第6章 桜都国
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『ゲスト番号ベータ――435696死亡。桜都国より強制退去となりました』
そこは無限に敷き詰められたカプセルの遊技場。ひとりひとりが大きな卵の中に入り、眠りこけて夢を見る、桜都国への架け橋。
――コンコン
ノックされた方を見る。
「ファイさん!」
「やっほーおなまーえちゃん」
「よかった…!」
すぐにカプセルから抜け出してファイに飛びつく。桜都国は仮想空間とわかっていても、目の前で仲間が殺されて気が気ではなかったのだ。
「オレいまいちよくわかってないんだけどー、桜都国は夢の中の出来事だったのかなー?」
「いえ、仮想空間なんだと思います。ゲーム…って言ってもファイさんはわからないと思うんですけど、多分意識だけで遊べる特殊な機械なんだと思います。魔法じゃなくて科学の力で」
「科学はオレ全くわかんないなー」
「概ねそちらの方の仰る通りです」
コツコツとヒールの音が近づいてきた。振り向くと、白いロングワンピースに身を包んだ女性が真っ直ぐにこちらに向かって歩いてきていた。すれ違いざまに会釈をすると、彼女は扉に向かって再び歩き出す。
「私は千歳と申します。この妖精遊園地を作った創設者です」
そこに広がるのは色とりどりのアトラクションが所狭しと並ぶテーマパーク。家族連れ、カップル、友達同士。みな笑顔で遊園地を楽しんでいる。
「
「はい。ただ、まだわからないことがいくつか」
「まずはこの国に来た時の記憶だよねぇ。ジェイド国と桜都国の間の記憶がすっぽり抜けてるのかな?」
「
「記憶を改竄してるってこと?」
「ええ。まぁ正確には妖精遊園地に足を踏み入れてからカプセルに入るまでの記憶を薄くしているだけなのですが」
「つまりあの世界が本当だと思うようにされてたってことかなぁ」
だからモコナに吐き出されてから桜都国に行くまでの記憶がないのだ。
スカートの裾におなまーえはそっと触れる。ポケッの中の硬い感触。ジェイド国のときにはもっていなかったものだ。
(でも、あの世界が偽物なら、このコンパクトは?)
ファイにもらったコンパクト。桜都国では肌身離さず持ち歩いていたから、この重さには親しみが湧く。そっと取り出すと、仮想世界と遜色なく輝くそれが現れる。
「それはゲーム内でのアイテムですね」
「オレがあげたやつだ。ってことは…あれぇ?」
ファイもすぐに同じ疑問に突き当たる。
「持ってるはずがないんですよね、現実の私が」
ゲーム内アイテムは全てゲーム内に置いていかれるべきだ。だから服装も元の制服姿であることが普通。持ち物も全て消滅するのが普通のはずなのに、これだけはなぜが現実にも現れている。
「それが今私が直面している課題です」
「いろんな人が言ってました。『最近この国がおかしい』って」
「はい。この
「…まぁ間違いなく星史郎さんだろうねぇ」
「ですね」
「教えていただけませんか、その人のことを」
「とはいっても、オレたちはほぼ初対面だしぃ」
「より詳しい人が仲間にいます。その人が目を覚ませばわかることもあるかもしれません」
鬼児を従えている青年は小狼の知己であると言っていた。魔力が凄まじいということしかわからない自分たちよりは役に立つはずだ。千歳には小狼を連れてくると伝え、ふたりは管理室を後にする。
「桜都国が仮想空間だって、おなまーえちゃんはいつ気がついたの?」
「気がついたのはついさっきですよ。いろいろとヒントはあったんですけど、それらがなかなか繋がりませんでした」
「すごいなぁ。オレ全く気づかなかったよ」
ファイはカプセルで目が覚めるまで、あの世界が仮想空間だと気がつかなかった。仮想世界だから死んでも構わないと判断したおなまーえとは異なり、ファイは本気であのとき死を覚悟したはずだ。
「…それでも…本当に命を落とすってなっても、やっぱりファイさんは魔法を使わないんですね」
「……」
「なんで魔法を使わないのかは聞きません。いろんな事情があると思うので。でも、お願いですから…」
この人のことを好きになってはいけない。でも仲間として、どうしても言わなければならなかった。
「命を投げ出すような真似、もう二度としないでください」
「……」
その言葉が、ファイの行動理念の全てを否定しているだなんて、おなまーえは知らない。片割れに命を返すために生きてきたファイに、その言葉は重くのしかかるものだった。
――ピーッピーッピーッ
小狼のカプセルが反応している。
「小狼くんもこっちに帰ってきたみたいだねー」
「そうですね、ちょうどよかった」
何事もなかったかのようにふたりは会話を再開する。
目が覚めた小狼にこの国や仮想空間についての概要を説明し、約束通り千歳に小狼を紹介をした。
「干渉者についてはおふたりからすでに聞き及んでいると思います」
「はい」
「…このままではゲームがゲームで済まなくなってしまいます」
「どういうことですか?」
「遊びは安全でなければなりません。たとえ仮想空間でどれ程危険な目に遭おうと現実ではありません。その世界から退去すればそれは夢の中の出来事と同じ」
だから怪我をしても血は出ないし、捻挫もほんの数時間で完治する。鬼児は一般市民を襲わないし、ダンジョンでは要らぬ怪我を負わせないようにスプリンクラーなどの設備が整えてある。
「けれど、干渉者が現れました。干渉者は妖精遊園地がコントロールしている鬼児という敵を外部からの干渉によって操っています。このままでは夢が――」
――ぐらり
地面が大きく揺れる。まるで地表に内包されていたものが湧き上がってくるかのような地鳴り。
「「!?」」
「――現実になってしまったようですね」
膨れ上がった地面から出てきたのは桜都国の一部と大量の鬼児たち。
人を襲わないというシステムはゲームの中でこそ生きているルールで、現実世界には適用されない。段位では相当上の位に位置する協力な鬼児がアトラクションを次々に壊していく。
「うわぁ!!」
「逃げろー!」
「早く逃げろー!」
「きゃあああああ」
画面の向こうから人々の逃げ惑う声が上がる。映画やゲームが突然現実として現れたら、それだけでパニックになるのは当然だ。桜都国の侵食は収まることを知らず、この管理室も天井が崩れてきた。
「この桜花国には
「ホラー映画もいいとこじゃないですか」
「ひとまずここから出ましょう!俺はサクラ姫を探します!」
「それなら見つけたかもー」
ファイが指さしたのは妖精遊園地のあちこちに設置された監視カメラのモニターのひとつ。サクラとモコナ、そして桜都国で出会った鬼児狩りのメンバーが揃っていた。
「黒鋼さんは…」
「黒わんこはこっちー」
「星史郎さんと戦ってますね」
「!」
幸いふたりが戦っているところは、サクラたちがいるところからそう離れてはいない。
小狼はいてもたってもいられずに管理室を飛び出した。おなまーえとファイ、そして千歳も後に続く。
「龍王!」
「『ちっこいわんこ』!」
「小狼!!」
サクラとモコナに合流し、黒鋼にも無事であることを伝えた直後。
――ぽうっ
星史郎の胸のあたりが優しく光った。
――めきょ
モコナが目をかっぴらく。
「あれは、サクラ姫の羽根!?どうして星史郎さんが!?」
「……この羽根は僕でも制御できないんです。勝負の決着はまたいずれ。この国にふたりがいないのであれば、もう用はありません」
不死という単語を手がかりにこのゲームに介入した星史郎は、目的の人物がこの世界にいないとわかると魔法陣を広げ始める。もう次の世界に行くつもりだ。
「待ってください!」
「……」
彼の周りに魔法陣が浮かんだ。どうやってもここから星史郎の元までは届かない。
「星史郎さん!!」
小狼の呼び止めも虚しく、星史郎はそのまま次元を超えて行ってしまった。
――ぴくん
おなまーえの抱えていたモコナがふわりと宙に浮かんだ。
「どうしたの?モコナ」
「……」
モコナからの返事はない。代わりにファイが焦ったように答えた。
「星史郎さんが使った魔法具の力に引きずられている」
「どういうことですか?」
「どちらも次元の魔女からのもの、力の源は同じだから影響されてるんだ」
「…ってことは、私たちも移動するってこと?」
ファイは草彅からサクラを受け取って少し声を張った。
「黒りんー!小狼くーん!もうこの国とお別れかもー」
「え!?」
「なに!」
お別れ。それはこの国で出会った全ての人たちとももう会えなくなるわけで。ろくに挨拶もできないまま、鬼児狩りの人たちに手を振る。
――シュルン
サクラの羽根がなくなったことにより、桜都国はもとの仮想空間へと戻っていく。けれどそこに5人が戻ることはなかった。
《第6章 終》
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