第6章 桜都国
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「……」
朝日が眩しい。カーテンを閉めなかったため、部屋の中にダイレクトに日差しが入ってきた。黄金色の日差しが細く差し込み、ファイの金色の髪がキラキラと光る。整った顔の彼は、まるで天使のようなあどけない表情ですやすやと寝息を立出ていることだろう。
「…ファイさん、そろそろお店の開くお時間ですよ」
「………」
返事はない。規則正しい呼吸音から、熟睡していることがわかる。
「………」
おなまーえは愛おしそうに腰に回されている手をそっと撫でる。触れたいという気持ちが抑えられなかった。我慢強い方だと自負していたのだが、思いのほか自分は欲に忠実なようだ。
「好きです」
好きです。思わず口からこぼれた。そのくらい無意識だったのだ。
今だけなら。彼が眠っている今なら。
運命もちょっとだけ目をそらしていてくれると――。
――バターン
その瞬間、部屋の扉が開いた。
「ファイおはよーっ♡」
そして場違いなくらい明るく拍子抜けする朝の挨拶。
――ピシッ
――めきょっ
部屋の空気が固まり、扉を開けた張本人、モコナの目がかっぴらく。おなまーえはファイに後ろから抱きしめられている体勢で横になっている。扉から入ってきたモコナとは必然的に目が合うわけで。
「……」
「……」
「……」
ほんの3秒間の気まずい空気。
モコナがこのあと取る行動なんて、発言する内容なんて、未来予知ができなくともすぐにわかる。まん丸お目目がニンマリと細くなったかと思うと、モコナはその可愛い口を大きく開いた。
「おなまーえと!ファイが!イチャイチャして…!」
「モコナうるさいっ!!!」
この際、わたしの方がうるさいだなんてツッコミは聞こえないフリをする。こんなことなら無理やりファイの腕を解いて自室に帰っておくべきだった。後悔、あとの祭り。
もちろんこんな近くで大声を出したんだから、隣で寝ていたファイも目を覚ます。
「……んんー?あれー…?」
「っ!!」
「どうして、おなまーえちゃんがいるのぉー?」
寝起きの掠れた声が耳に響く。幸か不幸か、ファイが起きたことにより腕の拘束が外され、自由の身となった。
(チャンスっ…!)
絶対今は顔が赤い。
見られたくない、見られたくない!!こんな顔見られたら、まるで恋してるみたいだって思われるじゃないか。
「っ〜〜〜〜!!!」
「うわー」
声にならない悲鳴をあげてベットを抜け出す。反動でファイがひっくり返った気配がしたが、おかまいなしに部屋を出ていく。
ドアの入り口にいたモコナを蹴飛ばす勢いで出て行ったが、モコナはしっかりとおなまーえの真っ赤な顔を目撃した。
「いててー」
「……侑子に報告しよ♡」
二日酔いの頭への衝撃はダメージが大きかったようで、おなまーえのダッシュでひっくり返ったファイは頭を抱えた。一方、一部始終を目撃し、昨夜あったであろう出来事の妄想を繰り広げるモコナは、ルンルンで部屋を出て行った。
**********
どんなに寝不足でも、どんなに朝恥ずかしい目にあっても、1日は何事もなく進むもので。朝の出来事を忘れるように接客に没頭し、昼頃。
「あ~う~~」
「!」
引きずるような足取りでキッチンに入ってきたのは、ずっと部屋にこもっていたファイだった。頭を抑えていることから二日酔いなのだろうと推測できる。
「あ、ファイだー」
「ファイさん、おはようございます」
もともと色白なファイだが、今日は一層青白く、眉にはしわが寄っている。
「だ、大丈夫ですか?」
サクラが心配そうに駆け寄る。ファイはふらふらっと2、3歩すすみ、ぱったりとカウンターに突っ伏した。
「なんか頭の中で鳴ってるぅー。サクラちゃんは平気ー?」
「はい!今日は寝坊せずに起きられました!」
「うわ、まぶし」
おなまーえから見ても眩しいほどの笑顔。昨日はサクラもそれなりに飲んでいたが、どうやら全く影響はないようだ。将来は酒豪になるのだろうか。
「モコナも絶好調ー!」
「…でしょうね」
それはもう、露骨なくらいに。朝から事あるごとにモコナにちょっかいを出されている。
サクラと小狼は何もわかっていなさそうだったが、黒鋼あたりは感づいていそうだ。何もなかったとはいえ、やはり気まずいものは気まずい。
新しいコップに水を注ぎ、顔を突っ伏すファイの横に音を立てずにそっと置く。
「ありがとー」
「……」
耳に入ったお礼の言葉は聞こえないフリをして、私はホールに出て行った。
**********
結局その日お店を開けている間、ファイとは業務連絡以外の会話をしなかった。否、できなかった。幸い店は大盛況であったため、休む暇もなかったといえる。
閉店作業の最中、モコナがぱたぱたとファイに駆け寄った。
「ファイ平気ー?」
「うん、随分マシになったよー」
おなまーえは彼の方をちらりと見た。朝に比べ顔色は随分と良くなっている。気がつかれないようにそっと胸を撫で下ろし、自分の作業に戻る。
――カランカラーン
玄関の開く音がした。
「おかえりなさ…小狼くん!?」
「小狼いっぱい怪我してる!!」
サクラが叫び、彼に駆け寄る。全身ボロボロになった小狼が、左手に刀を携えて立っていた。
そういえば、昨夜黒鋼に稽古をつけて欲しいとかなんとか言っていた気がする。酔ってはいたが、稽古をつけてほしいのは本心だったのだろう。
「また鬼児に出会したー?」
「いえ…、先に着替えてきますね」
「あ…」
「じゃあわたしお湯張っとくから、小狼くん先入りなよ」
「ありがとうございます、おなまーえさん」
救急箱はファイが用意してくれるし、手当てはサクラが行うだろう。
どうせ汗臭いのだろうから、とおなまーえは風呂の準備のため部屋を出る。
――ドサッ
部屋に残った黒鋼はカウンターに腰掛ける。カウンター越しのファイは食事を用意しながら黒鋼に声をかけた。
「あれは、剣の訓練のせいー?」
「酔ってたんじゃなかったのかよ」
「あの時はまだちょっと意識あったんだー。その後は目が覚めたらベッドの上だったけどー」
「…そういやあの小娘、姫を寝かしつけるとき居なかったが、どこに居たか知ってるか」
黒鋼がニヤっと笑って尋ねた。
「んー、知らないなぁ」
「……」
ファイはへにゃんと笑った。黒鋼はそれに意味ありげな視線を向けたが、彼は気にしなかった。
「にしても、初日から相当厳しい先生みたいだねぇ」
「……あのガキがそう望んだからな」
露骨な話の逸らし方に黒鋼はつまらないと目を細める。
「でも確かに急いだ方がいいかもしれないね」
桜都国の鬼児は鬼児狩りが誤って一般市民を傷つけてしまわないようにみな異形。それはつまり、鬼児は意図的に作り出されたものであるということ。
「この国の鬼児って管理された『狩りの標的』みたいなものじゃないのかなぁ。それなら市役所が鬼児の動向を把握してるのも分かるし。それなのに最近鬼児の動きがおかしいらしいしね」
「それと新種の鬼児か」
「サクラちゃんの羽根が関わってるかもしれないね」
大人組二人の会話を、小狼とサクラは聞いていない。
「『狩りの標的』…」
だが廊下で二人の会話を聞いていたおなまーえは一層眉を潜めた。