第8章 沙羅の国・修羅の国
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3人は蒼石の案内で陣社の内部を見て回っていた。穏やかな気候。澄んだ空気。美しい庭。それに溶け込むようにこの社は建っていた。
「すごい綺麗…」
「建物だけじゃない、この場も空気もとても清浄だねー」
「だから過ごしやすく感じるんですね」
広い敷地の神社は神聖な気で満ちている。そのせいか、ソウルジェムの輝きが少し増したように感じた。
「もうずっとずっと昔からこの陣社はこの国を守っています」
「何からー?」
「色んなもんだよ!」
「外からの敵や!疫病とかな!」
ファイの質問には、後ろをついてくる男たちが答える。
「その陣社を守るのが蒼石様の一族よ!」
「代々不思議な霊力を持った人が産まれてな!」
「その中でも一番強い霊力を持った人が陣主になるんだ!!」
「神社と神主みてぇなもんか」
「かんぬし?」
「あー、なるほど」
ファイのために黒鋼が解説する。
「神に仕えて社を守る者のことだな」
「日本国にもいるんだー」
「神社はあるが神主はいねぇ。いるのは姫巫女だけだ」
「それが知世姫?」
「るせぇ」
後ろの男たちは3人を小馬鹿にするように笑う。
「ハッ!紗羅ノ国の陣社を知らねぇとは、よっぽど遠いところから来たんだなおまえら!」
「ああ?」
遠いところという表現は間違っていない。しかし、機嫌の悪い黒鋼は男たちの言い方が気に入らなかったのか、メンチを切るように振り向く。男たちは一斉にびくっと縮こまった。
ファイは笑顔で「そうなんですー」と答える。
「たくさんやることがあるんですね」
「今もなんだか大変な感じですかー」
ファイが辺りをキョロキョロ見回しながら蒼石に尋ねた。
「…どうしてですか?」
ファイは奥に見える、大きな扉を指差した。
「注連縄っていうんですか?あれよりもっともっと協力な結界がありますよねー?中からあの中にあるものを守る感じの…」
蒼石は俯き、神妙な顔つきをした。重々しく口を開く。
「…先程の剣術といい、貴方の見立てといい、只の旅のお方ではないようですね。これも何かのご縁…」
蒼石は扉に近づき、ゆっくりと押し開いた。
隙間からから、たくさんの注連縄が見えてくる。重々しい音を立てて開いた部屋の中央には、長髪の男の人の像が静かに目を瞑って鎮座していた。その像には、黒鋼が持っている刀より太い刀が立てかけてある。
「お話しましょう、今起こっている事を。この夜叉像のことを」
一行はその部屋にゆっくり入っていった。荘厳な像はこの社の御神体。おなまーえは目を閉じて静かに手を合わせる。
「血!?」
その声でハッと目を開けた。夜叉像の閉じられた右目から赤い涙がトクトクと溢れている。
「え、え、私のせい?!」
この陣社の人々は女性を毛嫌いしていた。まさか女である自分が近づいたせいではあるまいか。困惑するおなまーえに蒼石が首を振る。
「いいえ、貴女のせいではございません。一年に一度、月が美しい秋頃になるとこの夜叉像は傷ついた右目から血を流すのです。 それが遊花区に居を構えている『鈴蘭一座』が旅から戻ってくる日と毎年一致しているものですから、陣社に仕えてくれている氏子達が……」
「遊花区の奴らがどうのこうのと騒いでやがったのか。」
遊花区には女性しかいないと聞いた。それが、彼らがおなまーえを見て警戒した理由なのだろう。
「どのくらい前からこういうことってあったんですか?」
「私がこの陣社を受け継ぐよりもっと前、先々代の陣主であった曾祖父が残した文に、血を流す夜叉像の事が書き記してありました。『鈴蘭一座』の前身である旅の一座が、今遊花区と呼ばれる所に住み始めてから怪異が起こった事も」
「…たしかに偶然とは思えませんね」
「しかし、何でその一座が戻ってくるとこの像が血を流すんだ?」
蒼石は目を伏せた。
「曾祖父は『鈴蘭一座』が守り神としている阿修羅像が関係していたのではないかと考えていたようです」
「!」
「…阿修羅か。この国でも戦いの神なのか」
「戦いと災いを呼ぶ神とされています」
「災い?」
「はい。夜叉神は夜と黄泉を司る神。阿修羅神が呼ぶ厄災は人々を黄泉の国へと送るものではないか。夜叉像の血の涙は、阿修羅像が呼ぶ厄災への警告ではないかと、曾祖父も祖父もそう考えて…」
そこで氏子の1人が、部屋の入り口から声をかけてきた。
「蒼石様、祭事のお時間です」
「ああ、今行きます」
彼は顔を上げて呼ばれた方に返事をし、3人に向き合った。
「結界を越え、貴方達がこの時期陣社にいらしたのには理由があると私は考えています。どうかお連れの方とお会いになれるまで、ここでゆっくりお休み下さい」
蒼石は一礼した。
「それからおなまーえさん」
「はい?」
「その、大変心苦しいのですが、そちらの格好は貴女の国の伝統衣装なのかもしれませんが、この国では少し目立つかと思われます。こちらでご用意しますのでお着替え下さい。」
「すみません、ありがとうございます」
この国は着物のような服が主流だ。おなまーえの制服から伸びる白い脚は明らかに浮いていた。再び蒼石は一礼をして公務に戻った。
「何かいいたそうだな」
黒鋼がファイに話しかける。
「うーん…この像警告とかそんなので泣いてるのかなぁ」
「と言いますと?」
「もっと何か、別の理由があるような気がするんだけど」
彼は真剣な目で像を見上げた。
**********
「こ、こんなに立派な着物、私には着られません!」
「でもこれくらいしか女物がなくて…」
氏子たちがおなまーえの元にやってきて差し出したのは、どこからどう見ても花嫁衣装だった。白くて上質な布。ところどころに織り込まれている金糸。どこからどう見ても普段着ではない。こんなもの受け取れない。
そもそも何故こんなものがあるのだろうか。誰か結婚でもするのだろうか。
「女性物がないのでしたら男性用のものでも結構です」
「しかし…」
氏子たちの服装は胸元が大きく空いている。おそらくその点を指摘してくれようとしているのだろう。
「でしたらサラシでもくだされば大丈夫です」
「そうですか……はお持ちいたします」