第6章 桜都国
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――ガリッガリッガリッ
チョコレートを刻み、バター・砂糖・卵・薄力粉を加え、慎重にかき混ぜる。空気が入らないように、力を込めすぎずそっとかき回したところで、用意した型にそれを流し込み、事前に仕込んだガナッシュをそっと乗せて蓋をする。オーブンに入れ、まだかまだかと小窓を覗き、チンという小気味の良い音を合図に取り出すこと、計4回。フォークを差し込み落胆することも、計4回。
「あれ、これもトロってならない…」
小狼と黒鋼が鬼児狩りに行っている間、おなまーえはフォンダンショコラの試作品を作っていた。だがレシピ通り作っているのに、なかなか中がとろっとしない。
先程頂いたデキタテのフォンダンショコラを思い浮かべる。果たしてそれを作ったのが侑子さんかどうかはわからないが、相当な料理のセンスのある人だろう。おなまーえは心の中で密かに尊敬の念を送った。
そして最早ガトーショコラとなったフォンダンショコラ群を眺めてため息を吐くのである。
「にゃ~ん、にゃ〜ん、にゃにゃ〜ん」
ファイが楽しげにペンキで色ぬりをしている。サクラはテーブルでメニュー作りや装飾などの作業をしていた。料理はうまくいかないが、ここは平和そのものだ。争いも事件もない国で、こうやってみんなでまったりと時を過ごすのは初めてのことな気がする。
実に実に、穏やかな夜の時間が流れていた。
――ガラッ
カフェの扉が乱暴に開かれるまでは。
「てっめーー!!」
のほほんとした穏やかな空気をぶち壊すように、荒ぶった黒鋼が帰宅する。彼は大股でズンズンとファイに迫った。 眉間のシワは三倍増しに濃く刻まれている。
「おかえりー」
ファイは意にも介さず、へらんと笑って迎えた。
「よくも妙な名前をつけてくれやがったな」
「名前?」
変なあだ名で呼ばれる度に怒っている黒鋼だが、どうやら今度は訳が違うらしい。名前とは一体なんのことか、おなまーえは首を傾げた。
「市役所の子が偽名でいいって言うからさー。でもこの国の字わかんなくてー…」
ファイが持っていたペンキでサラサラと何かを描いていく。
「これ描いてー、ふたりの名前は『おっきいワンコ』と『ちっこいわんこ』にしてもらいましたー」
「え?」
ファイの描いた絵には、黒い大型犬とちんまりとした小型犬が描かれていた。これが黒鋼と小狼の名前だというのか。いくらこの国字が書けないからって、もう少し手段はあったのではないだろうか。
続けてファイは2枚絵を描いた。
「で、オレはコレでー、サクラちゃんはコレ。『おっきいニャンコ』と『ちっこいにゃんこ』でーす!」
「わ、わたしにゃんこですか…?」
こちらには、大きい黒猫と小さい白猫が描かれていた。そのままもう一方も紹介する。大きさの違う白いうさぎが2匹描かれていた。
「んでんで、モコナが『ちっこいウサちゃん』でー、おなまーえちゃんが『おっきいウサちゃん』でーす!」
「……はい?」
わたしの名前は『おっきいウサちゃん』だと?あまりの衝撃に、なぜこの国では名前をわざわざ設定しなくてはいけないのか、という重要なところをすっかり見落とした。
「ウサちゃん…?」
おなまーえはがっくりとうなだれる。そんな彼女にモコナが「お揃いだね」と声をかけた。
とうとう黒鋼が腰に携えていた刀を抜刀した。怒りに震え、額に青筋が立っている。
「……そのワケわかんねぇ事しか考えねぇ頭ん中、カチ割って綺麗に洗ってやる!」
「きゃー、おっきいワンコが怒ったー」
「きゃー」
ファイとモコナは楽しそうに部屋の中を逃げ回った。ドタドタと激しい鬼ごっこの始まりだ。
「ウサちゃん…」
この年でウサちゃん。大人ではないが子どもとも呼べない年齢であることは自覚している。そのわたしが、ウサちゃん。
「……皿片付けよ」
もう関わるまいとしておなまーえは席を立ち、台所に戻る。
「わー、可愛いお店ー」
黒鋼と小狼に続いて、一組の男女が店に入ってきた。どうやら同じ鬼児狩りで、たまたま出会い意気投合した様子。
「お!うまそうな匂いだな」
店内にはおなまーえの失敗作であるフォンダンショコラの香りが充満している。この甘ったるい匂いは黒鋼には毒だが、他の者からすれば喉を鳴らす魅力的な香りだ。
男性の声に反応して、ファイが営業スマイルで応対する。
「チョコケーキの試作なんですー。開店は明日からなんだけど、良かったら食べてみて貰えませんかー」
「「喜んで!」」
「おなまーえちゃ…じゃなかった『おっきいウサちゃん』おねがーい。オレ『おっきいワンコ』の世話で手一杯だからー」
「ざけんなよ!!」
「……あとで覚えておいてくださいね、『おっきいニャンコ』」
おなまーえはダンッと乱暴に包丁を振り下ろした。切り分けたチョコレートケーキに生クリームを添えて、初のお客さまの前に提供する。もともとフォンダンショコラを目指して作っていたものだから、見た目は少し不格好だ。
「ちょっと失敗作なんですけど、味は問題ないはずです」
「いい香り〜!」
女性の方、譲刃がケーキをパクッと一口食べた。
「んー!!おいしー!」
「こりゃ他の鬼児狩りやってる奴等にも教えないとな。美味い喫茶店ができたって」
「お菓子作り上手ですね!『おっきいウサちゃん』!」
「は、はは…」
おなまーえは複雑そうに笑顔を返した。