第6章 桜都国
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5日目の朝。
何事もなく世界は周り、昨夜のことは皆の中で見なかったことにする、という暗黙の了解になっていた。鬼児狩りコンビは今日も市役所に行っているらしい。
おなまーえはお店に出すパンのタネを作り、ファイは本日オープン予定の店内を整えていた。
――ゴツン
――バタバタバタ
鈍い音が家中に響く。
「起きましたね」
「起きたねぇ」
ほとんど転がり落ちてくる勢いで、サクラがキッチンに飛び込んできた。
「お、おはようございます!」
慌てて飛び込んできた彼女の髪の毛は寝癖だらけで、セーラーの襟が少し曲がっている。プリーツも少し乱れていて急いで支度してきたことが見てわかる。彼女はもう昨晩の出来事は覚えていない。
「おはよー、サクラちゃん」
「ごめんなさい、寝坊しちゃって!」
「いいんだよー。まだお店開ける時間決めてないし。それにサクラちゃんはまだ本調子じゃないしねー」
「明日はちゃんと起きられるように頑張ります!」
「がんばれー」
「応援してるよ」
チラッとファイがこちらに目配せをした。サクラと少し話をしたいから、席を外せという意味だとすぐに察した。
わざとらしく肩を竦めて手を洗い、おなまーえは洗面所に向かう。クシとトリートメントを手に、たっぷり時間をかけてリビングに戻った。話はもう終わったようで、サクラは既にテーブルについていた。
「お腹すいたでしょー。召し上がれー」
「ありがとうございます。いただきます」
「このジャムはおなまーえちゃんが作ってくれたやつだからつけて食べてみてー」
「はい」
おなまーえはスコーンをかじるサクラの髪にクシを入れる。なかなか頑固に引っかかっている。
「おいしいっ!」
サクラが少し飛び跳ねた。ついでに慣らしたばかりの寝癖がまた跳ねた。
「よかったー」
「おなまーえちゃんすごいです!ファイさんは絵も上手だしお料理も上手なんですね!」
「絵は魔法陣の要領だしー、料理は薬とか魔術具の調合と同じだしねー」
「ジャムくらい簡単に作れるよ。次は一緒に作ろうね」
「はい!」
彼女はもぐもぐと朝食を頬張った。
「でもー小狼くんもモコナも喜んでくれたんだけどー『おっきいワンコ』がねぇ」
「多分ですけど…黒鋼さんは和食がいいんだと思います」
「ワショク?」
「味噌汁とか漬物とかお米とか、そういうやつです。この前の買い出しのときに食材があるのは確認したので、もし良ければ今度夕食は私に任せてください」
**********
5日目の夜。
ファイと黒鋼がバーに聞き込み調査に行くことになり、未成年3人は店番をすることになった。とはいえお客さんもきていないため、厨房を任されたおなまーえは二階で休憩をとっている。
「さっきの小狼とサクラ、とってもいい雰囲気だったの」
「そうだね。サクラちゃんが記憶を失う前は、もしかしたらふたりは付き合ってたのかもね」
モコナの話に適当に相槌を打ちながら、適当な雑誌をペラペラめくる。
何か情報を得たいわけではなく、手持ち無沙汰なものだから何かしていたいのだ。
「おなまーえは?」
「私は8歳からずっと魔法少女やってたから、色恋沙汰にはあんまり縁がないよ」
本来であれば、魔法少女は14歳程度の年齢が望ましいとキュウベエから聞いたことがある。
だが精神的に成熟していれば、肉体の年齢などただの指標にしかならない。
「恋したいとか思わないの?」
「…わたし理想が高いから」
なんたって幼いわたしは『お姫様になりたい』という願いで魔法少女になった。
今考えればそんなのバカらしいと思えるけれど、当時は本気でそれを願っていたのだ。
一生に一度だけの、なんでも願いを叶えてくれる機会を棒に振った気がする。
本当にお姫様になれることはもちろんなかった。
16歳の誕生日に針で刺されることもなかった。
見知らぬ継母に虐げられることもなかった。
毒リンゴを食べて眠りにつくこともなかった。
それがくだらない夢だと気がつく頃には、わたしは夢というものを諦めていた。
杏子と一緒に過ごしていたのも多少影響している。
現実を見て、今を生き抜くために何が最善か考える日々。
だから恋も夢もわたしにとっては高望み。
今は風見野に帰ることだけを考えるのだ。
「……でもおなまーえ、フォイのこと」
「さーて、そろそろお客さん来たかな」
話を終わらせるために、ひとつ伸びをしてモコナを床に下ろす。
お客さんが来たらサクラが呼びにくる手筈だから、本来は私から動く必要はなかったのだが。
――ドガッ!!
一階から聞こえた不穏な物音。
――ドタンッ!!
ピクリとおなまーえは耳を動かした。
下で何かが暴れている音がする。
「モコナ!降りるよ!」
鬼児か、この旅を監視している者の敵襲か。
頭をよぎるのは最悪の想定ばかり。
戦力になる黒鋼とファイは今外出中だ。
手薄になったこのカフェは格好の的だろう。
おなまーえはソウルジェムを手に、急いで下にに降りた。
**********
一階は元の喫茶店の形を残していなかった。テーブルクロスは引き裂かれ、床に真新しい切り傷が刻まれている。シャンデリアもほとんど割れてしまった。
その荒れた店内で、刀を持った少年と素手の小狼が闘っている。サクラは端で震えている。幸い怪我はないようだ。
「なにがあったの!?」
「おなまーえちゃん!小狼くんが突然襲われて…!」
「サクラちゃんは無事ね?」
「うん…」
店内には少年の連れらしき褐色の女性がいるが、彼女からは敵意もこの状況を収めようとする意識も感じられない。ただ不安そうに暴れる少年を眺めているだけ。件の少年からは、敵意こそ感じられるものの殺意は一切感じられない。
魔法を使うほどのことではないが、この場を収める力を持つ人は誰一人としていない。
「オレの攻撃を次々と、よくかわせるな」
少年は刀を振りかざし大技を繰り出す素振りを見せた。
「けど、これは避けられねぇぞ」
少年の周りの空気の渦が現れる。こんな狭い空間で大技を出されてはこの家は簡単に潰れてしまう。最悪の事態を想定し、おなまーえはサクラを庇うように壁に押しやった。
「こら!」
だがそれは杞憂に終わった。
――ゴン
鈍い音が響いたかと思うと、龍王が頭を抱えてうずくまる。
「!!?」
「人の店でなにやってんだ」
龍王に拳を食らわせたのは先日店に来てくれた草彅だった。隣に譲刃もいる。
「いっでーー!!」
「申し訳ございません。龍王をお止めできなくて…」
「いや、オレのせいでもある。うまい店見つけたって龍王に教えた時に、強い奴らに会ったって言っちまったからな」
暴れていた少年は龍王、褐色肌の女性は蘇摩という名前らしい。戦闘狂の龍王は、強いと噂の小狼に勝負を挑みにきたのだという。
小狼のライバル視のされやすさは、この旅の仲間の中でも抜きん出ている。そのぶん人に好かれることも多いだろうが、今回のようなケースは非常に迷惑だ。サクラに怪我でもしたらどうするつもりだったのか。ということで、連帯責任としてふたりは店内の掃除、それ以外のメンバーにはたらふく料理を振る舞った。