第6章 桜都国
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8日目の朝。
昨日とは打って変わって、おなまーえはなるべく早めに起きた。慣れた手つきでロングメイド服を身につけて、その格好にふさわしいようにテキパキと台所の用意をする。
昨夜、私が朝食を作ると宣言したのだ。メニューは黒鋼が食べたがっていた和食。味噌汁は出汁をとって本格的に仕上げ、土鍋でグツグツとご飯を炊く。お魚はみんなが起きて来るギリギリに焼くとして、付け合わせをもう一品用意しようと冷蔵庫を漁っているとき。
トントンと規則正しい足音が廊下から聞こえてきた。
「おはよー」
きっちりと身支度を整えて出てきたのはファイだった。朝ごはんは私が作ると宣言し、手伝いも不要と言ったから、まさかこんな逃げ場のない状況に追い込まれるとは思わなかった。
「…おはようございます。早いですね」
「おなまーえちゃんがご飯作るって言ってたからー」
「ならもう少しゆっくりしててよかったのに」
こちらの話は聞いてくれていない様子。味噌汁を覗き込んだファイは興味深げに匂いを嗅ぐ。
「これが『ワショク』ってやつなんだね」
「そうですね。ファイさんの口に合うかはわかりませんが」
一昨日から引き続き素っ気ない態度をとる。流石にファイ本人もなんとなく気づいているだろう。
「……あのさおなまーえちゃん、一昨日の晩のことなんだけどー」
「……」
「オレあんまし覚えてなくて、目覚めたらおなまーえちゃんがいたんだけど、もしかして悪いことしちゃった?」
「……ファイさんの言う悪いことがなんなのかわかりませんが、酔っ払いに抱き枕にされた記憶ならあります」
おなまーえはなるべくファイの顔を見ないように返答した。
大した会話はしてないのに、ファイの口ぶりが気に入らない。まるでソウイウコトを意にも介さないような言い方。私よりずっと年月を生きているだろうから、女性関係のひとつやふたつ、あって当然とは理解してる。何よりそこに私が感情を抱く権利も立場もないことも自覚している。けど少しもやっとしたし、イライラした。気持ちを隠すことはできるが、偽ることはできない。
「そっかー」
ファイの表情はこの角度だと見れない。
「それは悪いことしちゃったねー。ごめんね」
ファイがおなまーえの頭を撫でた。優しい人の手。それで少し溜飲が下がるのだから、私はなんて単純な生き物なのだろう。
「お詫びとして、これ昨日買ってきたんだけど、受け取ってくれるかな?」
「お詫び?」
おなまーえは視線を少し動かしてファイの掌の上を見た。小さくラッピングされた袋が乗っかっている。
「え…でも、そんな大したことじゃないし…」
流石にそこまでやられてしまうと、何もしてないがこちらにも罪悪感が湧き出てきてしまう。第一わたしの機嫌が悪いのはわたしのせいなのに。
「いいのいいのー。おなまーえちゃんにプレゼントしたいなぁって思って買ったやつだから」
だから、ね、とファイは続ける。
「オレのこと避けるのは悲しいよーぅ」
「避けてなんて…」
おなまーえはゆっくりと顔を上げた。二日ぶりにファイと目が合う。
「…っ」
そうだ。この蒼くて透き通るような目が好きなのだ。
何日顔を合わせていなかったのだろう。彼の背が高いのをいいことに、視線を合わせないように、不自然なくらい意識していたのはわたしなのに。
「……ごめんなさい」
「いーえ」
「これ、受け取っていいんですか?」
「おなまーえちゃんのために買ってきたものだから」
昨日サクラと買い物に行った時に購入したのだろう。かわいくラッピングされたリボンをそっと解く。中から出てきたのは二つ折りにされた手鏡のようなもの。
「鏡?」
「惜しい、コンパクトだよー。こーゆーのあったほうが魔法少女っぽいでしょー」
コンパクトはポケットサイズで、紫水晶と金の装飾があしらわれている。コンパクトと聞くと子どもっぽいデザインが思い浮かびがちだが、ファイのくれたそれは可愛いというより綺麗と呼んだ方が相応しい。中はちょうどソウルジェムが入るサイズだ。
「ありがとうございます…」
おなまーえは目をキラキラと輝かせて、それを大切に握りしめた。好きな人からもらうものは嬉しいし、ましてやそれが私のことを考えて選んだものだとは、これ以上の喜びはない。笑顔になったおなまーえを見て、ファイもふにゃんと笑った。
**********
「おはようございます。すみません、遅くなって」
「大丈夫。今ちょうどいい感じに焼きあがりました」
今日は小狼が最後に起床した。小狼の朝食を出すのはファイに手伝ってもらい、黒鋼とモコナとサクラが食べ終わった食器を片していく。
「どうでしたか、黒鋼さん」
「うまかった」
「よかった」
黒鋼はどこか嬉しそうにパクパクと朝食を平らげてくれた。味噌汁なんて何杯お代わりしたことか。
「黒鋼ひとりで食べ終わっちゃったー」
「食えるときに食う、なにがあるか分からねぇからな」
「とかいいつつ『ワショク』が嬉しかったんでしょー?」
「ふんっ」
黒鋼は食後のお茶をすすった。