第6章 桜都国
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ケーキのお礼にと、譲刃と草薙が鬼児についての解説をしてくれた。鬼児は"イロハニホヘト"に分類され、その中でもさらに5段階に分かれている。最も強いのが『イの一』で、多くの鬼児狩りがそれを倒すことを目標としているらしい。
「ってことはー、昨日うちにきたハの五段階ってのは中間よりちょい上くらいー?」
「そりゃ妙だな。家に侵入できる鬼児はロの段階以上だぜ」
「…ちょっとまって草薙さん。なんでハより下は家に侵入できないんですか?」
「ん?なんでって…そういうもんだろ?」
「…え?」
違和感。
この国ではどうあっても鬼児が敵として定められている。外見は異形でどこからどう見ても危険なのに、この街の人たちは鬼児を恐れている様子は見受けられない。どちらかというと狩の対象として歓迎している節も見られる。
(…なんだろう、この違和感)
何かが変だ。文化としてではなく、システムとして何かがおかしい。
――ピクン
譲刃の連れていた狼が何かに反応した。
「鬼児が近くに出たみたい!」
彼らは立ち上がる。
「ごちそうさん」
「すっごく美味しかったよー」
「いくらだ」
「今日はサービスでー。またきて色々と教えてほしいなー」
「おう、是非寄らせてもらうよ」
「またね」
「また」
彼らの出て行った扉がパタンと閉まる。また鬼児を退治しに行くのだそうだ。
そうだ、鬼児を倒して賞金が得られる。だから鬼児狩りは稼ぎが良いし、彼らは好んで鬼児を倒しに行く。なぜ?
最後まで手を振っていたファイはニンマリと笑った。
「もう常連さん候補出来ちゃったねぇ『おっきいワンコ』」
「………」
スラリと鈍い銀色が、音もなく抜かれる。額の青筋はもうはちきれんばかり。それを見て、おなまーえも思考をやめた。
「きゃー!『おっきいウサちゃん』助けてー!」
「…自業自得です。黒鋼さん、私が抑えますからどうぞスパッと行ってください」
「うわーん、おなまーえちゃんにも見捨てられたー!」
「気色悪りぃ声だしてんじゃねぇ!」
**********
ひと段落し、皆各々のプライベートの時間になった。先に風呂に入ったおなまーえは満足げにリビングに戻る。お菓子作りのせいで、身体中粉まみれになっていたからさっぱりした。
リビングに足を踏み入れると、台所の方でファイとサクラが何やら話し込んでいるのが見えた。間も無くして、お盆に湯気のたっているマグカップを乗せたサクラが二階へと上がっていく。
「どうしたんですか?」
「小狼くんにリラックスできる飲み物持っていきたいって言ってたからー」
「なるほど」
「…じゃあオレたちも行こうか」
「どこに?」
「小狼くんのトコ」
「でもせっかくふたりきりのところを邪魔するのは…」
「いいから、ね?」
ふにっと唇に人差し指が当てられた。細くて暖かい指から、ほんの少しチョコレートの香りがする。その昔、チョコレートは催淫剤に使われていたというのは全く納得できる話だ。
「…はい」
ぼうっとした頭で、おなまーえはコクリとうなずいた。
**********
足跡を忍んで二階に上がる。開けっぱなしの扉から、サクラの縋るようなか細い声が響き渡る。
『知らない人じゃないよね。だってわたしの羽根を探すために危ない目にあって怪我をして…それなのに、ごめんなさい。』
『サクラ姫…』
すでに黒鋼も廊下で聞き耳を立てていて、おなまーえはファイに寄り添う形で聞き耳をたてる。サクラの必死な声が必然的に大きくなる。
『わたしと小狼くんっていつ会ったの…?』
それはずっとずっと幼い頃に。この旅が始まる前から彼らは出会っている。この国ではないどこかで。
『もしかして小さい頃から知っててすごく大切なひとなんじゃ…!!』
感情が昂っているのが振動として伝わってくる。だがその振動は中途半端に途切れてしまった。
――パキン
何かが折れるような、割れるような音。細いガラス管を折るくらい容易く、軽い音。
程なくしてサクラが倒れ込む音が聞こえる。まるで機械仕掛けの人形を強制終了したかのようにプツリと切れた。
『今…何のお話してたのかな……そう…ごめんなさいって言いたくて……』
そこで彼女の声は途絶えた。規則正しい寝息が微かに聞こえるから無事であることは確かだ。残酷なくらい、優しい夢の中へ。
「…なんだ、今のは」
おなまーえだけでなく、ファイと黒鋼もこの一部始終を見ている。黒鋼がファイに説明を求めた。
「…対価はそんなに甘くないってことだよ」
「誰かがサクラちゃんと小狼君の間にあった事を彼女に教えても、サクラちゃんの中でその情報はすぐに消去される」
「…つまりサクラちゃんが自分で思い出そうとしても同じってことですか」
これは小狼だけの対価ではない。忘れられた者の苦しみ、忘れたモノを思い出せない者の苦しみ。記憶は思い出なのだ。
「…小狼くんはわかってたんでしょうか。サクラちゃんの記憶が全て戻っても、差し出した対価は絶対戻らないって」
「多分ね」
「だからガキは姫に言わなかったのか。以前自分と姫がどう言う関係だったのかを」
「……」
「それでも『やる』って決めたことは『やる』んでしょう、彼は」
部屋を覗き込み、窓に目をやる。無数の目がこちらを見ていた。夜はまだ長い。今夜は乱暴なお客さんがたくさんいるようだ。