第8章 沙羅の国・修羅の国
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寝室は3人とも一緒だった。おそらく監視のためだろう。蒼石の意見に、氏子たちも手を挙げて賛成というわけではないようだ。
「おふたりとも戻ってたんですね」
ファイと黒鋼は与えられた部屋でお酒を飲んでいた。すでに数瓶空いている。遠慮という言葉を知らないのか…。
「おなまーえちゃん男の子っぽーい」
「そう見えますか?ちょっと嬉しいです」
髪をアップにしてさらしを巻き、その上に氏子たちと同じ服を着ている。一見中性的な少年に見えなくもなかった。
「おなまーえちゃんも飲もーよー」
「飲んだことあんのか、この小娘」
「ないんです。どれが一番飲みやすいですか?」
「えっとねー、これとこれとー…」
**********
翌朝、小鳥の声が小さく響く。
ファイは自身の脚を枕にして寝るおなまーえの髪を撫でた。昨晩は一杯飲んだだけで酔いが回っていたようで、ファイに終始抱きついていた。呂律の回らない舌でファイに擦り寄る姿はまるで母猫に甘える仔猫のようで、普段の冷静さの欠片もなかった。無下に突っぱねることもせずに、ファイは彼女の抱擁を素直に受け入れていた。それがせめてもの詫びだと言い聞かせて。
「おなまーえちゃんは絡み酒だったねぇー」
「……」
おなまーえが絡みにいったのはファイだけで、黒鋼には一切抱きつきにこなかった。
少女の想いなんて察しの良い黒鋼にはお見通しで、だからこそ黒鋼はファイの態度が気に入らなかった。ファイはおなまーえの気持ちを知っているのだろう。向けられる好意に気がつかないほど、この男も鈍くはない。応える気はさらさらないようではあるが、それにしても思わせぶりな態度を取るのは見ていて気持ちの良いものではなかった。今だって、膝の上で幸せそうに眠るおなまーえを見つめる目はとても優しいものなのに。
「なんか飲み続けてたら朝になっちゃったねぇ」
「…桜都国でのありゃ演技か」
「んん?」
「酔っぱらってただろ、にゃーにゃーと」
「あれは本当〜。っていうかあれ実際にお酒飲んだワケじゃないでしょー?遊戯内でのことだし。 魔術の呪文を無理矢理体ん中にいれられたのと同じ感じになっちゃったんだよー」
「……」
黒鋼は訝しげにファイを見る。そうではないだろうと。あれはおそらく、場をシラケさせないための演技。随分とまぁ胡散臭いものだ。
「あー納得してない顔だー。胡散臭い奴だなぁって思ってるでしょー」
「ああ」
「やっぱりー。黒りん顔にかいてあるんだもーん」
「だとしても問題ねぇだろ。おまえも腹割るつもりはねぇみてぇだからな」
「…そうでもないかもしれないよ?」
考えるそぶりも見せず、ファイは笑顔のまま答えた。
足元のおなまーえが寒そうに身をよじる。まだ彼女が起きる気配はない。ファイはポンポンと彼女の背中を叩いた。
「…蒼石とやらがあの夜叉像の謂れを話していて『阿修羅』の名が出た。その時顔色を変えたのは何でだ?」
「………」
ファイは答えない。その質問には答えられないということ。
そら見ろ、やはり腹を割る気などないではないか。黒鋼は彼を睨みつける。
「………」
「………」
しばし沈黙が続いた。
――トントン
重い空気を破ったのは戸を叩く音だった。
「はーい!」
「失礼します。昨日は随分揺れましたが大丈夫でしたか?」
扉を叩いた蒼石は、まず3人を気遣う。
昨晩とても大きな地震があったのだ。建物も無事。中の戸も問題なし。誰も怪我はしていない。
「はいー。頂いたお酒も美味しかったですしー」
「………」
明るく答えるファイに対して、黒鋼は不機嫌そうに睨みつけたままだ。
「おなまーえさんはまだ寝ていらっしゃいますか?よろしかったら、朝餉をご一緒にと思ったのですが」
「是非ー。起こしてすぐに向かいますー」
蒼石が部屋を出ていった。すぐに黒鋼が立ち上がる。彼は見下すようにファイの正面に立った。
「そこの小娘のこともちったぁ考えろ。気もねぇのにそぶりだけ見せるのも、酷な話だろ」
「……」
黒鋼も部屋を出て行った。
「……まいったなぁ。見てないようで見てるんだから」
ファイはおなまーえの頬を撫でる。
「…んっ」
「あ、起きたー?あのねぇ、蒼石さんが朝ごはんたべよーって」
「いきます…」
眠たげな声でおなまーえは答えた。
**********
お米、煮物、お漬物、お魚。ひさびさに食べる本格的な和食は絶品であった。おなまーえは一口食べるたびに蕩けそうな顔をしている。
「おいしー!」
「おなまーえちゃん、本当に美味しそうに食べるねぇ」
「喜んでいただけて光栄です」
蒼石は優しく微笑む。ひょいひょいと食べているおなまーえと黒鋼に対して、ファイはなかなか食が進まない。
「うーん、これやっぱり難しい~」
ファイの国の文化はフォークとナイフだったようで、箸の使い方には相当苦戦している様子。
「惜しい、いい線いってますよ」
「お箸は苦手ですか?」
「すみませんー」
「いいえ、お気になさらず。でしたらぶすって感じでこう…」
「ああ、ごめんなさい」
「いえいえ。大丈夫ですよ」
刺し箸は作法的にNG。無礼だと糾弾されても文句は言えない。蒼石はそれを承知でやんわりと許可した。
ファイもそれならできると早速煮物に箸を突き刺す。それを器用に持ち上げて口に入れようとした時、廊下から慌ただしい物音が聞こえてきた。
――バタバタバタ
――バン
「「「蒼石様!!」」」
「…お客様が御食事中ですよ」
氏子たちを蒼石が嗜める。ファイの持ち上げた煮物はぽろりと落ちてしまった。ボロボロの氏子たちは構わず続ける。
「すみません!けど遊花区の奴らが!」
「いきなり蹴り飛ばして来やがったんだ!」
「子供のくせにすげぇ蹴りだったんですよ!」
3人の動きが止まる。子供で蹴りが強い、すなわち小狼のことが頭に浮かんだのだ。
「その上女だったのに!!」
しかし、3人の考えはすぐに打ち消された。
「小狼くんかと思ったんだけど、違ったみたいだねぇ」
「強い女の子がいたものですね」
「………」
「どこにいるのかなぁ小狼君たち。こうやって会話が通じてるってことはそう遠くないと思うんだけど」