第6章 桜都国
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7日目の朝。
自室でぐっすりと寝たおなまーえは大きく背伸びをする。下に降りるとすでにみんな揃っていた。
「…みなさん早いですね」
「おなまーえがおそーい」
時計を見る。モコナの言う通り逆だ、わたしが遅いのだ。一昨日は一睡もできなかったから、その反動で長いこと寝ていたようだ。
朝食はファイが用意してくれていたので、そのままテーブルにつく。程なくして美味しそうなご飯が運ばれてきた。
「今日のみんなの予定はー?」
ファイが皆に尋ねる。
「俺と小僧はまた鍛錬だ」
「あまり無茶させないでくださいね、またサクラちゃんとモコナがびっくりしちゃうからね
「いいんです、おれが頼んでるので」
「おなまーえちゃんはー?」
「……特に用はないです」
「オレ、サクラちゃんと買い物行きたいからお留守番お願いしていいかな?」
「わかりました」
やはりファイと普通に話すのが難しくて、つい素っ気ない態度をとってしまう。それに気がつかないほど鈍い仲間たちではないが、皆見て見ぬ振りをしてくれた。
**********
ワンコ2人とニャンコ2人を見送り、お客さんを待っている。オープンしてから今のところお客さんは来てきない。
閑古鳥が鳴くのは、店としては良くないことかもしれないけど、店員にしてみれば楽なことこの上ない。元の世界に帰ったら、静かなカフェでバイトするのも悪くはない。
にしても、昨夜の黒鋼とファイの会話がやはり気になる。市役所は鬼児の動向を把握していながらも、鬼児の殲滅は望んでいない。本来であれば市民に害を与える存在ではないから、敢えて殲滅しなくても問題がないということだろうか。
また、狩るべき標的が定められたこの国では、見ず知らずの異国の人でも名前を設定して容易に家や仕事を手に入れられる。
あと少し、あと少しの手掛かりで、何か掴めそうな気がする。
――カランカラーン
「…いらっしゃいませー」
待ちに待ったお客さま。おなまーえは小難しい顔をパッと笑顔に変えて出迎えた。黒髪の優しげな男性だ。
「おひとりさまでよろしいですか?」
「はい」
おなまーえはテーブル席に男の人を案内した。彼はゆったりとした足取りで席に着く。
「このお店のオススメはなんですか」
「本日はこちらの『ミートボールのトマトミルク煮』がオススメですね。すぐにご用意できますよ」
「ではこれを」
「かしこまりました」
ぱたぱたとキッチンに戻り、急いで料理を温めた。ファイが事前に用意してくれていたのでやることは最小限で済む。
「おまたせしましたー」
愛想よく、お皿を持って男の人の元へ行く。簡単に料理の説明をして台所に戻ろうと一歩下がると、彼はにっこりと笑い手招きをした。
「どうされました?」
「あの、ここに『ちっこいワンコ』がいるって聞いたのですが」
「あぁ…」
物腰が穏やかで、殺意なんて微塵も感じなかったから。この人も龍王と同じで、小狼の強さを聞きつけてきた人かと思ったのだ。ワンコの名前は目立つし、小狼はすぐに人気者になるから。
「ごめんなさい、今鍛錬中なんでここにいないんです。お手合わせの希望ですか?」
「まぁ、そのようなものです」
「では『ちっこいワンコ』に伝えておきます。お名前は?」
男の人は笑顔のまま首を振った。
「また会いに来るので、大丈夫ですよ」
「そうですか…」
男の人は穏やかに笑う。わたしはそれに何の警戒心も抱かない。
「ところで、お嬢さんは戦わないのですか?」
「わたしは鬼狩りじゃないし、ごく普通の女の子ですよ」
「…それは失礼しました」
それから男の人とは当たり障りのない会話しかしなかった。不思議なことに、お昼時なのにお客さんは1人も来なかった。
「ご馳走さまです」
「ありがとうございます。またきてくださいね!」
良いお客さんだつた。おなまーえは満面の笑みでお見送りする。
「あ、そうだ。お兄さんも鬼狩りなら気をつけてください。最近物騒らしいので!」
「……ええ、気をつけます」
男はきょとんとすると、またあの穏やかな笑顔を浮かべて去っていった。
**********
「ただいまー」
「ただいま戻りました」
サクラとファイが帰宅する。接客中のおなまーえはチラリと目配せをして仕事に戻る。パッと見た感じ、怪我などはないようだ。
台所に戻ると、サクラが買ってきたものを片付けていた。ファイはお客さんの対応に向かう。昼とは打って変わって賑やかになった店内に、3人はせっせと働いた。
**********
7日目の夕食時。
閉店間際は一般のお客さんも既におらず、いつもの鬼狩りメンバーが揃って皆で夕食を食べていた。龍王と修行中の小狼がいないこと以外は、非常に穏やかな夜だった。
「はぁ〜、もう本当になんでこんなに美味しいのかな〜」
「ありがとうございます。よかったらこれパンケーキの試作品」
「わー、ありがとう!」
「しかし龍王のやつ、遅ぇな」
「また無茶っていないといいのですが…」
「小狼くんもまだ帰ってないので大丈夫ですよ」
二人分の夕食は取っておいてある。
――カランカラーン
玄関が開いた。やっと来たのかという気持ちで、一同がそちらを見る。
「「「!!」」」
みな、驚きの表情を浮かべる。何かあったとわかるほど、龍王も小狼もボロボロだった。2人とも必死に逃げてきたのだろう、息を切らせている。
「どうしたの!」
「なにがあったのですか、龍王!」
サクラと蘇摩が駆け寄る。
「新種の…鬼に、会っ…た…」
「ええ!?」
「戦ったの!?」
「いや、鬼児を従えてて、それがすごい数で……だからそのまま、逃げた…けど、あれは、絶対…強い!!」
息を整えつつ、龍王は声を絞り出す。その目には恐怖より悔しいといった感情が燃え上がっている。
「………」
「どうしたの?小狼くん」
帰宅してから一言も発していない小狼を、サクラが気遣う。何か思い悩んでいた彼はゆっくり口を開いた。
「あの鬼児と一緒にいた人は、おれの知っている人かもしれない…」
「見た目が同じ別人ってこと?」
「いえ。同一人物です」
龍王たちに聞こえないように、ファイとおなまーえがそれとなく引き離す。
「どうしてそう思ったの?」
「あの人は、オレに戦い方を教えてくれた人です」
「戦い方やクセが同じだったってとこか?」
「はい。間違いないです」
小狼の人を見る目は確かだ。その彼が言うのだから、小狼に戦いを教えた人と鬼児の青年というのは間違いなく同一人物なのだろう。だとすれば、その青年はこことは別世界の住人で、彼もまた異世界を旅することができるということになる。
「……」
想像だにしていなかった深刻な事態に、おなまーえは昼間、小狼を訪れにきた人物のことはすっかり忘れてしまっていた。