第8章 沙羅の国・修羅の国
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「いたっ!!」
「小狼くん大丈夫!?」
モコナに強制的に転移させられた小狼とサクラはあたりをキョロキョロと見回す。
――ドサッ
人が倒れる音。
その人物の首から上は存在せず、斬り捨てたであろう張本人は黒髪の美しい女性であった。優美な着物には似合わない赤い返り血が付着している。
ここは戦場。命と命がぶつかり合い、刀の交わる音と雄叫びしか聞こえない、血生臭い戦さ場だ。
小狼はサクラを守るように両手で引き寄せる。
「阿修羅王、お怪我は?」
「ない。また決着はつかないようだな、夜叉族と」
「「!!」」
阿修羅王と呼ばれた女性に倣って崖上に顔を向ける。そこにいたのは夜叉王と冷たい目をした彼の配下たち。その中に、黒鋼とファイによく似ている人がいる。こちらが視認できるということは、あちらからも見えているということ。だってのに、二人は何の反応も見せない。
「月が昇りきった。今宵の戦いはこれまでだな」
言葉を交わらずことなく戦が終わる。
――ユラァッ
次の瞬間に、小狼とサクラは別のところにいた。阿修羅王も戦っていた人たちもそのままで、ただ場所だけが変わった。
「え?」
「あれあれ?なんかさっきと違うとこ来てる?」
「あの場所にいられるのは月が中天に昇るまで。それを過ぎれば我々は追い払われる」
月の中天、そこには城のような影が宙に浮かんでいる。
「お城が、空を飛んでる!私たちあそこにいたの?」
「でもどうしてあそこで戦いを…」
「なにをとぼけている!」
荒々しい声で割って入ったのは阿修羅王の配下の男だった。
「月の城での戦いを分からぬふりとは、なにが目的だ!まさか夜叉族の手の者か!?」
「夜叉族なら目は漆黒のはず。この子たちは違う。琥珀と翡翠の碧の瞳だ」
「しかし!!」
「倶摩羅、その子供達を我が城へ」
「わかりました捕まえて尋問を!」
「違う、客人として招け!」
「阿修羅王!」
どこの馬の骨とも分からぬ子どもを、確かに城に招き入れるのは、臣下として声を荒げずにはいられないだろう。それが分かっているから小狼も反論はしない。
「また倶摩羅様が騒いでる」
「「!!」」
その声は聞き覚えがある。いつも穏やかでときどき可愛らしくて、ファイと一緒にムードメーカーの仲間。
「「おなまーえさん!?」」
「はいそうですよ、かわいいお客人方」
見た目はどう見たっておなまーえだ。紫がかった白髪も、背丈も瓜二つ。だが、透き通るようなアメシスト色の目だけが、黒真珠のような瞳であった。雰囲気もどこか大人びていて、知っているおなまーえとは少し違う。
「ご存知の通り、私はおなまーえと申します。お怪我はございませんか?」
「えっ、と」
「この子たちは大事ない。知り合いか?おなまーえ」
「いえ初対面です」
そうしてにっこり笑う彼女は、どこかファイの笑顔を彷彿とさせた。サクラは正体を確かめるために、思わず彼女に触れようと手を伸ばす。だが触れるより先におなまーえは後ろの方に引き下げられてしまった。
「おなまーえ殿に近づくな!」
「倶摩羅様、おやめください」
「ですが…!」
「この子たちからは敵意を感じられない。王の客人に刀を向けるのは些か無礼が過ぎますよ」
「っ…」
阿修羅王とおなまーえに諭されて、倶摩羅は渋々と引き下がる。
「歓迎するぞ、子供たち。我が阿修羅城へ」
**********
客をもてなすにはまずは食事だ。
「待たせたな。食事は口に合ったか、客人」
「うん!すっごくおいしー!」
「それは良かった」
阿修羅に続いておなまーえが部屋に入ってくる。所作ひとつひとつにどうしても目がいってしまうのは、彼女が旅の仲間である可能性を捨て切れていないからだ。まるで針でも刺さるのではないかと思うくらい小狼はおなまーえを凝視する。
「阿修羅王、今宵は豪華ですね」
「ああ。なんせ久々の客人だ。このくらいのもてなしせずして何が王か。お前も芸の一つでも覚えてもてなせば良いものを」
「残念ながら舞の才も音の才も私にはほとほと向いていないようで」
「つまらんやつよなぁ」
「どちらも鑑賞するには良いものですが」
しっとりとした女性同士の会話。その一挙一動を観察する。あまりに露骨な視線だったから、おなまーえはこちらに笑いかける。
「…なにか?」
「おれたちの旅の仲間に、おなまーえさんという方がいるんです。ちょうど貴女にそっくりな方なのですが、ご存知ないですか?」
「生憎、そういった方とはお会いしたことがございません。でも面白いですね。私とそっくりな人なんて、是非お会いしてみたいです」
小狼の知るおなまーえは、自分にこんな風に話しかけない。もっと気楽に、姉のように親しみやすい人だったはずだ。小狼は念押しの、最後の確認をとる。
「……本当に、おれの知ってるおなまーえさんではないんですか?」
「はい、残念ながら。わたくし生まれも育ちもこの城でございます。ですよね、阿修羅王?」
「…ふふ、そうだな」
「…失礼しました」
姿形はおなまーえだが、中身は全くの別人。ではあの月の城で見た黒鋼とファイも別人なのだろうか。確かめなくてはならない。小狼は拳を握り込んだ。
**********
朝日が泉に差し込む。ここは本来、王しか使用することのできない水場。森の奥深くに用意された神聖な泉だ。
――パシャ
そこで一人の女が水浴みをしている。白銀に輝く長い髪がまるで糸のようにしなやかに波打つ。流れ落ちる雫も宝石のようにキラキラしていてため息が出る美しさ。
「おなまーえ、なぜあのような嘘を?」
その光景を独り占めしていた阿修羅は、彼女の髪を掬いながら問いかける。
「小狼くんの剣の師匠からのお願いなんです」
「夜叉族にいる、あの強者か」
「はい」
「今夜は小狼もあそこに連れて行く。お前もくるか」
「行きます。久々に、顔合わせしたいので」
おなまーえは水から上がり、曇ったソウルジェムをコンパクトにしまう。清い水はソウルジェムの汚染の侵食を抑える効果がある。
数ヶ月ぶりに会う仲間を想い、おなまーえは嬉しそうにそれを袖にしまった。