第8章 沙羅の国・修羅の国
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食事も終わり、3人は今日の探索について話していた。
「やっぱり遊花区も見ておくべきですよ」
「でもその辺りは氏子さんたちが絶対行かせたくないっていうしー」
「だから私1人で行くって行ってるじゃないですか」
「それは危ないからダメー」
「待ってりゃそのうち向こうから来るだろ」
「来なかったらどうすんですか!」
この調子で、先程から話にならない。
遊花区に行くのであれば、この陣社の敷居は二度と踏ませないと氏子に言われた。おそらく蒼石の許可なく、彼らが勝手に言い始めたことなのだが、お邪魔させていただいている以上文句は言えない。
だがこの辺りで大きな住民区画は陣社と遊花区のみ。探しに行かない手はない。痺れを切らしたおなまーえはバンッと机を叩く。
「私1人で行けます!子供扱いしないでください!」
「子供扱いはしてないけど、女の子が1人で出歩くとねぇ…」
「自分の身は自分で守れます。ファイさんなら知ってるで――」
――ゴゴゴゴゴゴゴゴ
「地震!?」
突然大きな揺れを感じた。
「あー、昨日のに似てるねぇ」
「え、昨日もあったんですか?」
「うん。おなまーえちゃん酔ってたから覚えてないだろうけど」
「そうだったんですか…?そういえば記憶が…」
「んなことより、早く表でろ」
廊下に出ると、氏子がたくさん集まっているのが見えた。近くには蒼石もいる。彼はこちらに気づいて駆け寄ってきた。
「皆様、御無事ですか」
「はい、大丈夫です。それよりこの地震って…」
「御察しの通り、これが怪奇現象の一つです」
阿修羅像と夜叉像が近づくと起きる怪奇現象。血の涙と謎の地震。
(なんだろう。ものすごく嫌な予感がする)
おなまーえは漠然とそう感じていた。
「空が割れる!」
氏子の1人が叫んだ。
「どうなってんだ一体!!」
「やっぱり阿修羅像のせいだ!!」
「そうだ!これも阿修羅像のせいに違いねぇ!!」
「もう我慢ならねぇ!!あの像ぶっ壊すしかねぇ!」
「おお!」
「っ、おやめなさい!!」
騒ぐ氏子に蒼石が叱咤する。
「陣主!」
「たとえ争乱を呼ぶと言われていても、神の像。壊す事は許されません!」
「けど、蒼石様!!」
「それより何故このような事が起こったのか、そしてこれからどうなるのか確かめる方が先です」
氏子たちは文句こそ言わなくなったが、不安な声ををあげている。
「また、姫の羽が関係あるんじゃねだろうな」
「わかんないー。でも…なんかとんでもない感じなんだけど、あの空の向こう」
「私でもわかります。ちょっとやばいかも…」
ソウルジェムがキィンと警告の音を発している。割れた空から溢れる濃い魔力濃度。おなまーえでもわかるほどのそれは、ファイの目にどう映っているのだろうか。
揺れは収まることを知らず、どんどんと激しさを増していく。
「私は夜叉像の様子を見に行きます!」
「ご一緒します!」
蒼石に続き3人が建物を駆け抜ける。勢いよく扉を開くと、遠目からでも夜叉像が血の涙を流しているのが見えた。
「夜叉像が、また血の涙を…!」
――ゴゴゴゴゴゴゴゴ
揺れは収まらない。
「…とんでもねぇ殺気の塊がある」
黒鋼が刀を構える。魔力を感じない彼には、これは殺気と映るのか。
「…空の向こうにね」
ファイの表情にもいつもの笑顔は見られない。おなまーえは前に出る2人の背中を見つめた。
「近づいてきてる」
ファイがそう呟いた瞬間、おなまーえの体にあの時空を移動する時特有の感覚が走った。
「きゃっ!?」
慌ててファイと黒鋼にも目をやるが、彼らも浮遊感を感じているらしく、あからさまに動揺していた。
「何だ!?」
「ええ?移動するのー?」
「なっ――」
少し、違和感がある。なんだか前の2人との間に妙な壁を感じるのだ。まるでそこだけ時間が切り取られているかのような、離れ離れになってしまうような感覚。
「ふ、ファイさん…!!」
「!?」
堪らず彼に助けを求める。こちらを振りむいた驚いた顔のファイが見えた。
「手を――」
「っ!」
伸ばした手は彼に届かず、3人は姿を消した。
**********
――ヒュッ
――ドッ!!
「イッ、たぁーー!」
腰から勢いよく着地した。いつもと同じ痛みに、どうしてか安心するところがあった。
上がった砂煙は一人分だけだった。
「……ファイさん?黒鋼さん?」
薄っすらと目を開けて周囲を見渡す。
彼女の紫色の目に入るのは死体の山だった。
「ひっ」
その光景はおなまーえには刺激が強いもので、彼女は後ずさりした。
腹を切られている者。首を刎ねられている者。手足が斬り落とされている者。そこに生は感じられなかった。
血しぶきは岩肌を赤黒く染めている。おなまーえが握った地面も例外なく濡れていて、彼女の白い手にべったりとこびりついた。
「誰か…誰か…!」
おなまーえは心の中で旅の仲間の名を叫ぶ。途方も無い絶望感と孤独感。
いつも誰かがそばに居てくれたから、1人で知らないところにいるという事実がここまで怖いものだなんて思いもしなかった。ほんの数分前の、ひとりで遊花区に行くと言った自身の発言を激しく後悔する。
「おや、お主なぜこんなとこにいる?」
頭の上から女性の声がした。凛としていて、何より生気が感じられる力強い声。ガバッと振り向くと、黒髪の美しい女性が目に入った。
装飾の施された甲冑。黒鋼の持っていた剣よりは細い刀。ドラゴンのような生物。生きている人がいたという事実に安堵するとともに、1つわかったことがある。
(ここ、紗羅の国とは違う…)
彼の国ではこんな立派な甲冑も、刀も、生き物も存在しなかった。女性も、古典に出てくる登場人物のような話し方で、おなまーえは戸惑う。ここにはファイと黒鋼だけでもなく、モコナもいない。
体感時間にして数ヶ月前の学校の授業を思い出して、思いつく限り言葉をおなまーえは並べる。
「すみません、ここはどこですか?」
「ここは月の城だ」
なんとか通じたようだ。
「お主はどこから来たのだ?」
「わ、私は…」
拙い古語でおなまーえはその身の上を話した。