乗せて、仰向けの状態で癒しの泉に浸かっていた。
「阿修羅お、うっ…っつ…」
背中に激痛が走る。そういえばファイの射った矢に自ら刺さりに行った記憶がある。あとで怒られるななんて思いながら身体を起こそうとするが、あいにく力が入らない。
「無理はするな」
「…王、あの…」
「大丈夫だ。おまえのお陰で倶摩羅は無事だ」
「…よかった」
阿修羅王は優しく微笑む。おなまーえは安堵して力を抜いた。
再び身体が水に沈む。
穏やかな景色、清らかな空気。清浄な気で満ちたこの空間は、おなまーえのソウルジェムに頼ることなく胸の傷を修復していた。
「今宵もまた戦がある。おまえも行くか?」
「流石に今夜は遠慮します。小狼くんをよろしくお願いします」
「あいわかった」
阿修羅が寂しそうな顔をした。その様子から何かを察したおなまーえは静かに尋ねる。
「…今夜、決着をつけるのですか」
「あぁ」
「お伴したかったです」
「お前は私の願いを熱心に聞いてくれていたからな」
「あなたの願いは、誰もが一度は願ったことのあるものですから。どうか、お幸せに」
「ありがとう。おまえも幸せになれ」
それが阿修羅王の最後の言葉だった。
おなまーえは横たわりながら、泉を去って行く彼女の姿を見送る。多くのものを背負い失ってきたその背中は誰よりも華奢で、危ういバランスを保ちながら凛と張っていた。
彼女の願いは死んだものを蘇らせたいという願い。
阿修羅王と夜叉王は敵でありながらも互いに愛し合っていた。しかしやはり敵同士、お互いは戦場でしか顔を合わせることができない。
ある日、互角の力であった2人に異変が訪れた。阿修羅王が夜叉王に傷を負わせたのだ。その時、夜叉王が不治の病に侵されもう長くないと彼女は察したという。
数日後、月の城でしか相見えることのなかった夜叉王が、阿修羅王の寝室に現れた。それはつまり彼の死を意味している。
ところがその次の戦の日、顔に傷のない夜叉王が戦場に現れた。それは阿修羅王の祈りが中途半端に叶ってしまったために現れた記憶であり、魂の一部。おなまーえも戦場で何度か夜叉王を見かけたことがあるが、その顔に傷など見当たらなかった。
「そろそろいいか」
おなまーえはゆっくりと水面から身体を起こし左肩を回してみた。少々違和感があるものの痛みはない。腕をうまく使い背中をさすってみると、もう既に怪我は跡形もなかった。
おなまーえは泉から上がり、髪を絞った。月の城を見上げる。城はすでに崩れかけていた。阿修羅王の願いは叶わなかったのだ。
おなまーえは胸の前で手を合わせ静かに目を瞑った。
血に濡れた戦場。悔恨の城に奇跡を詐称する声が響く。『この運命を変えたいのなら、その死後を代償に最後の機会を与えよう』。
**********
「やっぱ、まだまだだ。鍛練のやり直しだな」
「え!?」
月の城の崩壊を見届けた小狼が驚きの声を上げる。知った声に顔を振り向かせると、腕を組む黒鋼とそれに寄りかかるファイがいた。
「黒ぽっぽ、きびしー」
ファイがいつもの調子で話す。
「黒鋼さん!?ファイさん!?」
「はーい」
「え!?え!?でも目!」
「ちゃーんと見てごらん」
「あ、赤と蒼!」
戦場では漆黒だった2人の目は、元の色に戻っていた。
「夜叉族の国にいると、自然に黒くなっちゃうみたいー。小狼君もあっちに落ちてたら、黒い瞳だったんだよー」
小狼は混乱して頭を抱えた。
「ごめんねぇ。でもオレたち先に落ちちゃって、半年近くも早くこの次元に着いちゃったんだよー」
鍛錬の為に敢えて自分たちの正体を明かさなかったと告げられると、小狼は深々と黒鋼にお辞儀をした。黒鋼が師として見守ってくれていたのだと理解した。
「小狼くん!!」
談笑していた三人の元に、サクラが駆け寄ってくる。その後ろからおなまーえがゆっくりと歩いてくるのが見えた。阿修羅の城で待機していたサクラと合流し、2人はここまで徒歩で来たのである。
「……おなまーえちゃん、怪我は?」
「もう完治しました」
「そっか、よかった…」
「なので安心してくださいな」
「……」
そう元気に振る舞う彼女にこれ以上なんと声をかければいいのか、彼には言葉が思いつかなかった。命を奪いかねない怪我を負わせた相手に謝罪されたところで、それは許されるものではない。
――たとえ彼女の体が "空っぽ" だったとしても。
黙りこくって何かを耐えるように体を震わすファイ。その様子はまるで迷子の子供のようだった。
「………」
おなまーえはファイの頭に細い指をのせる。桜都国以来の、ふわふわの金髪を優しく撫でた。
「ファイさん、別に私怒ってなんてないですからね」
「……」
「魔法パワーというやつです。私はこのくらいじゃ死にません」
「……」
「もう、いつものファイさんに戻ってください。スマイルスマイル」
「…全く、おなまーえちゃんは」
心配をかけさせたくなくて明るい声を出すおなまーえと、それを困り眉で見守るファイ。
魔法はそんなに万能なものではない。きっとおなまーえもわかっている。己の体に起きていることを一番疑問に思っているのは彼女自身だろうから。
――バサァッ
モコナが翼を広げた。
「やっと移動かよ」
「そうですね…っ!?」
黒鋼の呟きに相槌を打とうとした瞬間、腰に手が回ってきてた。
――ふぎゅる
おなまーえ、黒鋼、小狼、サクラを抱きかかえるようにファイが腕を回したのである。
「てめ!何しやがる!」
「また離れて落っこちないようにー」
「こ、こんな抱きつくことないじゃないですか!」
黒鋼は相変わらず怒っているし、おなまーえは赤面し、小狼は目が点になっている。
――がばぁ
モコナが口を開けた。
「待て!」
それを引き止める声が響いた。
「やっぱりお前達は、夜叉族と通じていたのだな!!」
倶魔羅だ。忠義の騎士とは彼のことを言うのだろう。
「違います。…もしそうだとしても、二人の王はもういません」
小狼が真剣な表情で返す。
「もし二人の王の亡骸か形見の一部でも見つかったら。どうか離さず一緒に葬ってさしあげて下さい」
「私からもお願い、倶魔羅様」
「おなまーえ殿まで…」
倶魔羅は唇を噛み締め、おなまーえの目を真っ直ぐに見つめた。
「おなまーえどの。私は、あなたと添い遂げたいと思っておりました」
「「「!?」」」
一同に衝撃が走る。
「こちらに戻ってきてはくれませんか」
おなまーえに視線が集まった。
「……ありがとうございます倶魔羅様。貴方は立派な騎士です。でもその想いには答えられない」
「…っ」
倶魔羅は分かっていたと言うように、目元と口元を緩めた。とても晴れやかだった。
「ありがとうございます、おなまーえ殿」
――シュルン