第8章 沙羅の国・修羅の国
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もう間も無く、月の城に向かう頃となった。予想していた通り、倶摩羅が喧しい。
「月の城にどこの誰とも知れぬ者をお連れになるなど!何をお考えなのですか、阿修羅王!」
阿修羅が凛とした声で答える。
「何も。ただ見たいと思っただけだ。望みが叶うところを」
「大体その者は闘えるのですか!」
「相変わらず元気ね、倶摩羅様は。その時のために私がいるんですよ。たとえ怪我をしても絶対に死なせませんから」
おなまーえが微笑んだ。
この国で数ヶ月、救護班として動いていた彼女は応急処置程度は魔法でできるようになった。阿修羅王の計らいで、治癒魔術を少しかじったのだ。
おなまーえは小狼を見やった。彼の腰には緋炎が携えられている。
「そんな!わざわざおなまーえ殿まで!!お戻りください!阿修羅王も、私の言葉をお忘れか!」
彼の叫びは聞き届けられなかった。
――ゴゴゴゴ
月の城が迫って来きた。一同は顔を上げて城を見つめる。
「行くぞ、小狼」
「はい!」
空間が歪み、徐々に月の城の戦場に移り始める。次の瞬間、矢が味方の1人の首に刺さった。
「!」
これが開戦の合図。夜叉族との戦闘が始まった。黒鋼とファイが最前線で戦っているのがここからでも見える。
「ファイさん!?黒鋼さん!?」
「……」
小狼の叫びに、心なしか黒鋼の頬が上がった気がした。
「確かめて来ます!」
小狼が黒鋼の元に走り出した。おなまーえも阿修羅王に目配せをして後に続く。
「黒鋼さん!ファイさん!」
「……阿修羅族はこんな子供まで戦に駆り出さなきゃならん程、戦える奴がいねぇのか?」
「黒鋼さん…?」
「閃竜・飛行撃!」
「っ!」
やはりおなまーえ同様、こちらのことを知っている様子はない。突然の攻撃に大きくバク宙して、小狼は難なく避けた。
――カッカッカッカッカッ!!
しかし、ファイの矢が彼の服と壁を固定し、動けなくなる。
「っ!」
「飛光撃!!」
黒鋼が攻撃を放つ。小狼も今度は避けきれず、直撃を食らうだろう。
――フォン
おなまーえは静かに指先に意識を込める。
「…セット」
――ドゴォンッ!!!
黒鋼が放った龍の如き雷撃が弾け飛ぶ。小狼の前に雪の結晶のような壁が出来上がり、それが攻撃を弾いたのだ。魔法でできた壁は役目を終えると糸のように解けていく。
「……久しぶりだな、小娘」
「夜叉族の男は相変わらず礼節を弁えないのね。その子、あなたの知り合いみたいだから、話くらいは聞いてあげてくださらない?」
「戦場では口先ばかり動かしてるやつから死ぬ」
「…情緒がないこと」
このわずかな間に、小狼は服の袖をちぎり脱出していた。自由に動けるのであれば手出しは無用だ。
――ヒュッ
鋭い矢が目の前を通り過ぎて行く。ファイの方向を見れば、こちらが相手だと言わんばかりの視線を受ける。
「……俺の相手だ、邪魔するな」
「いいでしょう」
黒鋼が小狼に向かって刀を振り下ろす。
「天魔・空龍閃!」
先ほど同様、雷となった龍が小狼に向かって襲いかかる。だが今度の攻撃も避けられない。雷は小狼の避けた方に追尾していく。
「私は手出ししません。私は、ね」
次の瞬間燃え盛る炎の渦が黒鋼に襲い掛かった。
「っ!」
間一髪のところで黒鋼は回避をする。炎を放った人物、阿修羅王は眉一つ変えずに小狼の助けに入った。
「配下を助けるなんざらしくねぇな、阿修羅王」
「……」
黒鋼の呟きに阿修羅は微笑みを返す。
――スッ
彼女がもう一度刀を振るうと、先ほどとは比べものにならないくらい強力な炎が黒鋼とファイに向かっていった。2人を丸ごと焼き尽くす勢いのそれは、黒鋼の鋭い剣筋に絶たれる。その勢いに乗って、彼は阿修羅王との距離を一気に詰め寄り、彼女の喉元に剣先を突きつけた。
「……」
「見事だな」
しかし阿修羅は動揺せず笑顔のままだ。次の瞬間、黒鋼と阿修羅の間にブーメランが割り込んでいった。黒鋼はすぐに気がつき、刀でそれを受け止め打ち返す。
「王!!おのれ!!」
ブーメランを放ったのは倶摩羅だった。黒鋼に襲いかかろうとする。
――そのときおなまーえは視界の端にファイを捉えた。
「待っ!」
全てがスローモーションに見える。弓を番える彼の黒い瞳は倶摩羅を捉えていて、そして肝心の倶摩羅は頭に血が上っているため目の前の黒鋼のことしか見えていない。
弓がしなり、矢が弾ける。あの細い矢を、倶摩羅は避けられない。
「っ、」
おなまーえは馬を倶摩羅に向かって走らせた。
魔法は間に合わない。でも矢の的を逸らすことができれば。
「「「!?」」」
――ドッ
鈍い音。おなまーえの背中に激痛が走った。
体のど真ん中、心臓のある位置に細い矢が突き刺さる。
「っ…」
伸ばした手に力が入らず、彼女はゆっくりと落馬する。
――ずるっ
本当はかばう必要なんてなかった。ファイだって下手ではない。本気で倶摩羅を殺すつもりでないことくらいは分かっていた。わかってる。わかっていた。
(バカだな、私…)
ここ数ヶ月、倶摩羅はそれなりによくしてくれた。花や菓子の贈り物もそれなりの頻度でくれた。
妹のように可愛がってくれていたから、つい絆されてしまったのだ。
(なんてね)
ぼんやりと、そんなことを考えていた。
「おなまーえ殿!!」
「おなまーえさん!!」
落下する間も、視界は嫌に良好だった。
阿修羅が静かに目を瞑り、倶摩羅が血相を変える。
黒鋼は息を呑み、矢を射った張本人はほんの一瞬だけ目を見開いた。
――ドシャア
ギリギリのところで倶摩羅に受け止められたおかげで、おなまーえは地面に打ち付けられずに済んだ。
「おなまーえ殿!おなまーえ殿ー!!」
意識が遠のく。
(また心配をかけてしまう…)
そこで意識は途絶えた。
**********
倶摩羅に襲いかかっていた矢を、全身で受け止めたのはおなまーえだった。
「おなまーえ殿!!」
「おなまーえさん!!」
矢が彼女の背中に突き刺さっている。鍛えられた兵士でない彼女はぐったりとして意識を失っている。小狼は切迫した顔でその矢を射った人物を確認する。
「……」
「そんなっ!?なんで!」
そんな平気な顔でいられるのか。
未だ震える弓を握っていたのはファイだった。
この旅において、おなまーえとファイはとても親密な間柄だった。事実はどうであったかはわからないが、少なくとも小狼にはそう見えた。
互いを想う心は確かに。
互いの目は慈愛に満ちて。
互いは手を取り合って。
自身と姫の関係とは、また違った絆が確かに芽生えていた。そのファイが、事故とはいえ彼女を撃ち抜いても眉ひとつ動かしていない。
「おなまーえ殿!おなまーえ殿ー!!」
倶摩羅の慟哭と名を呼ぶ声が、荒廃した戦場に響く。おなまーえの腕がくたりと下がった。
「俺の相手だ。手出しすんな」
「………」
黒鋼の言葉にファイは何も返さない。
「おのれ!おのれぇぇえええ!!!」
倶摩羅が武器を構えた。怒りのあまりに逆上する彼は、周りのことなど目に入っていない。おなまーえを抱きかかえる腕に力が入った。
阿修羅族の部隊も憤激して、勝鬨をあげて一斉に黒鋼に襲いかかった。
――ザッ
だが彼らの進撃は叶わなかった。
「「「!」」」
鈍色の空から、熱量を持った光が降り注ぐ。
まるで月の城と宇宙を繋ぐ、一本の柱のよう。
「夜魔・天狼剣」
――カッ
それは文字通り兵士を溶かす大技。
その閃光は太陽よりも明るく。
あまりの眩しさに小狼は目を瞑った。
「っ!?」
先ほどまでそこにいた阿修羅族の大半のものが溶けて消えていた。
阿修羅と倶摩羅、そして彼が抱きかかえているおなまーえは無事だ。
「夜叉王ーー!!」
「だから、俺の相手だっつってるだろうが。夜叉王」
一同の視線が夜叉王に集まる。阿修羅と夜叉王がお互いに見つめあった。
その2人を眩しい光がてらした。
日が登る。
互いに悲しみを他所に、無情にも月は中天に差し掛かる。