第6章 桜都国
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食後、雑談を楽しんでいる頃。
――ピクン
突如、モコナと狼と龍王の刀が反応した。
「「「「鬼児が来た!!」」」」
食休みなどなんのその。5人の鬼狩りが一斉に叫んで飛び出す。
「ここにいてください。おなまーえさんはサクラをお願いします!」
「わかった」
「小狼くん!!」
外に出ようとするサクラを引き止める。
「だめだよサクラちゃん。今ここで出て行ったら小狼くんの邪魔になる」
「で、でも…」
サクラが不安げに外を見た。
「大丈夫、幸運にもここには鬼狩りが5人もいるから。小狼くんだって、サクラちゃんに心配させたくはないから怪我なんかしないよ」
「…っ…」
サクラは力なく座り込んだ。
「いつも、いつもこうやって守ってくれるの。なんで小狼くんはこんなに私のこと助けてくれるんだろう」
「……」
そうやって彼女が悩む姿を以前も見たことがある。
湖の国で、彼女は夢現になりながらも小狼のことを思い出そうと必死に追いかけていた。先日やっと、小狼が大切な人だったと思い出したばかりのところでリセットされているから、同じことをずっと繰り返していくのだろう。
理由もわからず自分を命がけで守ろうとする小狼に、サクラは心を痛めるのだ。
おなまーえはサクラに何の言葉もかけることができなかった。
**********
窓の外から黒い影が消えた。どうやら無事に倒したらしい。
「終わったみたい」
「小狼くん!大丈夫!?」
サクラが真っ先に駆け寄っていった。おなまーえは救急箱を持っていき、龍王の応急処置に当たる。
「すまねぇ」
「いえ、守ってくれてありがとう。私たち3人だけじゃダメだった」
「くっそー!1人で倒せなかった…!」
「龍王の実力とは関係ないよ。あの鬼児、ヘンだったもん」
蘇摩が駆け寄ってくる。
「龍王!」
「大丈夫です、傷は深くありません」
「よかった…」
「あぅぅ、いててて」
「やっぱりここのところ妙だぞ、この国は」
「システムが壊れてきているということですか」
「ああ、パワーバランスがめちゃくちゃだ」
「……」
パワーバランスは元から維持されているものだったのか。それが最近は崩れてきている。原因はおそらくサクラの羽根だ。
鬼児と呼ばれるものの、サクラの羽根、そしてこの世界の違和感。バラバラのピースが少しずつ埋まりかけているのはわかるが、まだ足りない。答えに行き着くまでの、重要な手がかりをまだ手にできていない。
満月の下、各々真剣に思考を巡らせて重い空気が場を包む中に、のんびりした声がクリアに響いた。
「たっだいまーっ」
「ファイさん!?」
「ファイさん…どうしたんですか」
大通りの方から歩いてきたのは、ファイを俵担ぎした黒鋼。ファイは歩くことができないのか足をぷらんとさせている。2人とも服がボロボロで、鬼児との戦闘があったことを察する。
「ちょっと鬼児に遭遇しちゃってドジっちゃってー」
「捻挫ですか?」
「そーそー。すぐに治るよー」
ファイはひらひらと手を振って、いつもの調子で話した。見たところ外傷はないようだ。おなまーえは安堵のため息をもらした。
「ありゃ?お客さん?」
「ええ、龍王さんと蘇摩さんです」
「…蘇摩?」
黒鋼が蘇摩の名前に反応した。
「っ!」
そして目を見開き、ファイを担いでいた腕が緩んだ。
「あ、黒鋼さん。ファイさん落ちちゃいま――えっ」
「あらー」
必然、ファイの細い体は重力に従い黒鋼の肩からずり落ちていく。それを咄嗟に支えよう腕を伸ばしたおなまーえは何とも非力だ。クッションの役割にもならずに、ふたりは雪崩落ちる。
――ドッテーン
重い。いや、それ以上にあつい。
ファイの絹みたいな金色が視界に移り、彼が手をついて起き上がると長い睫毛から覗く蒼い瞳がこちらを見ていて。そしてその瞳にはなんとも間抜けな自分の顔が映されている。
唇なんて吐息を感じられるくらい近くて。
「っ…」
打ち所が悪かったんだろう。意識が遠のく。そうだ、ファイを落とした黒鋼のせいだ。脳震盪でも起こしてるんだろう。
だからこの早打ちする心臓もきっと気のせい。絡まる下半身につい内股になってしまうのも気のせい。目が潤み頬が紅潮するのもきっと気のせいなのだ。
頭がグラグラする。あつい、あつい、あつい。
「おなまーえちゃん!」
おなまーえは眠るように意識を失った。
**********
「んっ…」
おなまーえはゆっくり目を開けた。いつもと違う景色と感触から、ソファに横たえられていることがわかる。
(たしかファイさんが倒れてきて、それで…)
顔に熱がこもる。あつくて、あつくて、あつくて。自分以外の体温をこの体は覚えている。
「……」
私は頭を打って気を失ったんだった。額に手を当てて、雑念を振り払う。
そんなことより今は何時頃なのだろうか。窓の外は暗いからまだ夜なのがわかる。位置の変わらない満月を見て、あれから1.2時間程度経過していると推測する。
おなまーえはまだ覚醒しきっていない体を無理やり起こした。
「あー、おなまーえちゃん起きたにゃー!」
「え?」
まず彼女の視界にはにゃーんと歌うファイとサクラとモコナの姿が入った。肩を組み上機嫌で歌う3人は千鳥足だ。あたりはアルコールの匂いで満ちていて、再びくらっと目眩がした。
「「にゃーん、にゃーん、にゃーん♪」」
「おまえら!それ以上一滴たりとも飲むな!」
楽しげな合唱とは対照的に、黒鋼は怒り散らして彼らを追いかけている。小狼は椅子に向かって何かを話しかけてるし、この短時間で随分とひどい有様だ。辺りに転がっている瓶と、先ほど黒鋼とファイが酒屋に行ってきた背景から、おおよその状況は把握できている。つまり目の前にいる旅の仲間は、どれもこれも酔っ払いということだ。
「構えはこれでいいんですか?黒鋼さんっ。あ、もっとこうですか」
「だからそれでどうするってんだよ!!」
小狼は椅子に話しかけ、おたまを構えている。
「にゃ!」
「にゃ?」
「にゃにゃー」
「にゃあにゃ!」
「にゃにゃにゃーん」
3人組は頭に猫耳をつけて会話をしている。果たして本当に会話がなされているかはわからないが、彼らはお酒を煽りながらとても楽しそうに騒ぐ。
「……わたしまだ気絶してていいですか?」
「起きたんなら手伝え小娘!!」
「だってお酒飲むなんて聞いてないですし」
見てられないとおなまーえは目を瞑り、わざとらしく降参のポーズをとる。黒鋼の頭にははっきりとした青筋が浮かび上がり、そしてその大きな身体はぷるぷると震えてる。
「だったらもうおまえら全員寝ちまえーー!!」
とうとう黒鋼の叫びが響いた。
なんだかんだ黒鋼の手伝いをし、少々苦戦しつつも、小狼とモコナはなんとか部屋に収納することに成功した。問題は、未だに瓶をラッパ飲みしているファイとサクラだ。ファイは黒鋼の拘束をのらりくらりと交わし、サクラは誰が近づこうとも俊敏に駆け回るため捉えることができない。
「黒鋼さん、これサクラちゃんの方が厄介じゃないですか?わたし、流石にあれは変身しても捕まえられません」
「みてぇだな。魔術師の方のはお前の言うことはわりと素直に聞くみてぇだからな」
「ファイさんはわたしに任せてください。部屋も近いし、押し込めたらわたしも寝ますね」
サクラに付き合っていれば朝になってしまう。純粋な力勝負は黒鋼の方が上だから、厄介なサクラは彼に任せて、片足を捻挫しているファイの方を引き受ける。黒鋼も異論はないようで、早速サクラの捕獲に向かった。
おなまーえは酒瓶を煽るファイからそれを取り上げる。
「ファイさん、お部屋までいきましょ?肩貸しますから」
「えーっ、まだお酒飲みたーい」
「ダメです。ほらいきますよ」
お酒を求めて手をワキワキしながら近寄ってきたので、そのまま腕を掴み無理やり立たせる。介護をしている気分だから、胸が高鳴ることはない。
そのままウニャウニャ言うファイを引っ張って二階に連れて行き、部屋に連れ込んだ。ペットもラグもクローゼットも、全部自分の部屋と同じものだけれど、匂いだけは違う。
――ドサッ
自分よりずっと大きいファイを転がすようにしてベットに倒した。
「わー」
「!」
倒れ込む際、ファイを担いでいた方の腕がくんっと引っ張られる。顔の距離が近い。酒臭いが、ファイと思えば不思議と嫌ではない。まるでボンボンショコラのように甘くてオトナな甘美。
「おなまーえちゃ〜ん」
「…ほら寝てください、ファイさん」
手を振り払い、毛布をかけようと前屈みになる。それを見計ったかのように、ファイが両腕をおなまーえの首に回し、そのまま彼女は引っ張られるままに布団に落ちた。
「ちょっと…!」
くるりと抱え込まれると、体格差から抵抗ができない。手も足もファイの大きな体に包まれて、耳元にはラム酒のような吐息が吹きかけられる。背中がぴったりとファイにくっついているから、表情は見えない。
「っ…!」
あつい、あつい、あつい。チョコレートも溶けてしまいそうなくらい、熱が篭る。腹の底がひくつく。
「ファイさん、やめて…」
「…」
「ダメですって、こんなこと…」
「……」
ファイに恋人がいるのかどうかなんて知らない。そんな話はしたことがなかったから。でも、男女が同じベッドで横になることの意味はわかる。想像だけが膨らんで、それだけで抵抗する手に力が入らなくなる。
「…ファイ、さん」
「………」
「…っ」
「………」
「……あ、あれ?ファイさん…?」
「……スー…」
先ほどから何度も呼びかけているが返事はない。かわりに背中から聞こえてくるのは、安心するくらい規則正しい呼吸音。
「もしかして、寝た?」
「………むにゃむにゃ」
背中を預けているから彼の表情は見えない。見えないが、これはもう確実に寝ている。こちらの気なんて何も知らないで。
「……はぁ〜〜〜」
悩ましいため息。少女は眠れない夜を過ごす。自分ではない体温に包まれて、秘めた恋心も隠し包みこみ。
角度の変わらない月は偽りの箱庭を静かに見下ろす。
シナリオは緩やかに崩壊へと進んでいく。